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ランドルフ・ストーカー(3)

「血ヲ寄越セェェェ!!」


「自分のッ……でも……ッ飲んでろクソッタレ!」


上空より猛スピードで迫り来る異様なほどに伸びた爪を転がるようにして避ける。すぐ反撃をしようと振り向くが既にそこに奴は居らず、横から迫る殺気に視認するよりも前に脊髄反射で刀を振り抜く。手応えが無い。側頭部に衝撃が走り吹き飛ばされる。


「ガフッ!」


口の中で鉄の味がする。それを吐き出し立とうとすると身体がふらつき、視界が歪んで見えた。良いのを貰った、不味い。


どこか他人事のように感じている自分がいる。さっき見たことが未だに信じられないか? 今闘っているバケモノへの勝算が見つからず諦めているのか?


奴は羽を生やしてから空中を視認するのも難しい速度で縦横無尽に駆け巡り始めた。刀は届かず、その速度で頭上から襲われると最早対応出来なかった。


……だからどうした。諦める訳ないだろうがッ。


歪む視界を気合で戻し、敵を見据えて居合の構えを取る。間合いはもう奴が支配してしまっている。ならばこの間合いで斬る他無し。


敵の飛行軌道を先読みして斬撃を放つ。しかし当たる直前に奴は羽を羽ばたかせ、まるで空中を蹴っているかのように直角に曲がり斬撃を避けた。二度三度と斬撃を飛ばすも同じように直前で軌道を変えられ避けられる。


あの動き……見てから避けてやがる。


だとすれば雉撃ちでは止められない。神在月を使って数で……いや無駄に消耗するだけだ。ならば苦手だが仕方ない、攻め方を変えてみるしかない。


再度居合で斬撃を飛ばす。当然奴は先程と同様に見てから軌道を変える。しかし今度はそれを追うように斬撃の軌道も変化した。奴はそれを咄嗟に身を捻って既の所で回避する。それに反応するのかよ。


華天流弐之型“翡翠踊り”。雉撃ちの軌道を一度だけ変える技で不意打ち効果の高いものだ。ただ軌道を変えるだけなのに雉撃ちに比べて威力は落ち、更に狙いも甘くなるという代物で正直使いづらい。


しかしあそこまで高速だと雉撃ちだけではどうにもならない。だからこそ技を増やして選択肢で攻める。


「大盤ッ……振る舞いだ!」


華天流弐之型


“鳶狂い”。翡翠踊りより更に複雑な軌道変化を加えた斬撃。


“舌切雀”。軌道は変わらず直線で一撃も軽いがその速さは目にも留まらぬ程。


“鷹落とし”。隙が大きいが螺旋を描いて飛ぶ、速く重い大技。


それぞれをランダムに混ぜて乱発する。弐之型は全ての初動が居合から始まるため技の先読みは困難。速い一撃かと思えば重撃が、軌道が変化するかと思えば直線的、或いは更に複雑に。


これだけの変化に富んだ技が飛んでくれば機械でもない限り対応し切れない。それはあちらも分かっているはずだ。


来た、飛び交う斬撃の隙を突き急加速して頭上を飛び越えられる。背後を取られた。あのスピードでは振り向くだけでも隙となる。しかし狙い通り。背後から来ることが分かっていればいい。


刀を真下、地面へと突き立てる。そして斬撃を飛ばす要領で剣気を地面へと叩き込む。すると俺の背後の地面から扇状に斬撃が飛び出てくる。華天流参之型“背風陣”。死角となる背後を守る為の技。振り向きながら反撃するよりもこの技の方が広く速い。


「ガッ!」


肉を切る音とその痛みから来る声。刀を地面から抜き取り背後で止めた敵へ更に追撃を加えようとする。


背後を振り向くと同時に顔面を掴まれる。違うッ……止めれてねぇ!?


斬撃の重さは勢いを削ぐぐらいにはあったはず……。指の隙間から見えたのは奴の背後に伸びきっている羽。……まさか喰らってから加速したのか!


そしてそのまま地面に叩きつけられる。


ドゴォ、という派手な破壊音が聞こえた気がした。俺の頭で地面でも割ったのだろう、後頭部に尋常じゃない衝撃が走る。痛いなんてもんじゃない、意識が飛か……け……。


死が近づいてきていると何となく感じる。自身が相手にしていたのは人の及ばぬ領域へと至った者。人外と称せられる理外の獣。嗚呼、全く強過ぎる。勝てる訳が無かった。


ならば立ち止まるか、この胸の奥の炎をここで無残に散らせるか。


否。俺にその選択肢は選べない。既に背負ってしまっている。無念、怨念、憎悪、絶望。……それらを託されてしまっている。ならば進まねばならない、立ち止まってならない、果たさねばならない。


そう、死んではならない。



華天流四之型秘技“満月”


顔を掴んでいる邪魔な手を掴み剥がす。奴の獣の顔に一瞬の困惑の色を見る。腹の治りきっていない傷に渾身の蹴りを放ちレンガ造りの家まで吹き飛ばす。


脳のリミッターを強引に外したことで痛みは最早感じなかった。その場で立ち上がり周囲に充満している駄々漏れの剣気を手に持っている刀をへと集約させる。


崩れた壁の瓦礫を吹き飛ばしながら奴は立ち上がる


「痛いじゃないかッ……! クソッ……飢えと痛みがオレを殺そうとするッ……! 死にたく無いッ……この憎悪をこんな所で消したくない!」


「分かるよ同類だからな。結局そういうことだろう? この炎は大切なものなんだ。かけがえのないものなんだ」


そうだ何を悩むことがあったのか……。


大切なものだから護る。


護りたいから生きる。


生きたいから殺す。


善悪の話なんかじゃない。思いの強さ何かどうでもいい。それが大切かどうかだけが重要だったんだ。


「殺すから死ね。それがお前の末路だ」


振り抜かれる剣閃。それは月光の下、静かに咲く一輪が帯びる夜影が如く。


華天流壱之型“月影華”


届くはずの無い距離、触れるはずの無い刃。それらの理を斬り捨てる無常の一閃。刹那の間、剣気により形作られる極大の長刀はその刹那において全てを逃さず斬り捨てる。


刀が振るわれ場を静寂が包む。動くべき獣はその場から動かず。事を終えた復讐者は鞘に刀を納める。そしてそれと同時にランドルフの胴体が半ばから両断された。





それを見て取ってからギンも膝から崩れ落ちる。身体の痛みが倍になって戻ってきた。頭の中で爆発でも起きてるんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどに頭が痛い。神在月の比じゃない、限界以上の力を振り絞った代償だ。


もうまともに立つことすら出来ない。上半身と下半身に分かれた吸血鬼(ヴァンパイア)の死体が動かないことを祈りながら見つめ続ける。


指が動いたように見えた。万事窮すか……!?


「ここ……まで、血が……流れ……てしまっては……治せ……ん。…………私……の……負けだ」


「本当かよ……?」


「ここ……から、どう足掻……けと?」


「諦めるのか?」


「……業腹……だがな」


滲み出ていた感情がその無念さをありありと伝えてきた。コイツはもう死ぬ。


「我が……主人の仇を……討てずに果てるとはな……。情け……無い……」


「忠義か……嫌いじゃない。……俺がそっち行ったらそのご主人様とやらにお前の強さを存分に語ってやるよ」


「……甘いな」


「もうお前は……邪魔しないからな」


「なるほど……な。悪く……ない……道……だ」


その言葉を最後に、ランドルフは二度と動かなかった。

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