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百合園の誓い  作者: 川島
第三章ー百合園の敵対者Ⅲー
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7

 ーーー抉れた大地の中。倒れたエルの体を抱えながら老メイドは身構えていた。

 ぴきぴきと悠子の悪魔の身を封じ込める『凍結封印(コキュートス)』に亀裂が生じる。

 その中身。彼女の四肢に絡み付く『獅子封鎖』の鎖は、全て断ち切られた。

 後はこれだけ。

 氷の封印だけが最後の砦だ。

 老メイドは小さな封印魔法を凍結封印の上から重ねるようにかけるが、結局それにただの時間稼ぎにしかならない。

 ぴしっとさらに深く氷塊に溝が出来た。

 このまま亀裂が生じ続ければ、あと数分、いや数秒で完全に凍結封印は砕け散る。

 

(お嬢様、まだですか……!)


 老メイドの魔力も限界に近かった。

 呼吸を荒げ、頬を汗が伝う。

 もはや限界だ。

 ぷるぷると腕が震える。

 これ以上は、時間稼ぎの為の封印魔法も使えない。


(もう、限界です……、このままでは……!)


 老メイドの魔法が止まった。その直後だ。

 凍結封印が砕け散ったのは。


「っ!」


 爵位クラスの悪魔すらも封じ込めるその封印魔法が容易に砕かれ、その強大な気配が吹き出していた。

 蝙蝠のような黒い両の翼を広げ、囚われの彼女は自由の身になった。

 氷片が舞い、悠子は地に立つ。


「ふしゅううううう」


 その圧倒的な存在感が大気を震わせ、大地を鳴かせていた。

 対峙するだけで、よく分かる。

 老メイドは力なく腕を垂らす。


(いや、ここまで、か)


 もう抵抗する気力も沸かない。

 勝てない、それだけならばエルを逃がすための方法を取ることができふかもしれない。

 だが、目の前の悪魔は、勝つ勝てないの次元の存在ではない。

 もっと上の……、そんなことを考えることすらも烏滸がましいような大きすぎる存在だ。

 目の前に対峙しているのに、気が付けば老メイドは隠れるように息を潜めていた。

 無駄なことだと脳が理解するよりも前に、彼女の脳が逃避を図っているのだろう。


 悠子の鋭い視線が二人の元に注がれた。

 たったそれだけに、老メイドの脳裏に「死」の文字が過ぎった。

 そこからは、ほとんど反射に近いものだった。

 意識を失ったエルのことを庇うように、老メイドは身を動かしていた。

 母性にも近いような感覚。親が子を守るのは当然だろう。それと同じで、体が勝手に反応していただけだ。

 そこに老メイドの意志は介在せず、ただ死を前にしてもエルの体だけは守ろうと咄嗟に庇っただけ。

 それだけだった。

 そして……。

 その直後。いつの間にか悠子は、二人の直前まで迫っていた。


「……えっ」


 老メイドがそれを認識するよりも遥かに早く、悠子は動く。

 その腕は、二人の首を断ち切る為のギロチンのように高速に迫る。

 だが、それが老メイドの首を切断することはなかった。

 何故なら。

 エルのその小さな体から溢れた純白の光が、悠子のその身を吹き飛ばしたからだ。

 

「ご苦労」


 ゆっくりとエルは立ち上がる。


「後は私に任せて」


 その背には光の翼。

 

「それから……、少し本気を出すから、あなたは離れてて」


 そう呟いたエルの瞳には、白い光が揺らぐ。


「! わかりました」


 その言葉の意味を理解した老メイドは、彼女に一礼だけすると、すぐにその場を離れた。

 ふわりとドレスのスカートが持ち上がり、舞うように下がる。

 このままエルの傍にいたら間違いなく巻き込まれる。

 

(お嬢様、あの力を使うということは神代悠子サマを殺す決意をしたのですね)


 エルは悠子の体を塵一つ残すことなく消し飛ばすつもりのようだ。

 本気を出すということは、そういうことだ。

 だんだんエルの力が膨れ上がり、それに呼応するようにその背の光の翼も大きくなっていく。

 その力の膨張を察したのか、悠子の動きが機敏になる。

 悪魔の身体能力を最大限に発揮し、エルに襲い掛かる。

 が、所詮は理性もなく、自制することもできない獣と同じ。

 攻撃を避けるどころか、防御する素振りすらない今の彼女では、エルに到底及ぶことはない。

 さらにエルの力が膨れ上がる。


 ぴしぴしと空間が歪むほどの濃い密度の魔力がエルのその身から漏れ出し、襲い来る悠子の全攻撃に対応しながらも、ゆっくりと呟いた。


「魔力濃度第九階位『セラフィム』解放ーーー」


 刹那、エルの体に白い炎が噴出した。


 普段エルは力を制限している。

 いや、制限しているというよりは、使う必要がないから抑えてると言った方が正しいかもしれない。

 羽虫を追い払うのに全力で拳を振るうことはないだろう。

 それと同じで、必要がないから使わなかったというだけ。

 

「悠ちゃんが戻ってくる為には、その魔に穢れた体は邪魔」


 エルは手を前に突き出すとその手の中に白い炎が膨れ上がる。


「だから、消えて」


 そして。

 そう呟いた瞬間、悠子の全身を純白の輝きが包み込んでいた。


「ぃぎぃいいいいあああ」


 悪魔の悲鳴が木霊する。

 穢れた身を焼き払うように、悠子の体を白い炎が炙っていた。

 

 

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