フェスティバル(2)
振るわれる鱗の生えた左手の剛爪を下に潜るように躱して距離を詰める。続く右手が届く前にスライディングで股下を潜り抜けすれ違いざまに足を斬りつける。
振り向けば膝から崩れ落ちる巨体が見えた。立ち上がりの勢いそのままに飛ぶようにして奴の巨躯を駆け上がり頭上を取る。
刃を地面に垂直縦一文字に構え、そのまま全体重をかけてトカゲみたいな見た目の頭に突き立てる。
人のそれではない形容しがたい叫び。捕まえる前に頭から刀を抜いて飛び退く。頭部から噴水のように噴き出る紫色の血を止めるように頭部に手をやっているが止まるわけもなく、むしろその狂爪が皮膚に突き立てられ更に傷を悪化させていた。
理性の欠片も無いな。
そんなことを考えている間に吹き出る血が致死量に達したのだろう。大きな音を立ててその巨体は崩れ落ちた。
ミュータント狩り、思ったより面倒だな。
場所は掘っ建て小屋が立ち並ぶ街外れの集落。工場地帯への入り口でもあるここはこの街にぶち込まれても人殺しの覚悟を持てなかった臆病者達の溜まり場である。そしてそんなゴミ溜めのゴミ溜めみたいな場所は今では阿鼻叫喚の戦場と化していた。
あの凶爪で中身をばら撒かれてしまった死体や胴体から切断されて二つになってしまった死体、後は顔面が抉られて身元判別不能の警察泣かせの死体。この街に警察とかいないけど。
そしてそうなりたくない連中の死に物狂いの叫びや破壊音、射撃音、爆発音。前二輪で通った時の静けさはどこへやらというレベルで騒がしいことこの上ない。
少し視線を物陰なんかで見えづらいところに移せば、このバカ騒ぎに乗じて処刑してる連中なんかも見えたりする。まぁこの街で隙を見せる方が悪い、ご愁傷さま。
再三の死闘でボロボロにしてしまったネクタイを緩めて一息つく。さっき殺したミュータントで二体目。一体目は身体が細くて腕が妙に長かった。素早く、リーチが長いから面倒ではあったがそのリーチの分伸びきったのを戻す隙が大きかったのでそれを突いて自慢の腕をぶった斬り殺すことが出来た。
そしてその一体目のミュータントもトカゲのような爬虫類染みた見た目をしていた。どうしてミュータントの見た目がそんななのかはさっぱりだが鱗を持った奴を斬るのは刃が鱗の表面を滑ったりして少し勝手が変わるから勘弁してほしいところだ。
一際大きな爆発音が聞こえそちらを向けば遠くの見張り台か何かなのだろう建物が倒れて大きな土煙をあげたのが見える。鷹の如き目を持っているわけではないので戦況は不明。犯罪者集団が負けかけてるのか押しているのかはさっぱりだ。
そもそもこのフェスティバルとやらはいつ終わるんだ? ミュータントを全滅させれば終わるのか?
……これはフェスティバルに参加しないなんて選択肢は無いな。面倒で嫌だがいつ終わるか分からないものを待てるほど気も長くないんだ。
刀を鞘に納めミュータントを探す。人間とミュータントの死体とボロボロになって街に逃げかえる奴らとすれ違い、不意打ち狙いのバカを一刀のもと斬り殺す。そして暴れるミュータントを見つけ次第これまた切り殺す。こんなことを幾度となく繰り返す。
何回目だったか忘れた頃のことだった。偶々二体同時に相手をすることになり、俺はどうにか片方の頭部を斬り飛ばすことには成功したがもう一体のミュータントにその隙を突かれた。気づいた時には回避できるような距離ではなく咄嗟に刀で防ごうとしていた。しかしその不意の一撃は俺に届くことは無かった。
銃声が聞こえたかと思うといきなり目の前のミュータントがその攻撃を終えることなく倒れてきた。その巨体に押し潰されないように横に回避してから先ほどの銃声が聞こえた方を向くとそこには奇妙な出で立ちの人物が立っていた。
鳥の羽のように見える切れ込みの入ったローブで覆われた黒一色の服にまるで鳥の嘴のような形をした奇妙な形のマスクを顔に被っていた。そしてこちらに向けている手ともう一つの手にはそれぞれ銃が握られていた。よく見ればその銃の銃身の下部分は刃のように鋭いのが分かった。
……ハンドガンサイズの銃剣にペストマスク。
……俺はこの男を知っている。
意識してのことでは無かった。暴走した感情が身体を動かし全力で剣気の斬撃を飛ばしていた。技の体を成していない稚拙で無茶苦茶な斬撃飛ばし。しかしそれは紛れもなく渾身の一撃でもあった。
しかして目の前の男はその両手の銃剣の刃を交差させて事も無げに受け止めた。渾身の一撃は男をその場から退かせることすら叶わなかった。
「オーラを使える割には稚拙な技だ」
今の一撃を未熟と切り捨てられる。
ふざけるな! テメェが技を、俺が今まで磨き上げてきた力を嘲るな!
神在月を使い爆発的な加速を持って一直線に突撃する。
二つの銃口がこちらを向く。引き金が引かれるより前に火線を見切りその延長線上から身体をずらす。
銃声。弾丸は当たらない。そのまま速度を緩めず接近する。
銃口がずれたと思ったと同時に銃声。狙ってから撃つのが速すぎる。どっちかしか回避できない。
死を感じ加速する思考で刀を前に掲げる。当たる弾丸の軌道を見切り、それに従い弾丸が刃に斜めに当たるように刀を置く。
手に伝わる重い衝撃。走っていたため地面を踏んじばれないが斜めに受けて衝撃を散らせたおかげで勢いが少し削がれるに留まった。
二射目もなんとか凌ぐ。そしてとうとう刀の間合いに入る。
凄まじい速度で振り下ろされる刀とそれを受け止める二丁の銃剣。
大きな金属音が響き渡ると共に両者の顔とマスクが触れ合うまでに近づいた。
「探したぞ! そして死ね! グレン・ヘルウォーカーァァァァ!!!」
「その目の色は憎悪の炎か復讐者よ!」
ラスボスエンカウント