第01話 竜人族への嫁入り
私たちがまだランドセルを背負ってた頃。
近所の悪ガキどもが、こちらをからかい笑っていた。反撃もできないまま泣いている××を背中に、私はそいつらを睨みつける。
「そんな子どもみたいなこと、しないでよね!本当、男子ってお子さまばっかり!」
私がいくら怒鳴ったところで、彼らには効きもしないけれど。
「だって、そいつがウソついたんだ。竜がいたり、魔法が使える世界があるんだって」
「バッカでぇ。よっぽどそいつの方が子どもじゃん!」
私は一度××を振り返って見る。泣きべそかいて、言われるがままになっている私の幼馴染。
私がどうにかしなくちゃいけなかった。私が彼を助けてあげなくちゃいけないのだ。こうして、他の人から笑われてしまう彼のことを。
「××のことイジメる奴は、誰であろうと私が許さないんだから!」
***
「朝食の準備が整いました」
最近、私をそうやって朝起こすのはこの人の役目だ。
竜人族のメイドさん…竜王スペルディアは彼女のことをイザベルと呼んだ。イザベルはあまり口数が多くなく、だが決して悪い態度も取らなかった。毎日淡々と私の世話をしている。
私は久しぶりに見る元いた世界の夢に、切ない気持ちになりながらもベッドから起き上がった。私たちにはいまだ元の世界に戻るどころか、どんどん厄介事が振り込んできている。本当はもう帰るために必要なものは揃っているっていうのに。
朝、私に声をかけるとイザベルは次に部屋の片付けに入る。これも最近では日課のようなものだ。部屋は昨晩の内に、私に荒らされひどい状態となっているから。
私はクローゼットの中身を全部放り出し、テーブルもイスもなぎ払って、とにかく無茶苦茶に暴れまくった。毎日これを片付けるのだから、イザベルも大変だろう。
ただ私には気遣うような気持ちは無いし、こうやって困らせたいがためだけに毎晩毎晩部屋を荒らしているのだ。最も、こうして反抗して見せても私が部屋を出る許可はおりない。
「部屋から出して」
私がイザベルを睨みながら言っても、彼女は大概スルーである。片付けの手を止めない彼女を諦めた気持ちで見ながら私はベッド脇のイザベルが持ってきてくれた水に手を伸ばす。
私の幼馴染みが、第16代魔王となったらしい。
何がどうしてそうなったのか。元々ナイトとは、彼の魔法力をコントロールする修行のため別々に行動していたはずなのに。
多分何かの間違いだ。ナイトがまさかそんな魔王になんてなるはずがない。何より、彼は魔族でもないのに魔王なんて可笑しいではないか。魔法だって最近使い始めたばかりだし。
だから私はとにかくナイトの様子を見に行きたくて、竜人族領から出て魔族領に行きたかった。ナイトは何か大変な目にあっているに違いない。なのに…
「竜王様からの許可がおりれば、お連れいたします」
彼女の返答は一字一句違わず決まってこれだ。私は彼女が部屋を片付ける後ろ姿を眺めるしかなかった。
竜王スペルディアと話してから数日が経った。その間、スペルディアは一度もこの部屋を訪れることはなかった。この部屋に来るのはイザベルと、あいつだけだ。
「マーガレット、入るのだ」
申し訳程度のノックとともに、当然のようにこの部屋に入ってくるのはあいつことカルヴィンだ。
「ちょっと、ノックしたら返事があるまで入んないでって何度も言ってるじゃない。着替え中だったらどうするのよ」
「未来の妻の着替え姿を夫が見るのに、何の問題があるのだ」
これだ!
本当に、腹が立つ!カルヴィンは部屋に入るといつも通りの惨状を見てため息をついた。
「いい加減、イザベル殿を困らせるのはやめるのだ。イザベル殿、うちの妻がすまないのだ」
「いえ、これも業務ですので」
止めてよ止めてよ!何であんたがそんな夫面して私の代わりに謝るのよ!スペルディアがナイトの話をした次の日から、カルヴィンは私の夫だと称して毎日この部屋に通っていた。
しかし勝手な話に私はもう堪えられなくて、カルヴィンに飛びかかる。
「私は嫁入りなんて認めてないんだから!」
カルヴィンに殴りかかったところで効きやしないが、私は鬱憤をぶつけるように彼を殴り続ける。いくら見目麗しい彼の婚約者になったって嬉しいはずがない。
「そんなことを言っても、預言者スペルディア様がそう仰ったのだ。これが運命であるなら受け入れるのだ」
「運命って何よ、運命って!」
カルヴィンは私に良いように殴られながら、決して反抗してこない。彼は甘んじて受け入れ、私を諭す。
「未来を見ることのできるスペルディア様が、それがしとマーガレットが夫婦になると仰ったのだ。それが未来のあるべき姿であるなら、抗っても無意味なのだ」
「それが本当に未来だって、どうしてそう言えるのよ」
「それは勿論、今までスペルディア様が預言した未来で、誤っていたことなど一度もないからなのだ」
確かに未来を記された『傲慢の書』が魔女の秘め事なのだとしたら…秘め事の威力というものを、『怠惰の笛』や『暴食の甕』で確認しているために厄介なものだと分かる。
だとしても、私があっさり竜人族の嫁入りなんて従うはずないじゃないか!それにイザークだって、過保護な師匠である彼のことだから絶対私のことを助けに来てくれるはずだ。
「とにかく観念するのだ。それがしも、これがマーガレットの本意でないことくらい理解してるのだ」
「だったらカルヴィンも、どうにかしようとしてよ!何で大人しく従っちゃうのよ!」
「それがしにできるのは…」
カルヴィンは突如私の手を取り、優しく包み込んだ。ここ数日、何度か見てるし何度も聞いている言葉がまた彼から紡がれる。
「本意でないマーガレットを、せめて少しでも幸せにすること。その責任は、きっちりと取らせてもらうのだ」
これが真剣に言ってることなのだから、本当に質が悪いというか何と言うか。彼は自分が故郷に戻るために私を売ったことを、負い目に感じているのだ。
まぁ、ドワーフ族領近くの鉱山で傷つき籠っていた姿を知ってはいるから、故郷に戻りたくて私を竜王に差し出した気持ちは分からなくもない。彼が故郷に帰れる最大のチャンスだったのだから。
それでも、分かりはしてもそれは私には関係ないことだ。
「カルヴィンって、結構身勝手なのね」
だから私は彼が一番ダメージを受ける言葉を選んで、毎日チクチクと攻撃していた。