リベリオン(1)
目が覚めると目の前には見知らぬ天井。
辺りを見渡せばどこかの掘っ建て小屋の中のようだった。身体の下には一応の寝床と言わんばかりダンボールが敷いてある。そして手の届く所に何故か丁寧に畳まれたスーツとシャツそれに鞘に納められた刀が置いてあった。
そしてそれを見て気づいたが今の自分は上半身に服を着ていなかった。いや性格には服を脱がされて腹部に包帯が巻かれていた。頭の包帯も触って確認したら自分でやった雑な巻き方よりずっと丁寧に巻き直されていた。
これは……誰がやった?
全くもってこの状況が理解出来ず、ひとまず直前の記憶を思い返すことにした。
確かミュータントを殺すフェスティバルが開催されていて、そしてそのミュータントを探していたらあの鴉のようなあの男……グレンを見つけた。それで殺そうとしたけど殺せなくて、更に訳の分からない理由で去ろうとして背を向けたから斬りかかったら……そこからは分からない。
憶測だが、多分背後からの不意打ちに対応されて意識を刈り取られたのだろう。やりあったからこそ分かる、それが出来てしまうくらいには強さに差があった。
そして、嗚呼……思い出した。そうだ、その馬鹿げた強さとは別に奴にはとんでもない秘密があったんだ。
奴は自らを不死身と称したのだ。死なないと、殺しても殺せないと。そんなのは奴の妄言だ、確かに目の前で斬り離された腕をあっさりとくっつけたりしたが。それも本物の吸血鬼や超能力者なんかみたいな亜人の能力と考えられなくも無い。実際に吸血鬼のランドルフは斬り飛ばされた頭をくっつけて見せたし、むしろそうだと考える方が合理的だ。
だが奴の言葉には一切の嘘が無いと言い切れてしまう何かが自分の中にあるのも事実だった。奴が嘘を好まないという勝手な思い込みと自分が見逃されたことがどうしても引っかかる。……そういえば、あの炎の中で奴を初めて見た時、その時もあいつはこっちを見ていたような気がする。
……多分見てたのは気のせいだろうが、それでも無防備の獲物をわざわざ見逃した事実は無視できない。歯牙にかけなかったのではないかと言われればそれでおしまいだが。
合理的に考えればあっさり否定できてしまうことに延々と煩悶していると。自分のいる部屋、いや簡素な掘っ建て小屋なので要するに外へと繋がる小屋の唯一の出入り口に誰かが立っている影が視界に入った。
咄嗟に刀を持とうとして激痛が走る。無論、グレンの強烈な蹴りで骨にひびが入った腹部からだ。
「無理に動かないで傷が悪化するわ!」
頭に自然と入り込む透き通った女性の声だ。顔を上げれば下は青いジーンズ、上は白いシャツの上に緑のジャンパーを羽織ったシンプルな服装。腰まで伸ばした長い金髪に一瞬目を疑うほどに顔の造形が整っている、一周回って現実味の無い容貌の女性が立っていた。誰だ?
「……あら、私のこと知らないのね。自分で言うのもなんだけど結構な有名人なのに」
疑問が顔に出てたんだろうかそんなことを言われてしまった。有名人……この街でそれに該当するのは……。
「ランカー?」
「正解だけど本当に私のことを知らないのね。初めまして、私は第二位のアリス・デュリアよ」
第二位!? なんでそんな奴がここに!?
