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それだけ言い残した後、ふっと風に掻き消される陽炎のように剣神はその姿を消した。
「!」
悠子が手を下すよりも前。流石に引き際は弁えてるのだろう。
(逃げられた……、か)
訊きたいことは山ほどある。
だけど、今はいい。
ふわりと悠子の手の中の血濡れの太刀も消えた。
ここは、悠子の内なる世界だ。
彼女の望んだ通りに、形を示す。
この今まで、その力を発揮することが出来なかったのは、この内なる世界に干渉するだけの余力がなかったからだ。
(それにしても、最後のあの言葉。あんなことは言われるまでもなく理解しているのだけど、どういう意図があるのかしら)
悠子は考えるが、
答えを出すにはまだまだ情報が足りないことを悟り、まあいい、と思考を振り払う。
(いや、それより気になることは他にある)
悠子はエルの方に向く。
「エル、とりあえずここを出ましょう」
「うん……! ただ、今の悠ちゃんの肉体は悪魔化してるせいで、普通に戻れるかは分からないよ?」
「……あっ」
忘れてた。
そうだった。
今の悠子の本体は、悪魔に成り果てていた。
悠子は頭を抱える。
「どうしよう……、よりにもよって、悪魔化……ね」
一度、悪魔に身を落とした者は、二度と元に戻る事はできない。
それが当然の摂理だった。
例え神でも天使でも、それは変わらない。
絶対に覆ることのない世界の法則だ。
しかし、
「まあ、一つだけ元に戻れる可能性はあるけど」
その理を覆す可能性にエルは思い至っていた。
「戻す魔法とかあるの?」
それにエルは即答する。
「まさか、そんなのあるわけないよ。 魔法は世界の理に干渉することで発動する力だからね。 悪魔化なんて世界の理から外れまくった異常を戻すことは、流石に出来ないよ」
「それじゃあ、どうやって戻ればいいのかしら」
「簡単だよ。 悪魔化によって穢れたその身を捨てればいいだけ」
「……はい?」
何気なく言ってるが、それがどういうことなのか、エルは分かってるのだろうか。
いや、エルのことだ。
分かった上で、言ってることは間違いない。
「エル、それはつまり転生しろってこと?」
だが、エルはそれにも首を横に振る。
「少し違うかな。 別に他の誰かの肉体に転生する必要はないよ。 私が言ってるのは、あの穢れた肉体に、悠ちゃんの新しい肉体を上書きするってこと」
そこまで訊いて、ようやく悠子はエルの言い分を理解し、飲み込んだ。
「そういうことね。 確かにその方法なら可能性はあるかもしれない」
その方法ーーー、それは『死に戻り』のことだ。
悠子は死んだ際に蘇生する力がある。
いや、蘇生というには、少し語弊があるだろう。
悠子はこの世界に生まれたものを現実世界に反映することができる。
つまりこの内なる世界の中に新しい肉体を生み出し、それを現実世界に反映させれば、元の状態に戻れるかもしれないというわけだ。
勿論、それはまだ可能性の話。
悪魔化から元に戻れたという事例は未だかつて無い。
ないが故に、殺すのが鉄則だ。
悠子は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた後、そのまま目を開ける。
(……よし!)
この方法が失敗ならば恐らく悠子は一生を悪魔の身で過ごすことになるはずだ。
それが意味するところはひとつ。
本格的に全世界から討伐対象として認識されるということ。
それに悠子は覚悟を決める。
「エル、少しでも元に戻れる可能性を増やす為に、現実世界の私の肉体を木っ端微塵に粉砕して」
「うん、わかった。あまり乗り気はしないけど、仕方ないよね」
エルは頷き、その背に純白の翼のような光が灯る。
魔法だ。
この世界の中で魔法を使えるのは、恐らくエルくらいのものだろう。
「全力を以て、消し飛ばす」
エルはそう宣言し、
ふわりと天に吸いこまれるように登っていく。
「だから悠ちゃんも準備しておいてね」
「分かってる」
まるで天使のようだ。
光を纏い、世界を照らす。
そんな美しい天使の姿を悠子は見送る。
ふわふわとあるところまで登ったところで、エルは思い出したように叫ぶ。
「あ、そうだ、悠ちゃん! 例えあなたが悪魔になったとしても、世界中の誰も彼もががあなたを殺せと追い掛け回しても、私だけはずっと味方だからね!」
「!」
言い終えた後、エルはひとつ笑みを零す。
そして。
その次の瞬間には、ひゅんとエルの姿が闇に呑まれるように消えていた。
悠子が何か言い返すよりも前に去った。
(言い逃げなんて、ずるいわね……)
悠子は顔を伏せる。
その頬には、熱が灯っていた。
それを隠すように俯く。
(私だって、同じよ、エル。 あなたのためなら私は……ーーー)
ぎゅっと悠子は胸を抑える。
とくんとくんと、不思議な感覚が湧き上がってくる。
(なんでもできるわ)




