デビット・デスペラード
それは静かな夜だった。
男は外套を被り夜の街を歩いていた。辺りは電灯一つ点いておらず明かりは満月の月光のみだ。
人口の光に慣れてしまってはそれだけの光では足りないだろう。しかし男にはそれで道がちゃんと見えているかのように淀みなくどこかへと進んでいた。
そして大きな時計が中央に立つ広場に来ると、男は時計の真下辺りに来たところで立ち止まった。
雲に月が遮られ広場に更なる闇が覆った時、広場にはもう一つの人影が現れていた。
時計を正面から望む方向より現れたその影は奇妙な身なりをしていた。
その影は夜の闇に溶けるような黒いスーツを来ており、胸元にはちゃんとネクタイを締めていた。服だけ見れば実にフォーマルなものだが履いている靴はなんとサンダルであり、髪の毛も伸ばしっぱなしなのかボサっした腰ほどまである黒い長髪だった。
なんともチグハグな格好をしているがその身なりよりさらに異様なものをその影は腰に携えていた。
菱形が幾つか拵えてある柄と丸い鍔、その緩やかに曲線を描いている艶のある鞘。
その特徴は日本刀と呼ばれるものを想起させるものだった。
雲間から月が顔を出した時、その月光が丁度その人影の顔を照らす。
この人影もまた男だった。しかしてその顔にはまるで幽鬼のように何の表情も浮かんでいなかった。
そしてその男の赤い瞳は真っ直ぐ時計の下に佇む男を見ていた。
「お前か? ここにオレを呼んだヤツは」
時計の下にいる男はそう問いかけるとその顔を覆い隠していた外套のフードを脱ぐ。
そこにはこれもまた奇妙なものがあった。
月夜に輝く銀髪、その銀髪に劣らぬほど月の輝きを反射する銀色の肌が顔の左半分を占めていた。
それは果たして人なのだろうか、それを見たものは判断に困ることだろう。
しかして赤い瞳の男はそれを見てもさして気にした様子を見せることもなく銀色の男に答えを返した。
「デビット・デスペラード。お前を呼んだのは間違いなく俺だよ」
「そうかお前が死にたがりか」
デビット・デスペラード。そう呼ばれた男は鉄が当たるような甲高い音を響かせながら笑い出した。
「カハハハハ。どんな奴が来たのかと期待して来ればまさかのサムライボーイとはな。ホンモノの死にたがりかよ」
「それにその服はなんだ、サラリーマンか何かか?」
「この服装が気になるか?」
「ああ、気になるね。お前のその気に入らない余裕も含めてな」
鼻で笑うように答えるスーツの男に銀色の男は威圧するように語気を強める。
「喪服だよ。これから死体を見るんだから必要だろう?」
嘲るようにスーツの男が答えた瞬間。銀色の男の外套の下から銃口が現れ凄まじい爆音と共に大量の弾丸が放たれた。
激しい破壊音と金属音が奏でられる。
金属音という異音に気づいたデビットは銃撃を止め、目の前の土煙が晴れるのを待った。
そこには銃弾の雨に晒されてなお無傷な、抜き身の刀を持っている男が立っていた。
デビットにはその光景が理解出来なかった。
当然だ。先程の金属音が銃弾に当たった音なのは推測できる、そしてそれが何か金属にのようなものに当たったのも音で分かる。しかしその金属で出来たものが目の前の、あの日本刀だとどうして理解出来ようか。
先程の音楽を奏でるには、即ち刀で弾丸を弾くほか無いということをどうしても機械で強化された頭が否定する。
見たところ、目の前の男には機械化されたらしき跡は見当たらない。あるとすればあの赤い瞳だが。どうしてかあの瞳は機械ではないと断言出来る。
とすれば目の前のこの男は生身の身体で大量の弾丸を弾いたということになる。そんなこと不可能だ。
「何をしやがったお前……!?」
目の前の不可解を理解する為に男は言葉を投げかける。
対してスーツの男はなんてことは無いように刀を手首を回して弄びながらその言葉に答えた。
「刀で防いだ。それだけだよ」
デビットは自らが否定した答えをまた突きつけられて言葉を失う。
そして呆然としたその隙を目の前の男は見逃す訳が無かった。
刀を鞘に収めながら腰を低くして一気に接近して来きた。
すぐにデビットは我に返り機械化した脳による高速思考でその接近に対応する。
慌てる必要は無い、相手は刀だ。ならば近づかせなければいいだけの話しだ。それがデビットの出した答えだった。
デビットの纏う外套が捲れ上がりその下に隠していた武器がその姿を現した。
駆動音と共に動く左右二対の機械の腕。そして両腕に持つものと合わせて計六丁の機関銃。それら全ての銃口が目の前に迫る男に向いていた。
それに気づいた男は咄嗟に転がるように横に飛んだ。そして先程まで男のいたところに六丁の銃撃の雨が襲った。
先程とは比較にならないほどの爆音と破壊音が響き渡る。
避けるのを視認したデビットは左半分、三丁の銃で男の逃げた先を薙ぎ払うように銃撃する。
しかし男は銃撃と地面の人が通れるギリギリの隙間に身体を通して避けながらこちらに接近してきた。
弾道を完璧に見切った上で弾丸の嵐に自らその身を差し出せるその度胸。曲芸と言うにはあまりにも凄絶なその絶技にデビットは死の気配を感じ取る。
コイツはヤバい。
銃撃を止め、左の義手二本で身体を守る態勢を取る。
鉄である義手ならば同じ鉄であるヤツの刀を防げる。そして攻撃を防がれ隙を見せたところで左腕と右の三丁の銃、合計四丁の銃撃でヤツを仕留めれる。
銃撃でヤツを止められないなら強引に止めればいい。
弾丸避けられたのは驚いたが勝ちは見えた。生き残るのは俺様だ。
高速思考の結果導き出した答えにデビットはほくそ笑む。
走る勢いをそのまま乗せたような振り下ろし。十分な威力がありそうな一撃だが、所詮は生身だ。
勝利の確信をより一層深めながらその一撃を義手二本で受け止めようとする。
そして甲高い金属音が鳴り響いたと思ったら、その二本の機械の腕はあっさり斬られてしまった。
そのまま斬撃の延長線上にあった生身の左腕もたたっ斬られる。
男は刀を反転させさらに踏み込みながら跳ね上がるようにして斬撃を放ち、そのまま残った右腕三本もたたき斬った。
いま何が起きたのか何一つ分からなかったデビットは、しかしてその機械化された脳味噌で今のは腕の関節部分、耐久性の劣る箇所を狙われたと気づく。
油断、と言うのほ些か酷な事だ。関節部分と言ってもそれが外部に露出している部分は非常に狭い範囲、ましてや常に動いているものだ。そんな箇所にピンポイントで当てるなど普通は出来ない。神業と言ってもいい。
そんな技を命を懸けた殺し合いの最中で成功させたこの男は一体何なんだ?
腕の切られた部分から大量の血を吹き出させ、膝をつきながらデビットは目の前の男を仰ぐ。
そこには何の感情も見えない1匹の化け物がいた。
首を斬られ、完全に死ぬその時までデビットはひたすら疑問に溺れていた。
ただただ戦闘描写したいだけに書いた。