本能的に身構えてしえようとしてまたも激痛に苛まれる。
「ああ、もうだから動かないでって。安心しなさい私は敵じゃないわ」
「……ッ、証拠が無い」
「私は人を殺さない……て言っても知らないから通じないか。うーん、誰かにここに運んでもらったことくらいは分かるわよね? まぁそれが何の証拠になるかって話なんだけど、どうかそれで信じて頂戴」
「無茶苦茶な……」
言い訳にもなってない言い訳を信じろと言われて納得できるはずもなく。警戒を緩めることは出来なかった。ただ、現状の負傷した状態でランキング二位を相手にするなんてことがどれだけ馬鹿げたことであるかもちゃんと理解出来ているため、ここは素直に従うことにした。
取りあえず身構えるのはやめて彼女に言われた通りに横になることにした。
「簡単に経緯を説明すると、ミュータントを狩っていたら貴方が崩れかけの小屋の中に倒れているのを見つけたのよ。それで近づいて確認したら生きてるようだったから取りあえず簡単な応急処置を施してここに寝かせたのよ」
「死にかけをわざわざ助けるとかどうかしてるんじゃないのか?」
「この街の常識に則れば確かにおかしいんでしょうね。でも人としてはとても自然なことよ?」
「……よくそんなお人よしの性格で生き残ってこれたな?」
「生き残った結果がこの順位よ……」
彼女はそう悲しそうに言った。まぁ、順位を考えると性格とか関係なくなるくらいの強さが彼女にはあるということなんだろう。この修羅の街で生き残ろうとしたのではなく生き残ってしまうほどの理不尽な強さが。
こいつも一位くらい強かったりするのだろうか……ん? そういえば奴は最後に第二位のことをいっていたような。
「唐突で悪いんだが……もしかしてアンタ不死身だったりしないだろうな?」
「不死身? そんなわけ……ああ、貴方が倒されていたのはもしかしてグレンと会ったからなの?」
その問い首を縦に振って肯定する。すると彼女は顔に手を当てて俯いた。これはもしかしてあきれてるのか?
「奴は最後こう言ってたんだ。アンタと、第二位と会えば理解できるって」
「へぇ……」
「……なぁアンタはあいつの何を知ってる?」
「……そうね、少なくとも彼はまともな手段では殺せないことは知ってるわ。何せ一度殺しあった仲ですもの。……ただその時は決着がつきそうになかったからお互いに引く形で終わったけどね」
「殺せなかったのか……」
「ええ、殺せなかったわ。心臓を潰したり、首をねじり切ったり、焼いたり凍らせたり。とにかくありとあらゆる殺害方法を試したけどダメだった。まるで死という概念が無いかのように死ななかったわ
なるほど確かにそれだけされて死なないのならば不死身を名乗ってもいいかもしれない。ただ正直、あまりに荒唐無稽過ぎて彼女が嘘をついてると言われたほうが納得できそうではあるのも事実だ。
「信じられないって顔ね。まぁ実際に見てみないと納得なんて一生無理でしょうし仕方ないんだけども」
そうだ、その通りだ。不死身の存在を言葉で理解することなんて不可能だ。実際に体験してみないとどうしようもない。……ただ、だとするとあいつは何故、第二位に合えば理解できるだなんて言ったんだ?
そんなことを考えているときだった、突如として携帯端末の着信音が聞こえてきた。彼女は懐から、俺のはズボンのポケットからそれぞれ取り出す。
画面には見たこともないものが表示されていた。
「緊急事態? なんだこれ?」
「まさか……!?」
何やら知ってそうな彼女に聞こうとしたところで画面から音声が流れてきた。
「全処刑人に通達。死刑囚達が反乱を起こしシティ中央部にある行政ビルが占拠されました。これによりフェスティバルは中止、全処刑人にはこの反乱者たちの処刑を命令します」
反乱? 占拠? 何がどうなってる?
「命令に従わないものは即刻処刑します。これは至上命令です。直ちにシティ中央に向かい反乱した死刑囚達を処刑してください」
「どういうことだ?」
「首輪が外れた死刑囚が反乱を起こしたみたいね」
「首輪が外れたって……爆弾を除去したってことか」
「そういうこと」
爆弾が無くなればこうなるのも無理からんというものであるが、しかしどうやって外したんだろうか。体内に無理矢理埋め込まれているはずだが。
なんにせよ行かなければならない。爆弾で殺されては死んでも死にきれない。
ただ問題なのは、まだケガが治りきっていないため行こうにも行けないことだ。
そんな俺の様子に気づいた彼女は一瞬何か躊躇う素振りを見せるもすぐに意を決したようにこちらを向いた。
そして俺の腹に何故か手を当てると目を閉じた。するとどうしたことか痛みが段々引いていった。
「何をした……!?」
「説明してる時間は無いわ。とにかくこれで貴方も動けでしょう。反乱を止めなければ爆弾が起動してしまうわ、急ぎましょう」
色々な理不尽な展開に目を回しそうだが、彼女のいうことも最もだ。俺は刀を握りしめ、彼女と共にシティの中央へと向かった。
フェスティバルとは何だったのか