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ーーー諦める。
それも悪くはない。
心が折れれば、これ以上の苦しみを抱くことはない。
彼女の心は、決して強くはない。
ただ、強く在ろうとしただけの、脆い心だ。
内心では諦観を抱きつつもあった。
しかし、彼女のーーー剣神の言葉に、悠子は奥歯を噛み締める。
(誰のせいで……こんな風になったと……思ってる)
剣士側の創造主たる剣神が。
魔法側の創造主たるアル・クレシアが。
この二つの存在が、この狂った世を生み出したせいで、こんな目にあってるというのに。
その元凶のひとつが、諭すように言葉を紡ぐ。
そのことに多大な不快感を抱いていた。
(誰のせいで……)
ぴきぴきと悠子を縛り上げる荒縄が悲鳴を上げる。
悠子の精神を縛り、肉体に戻さない為の封印。
この封印が解けると、悠子は「死に戻り」の流れに則り、自我が肉体に戻る。
「おっと、まだ話の途中よ」
だが、それを解くことは叶わなかった。
何故なら……。
剣神の身からも荒縄が飛び出し、さらに強固に重ねるように悠子の身を縛り上げたからだ。
「な、に……!」
悠子は驚いた。
この封印は、魔法使いのもののはずだ。
それなのに何故……。
剣士の創造主たる剣神が、魔法を使えるのだろうか。
それを疑問に思った。
「くっ、この……、」
全身に力を加えるも、解くことはできない。
本来なら意識を刈り取るほどに強大な封印術だ。
それでもなお意識を失わないのは、彼女の強靭な自我のおかげだろう。
「ふふ、少し驚いたわ。まさか自力で精神の六縄封印を破りそうになるなんて……、流石に強いわね」
悠子の顔で笑う剣神に、悠子は吐き捨てるように呟いた。
「魔法側に身を売ったようね、この売女」
それに剣神は言葉を返す。
「酷い言いようね。元々、魔法も剣技も一つの力だったというのに」
「……は?」
悠子は理解できずに聞き返す。
「どういう意味?」
「言葉通りの意味よ」
剣神はさらに言葉を続ける。
「この六縄封印は私本来の力ではないけれど、元々剣技も魔法も共存していたものよ」
「……なにを……言って」
その言葉の意味をしっかりと噛み砕いてみても、理解することができない。
どういうことなのか。
全く分からない。
剣技と魔法の共存。
それは悠子が心の奥底では、望んでることでもある。
だが、現実的にありえないことだ。
そんなものが遥か遠い昔の時代に、既に達成していたことなど、信じられるはずもなかった。
「いずれ分かる時が来るわ」
悠子の封印がさらに強くなった。
「っ!」
どすんと悠子は闇の中に膝を付く。
(体が、うごかない)
全身から力が抜けていく。
「それに、どうやら本当に諦めるようね」
悠子を発起させるようなその言葉とは裏腹に、剣神の身から溢れた荒縄の縛りの力が強くなる。
言ってることとやってることが、まるで違う。
「な、……ら、これ、……を、……解き、……な、さい」
「何を甘ったれたことを言ってるのかしら。その程度の封印を解けずにエル・クレシアの隣に立てると思ってるの?」
「!」
確かにその通りだった。
「う……るさい」
ゆっくりと膝を持ち上げて、再び立ち上がる。
(大切なことを忘れていた……、確かにそうね。ここで頑張らないと、もはや一生エルに及ぶはずなんて、ない)
悠子は顔を上げる。
今のエルと本気で闘えば、絶対に叶わないだろう。
それは分かっていた。
エルに勝つためには、もっともっと研鑽が必要になる。
その為には、こんなところで止まってるわけにはいかない……。
この程度の封印を破るくらいの力がなければ、もはやエルに追いつくなんてことは叶わぬことだ。
悠子は封印を解くため全身に力を込めると、ぴきぴきと荒縄が再び悲鳴を上げる。
「はぁああああああああああああああああああ!!!」
ばちばちと一歩、また一本。
彼女の体の荒縄が弾けて切れる。
「ふふ、なんだ、やればできるじゃない」
剣神は心底楽しそうに笑う。
「でも、その程度ではまだ戻れない」
さらに追加で六縄封印の荒縄が剣神の肉体から放たれ、悠子を縛り上げようとした瞬間、その全てが純白の力によって叩き落とされた。
「!!」
一瞬、そのことに剣神は驚きを表出するも、直ぐに何が起きたかを理解する。
(まさかこんなにも早くここに至るなんて……、いや、それより、この中で魔法を使えるとは、流石にあの子の血統だけはある)
エルだ。
剣神の後ろにエルが舞い降り、天使のように降り立った。
その姿に悠子は口元に笑みを浮かべる。
(エル……どうやら迎えに来てくれたようね。 なら私ももう少し頑張らないと)
不思議と力が沸いてくる。
全ての荒縄に亀裂が走り、その直後、引きちぎられるように断ち切られ、悠子は自由になった。
「ふう……、これで終わりね、我らが創造主。 幾つか質問に答えてもらいましょうか」
そして。
いつの間にか悠子の手に握られていた血濡れの太刀が剣神の首筋に添えられた。
「まずは何故あなたが私の内に在るのか、それを答えなさい」
血濡れの太刀の柄を握る手に力が込められた。
答えなければ斬る。
悠子の言葉の端々に、その意図が醸し出されていた。
エルと悠子に挟まれる形に追い詰められ、もはや逃げ場はない。
この状況。
完全に詰んでいた。
……はずなのに何故か剣神は、一切焦らずにいた。
「ふふ、そうね。それには答えられないけれど、あの封印を破った御褒美に一つだけ教えて上げるわ」
その言葉に悠子は迷った。
答えられないと言った瞬間、斬ろうと思ったが、その次の言葉に悠子の腕が止まった。
何らかの情報の呈示だ。
嘘を見抜く力が六縄封印を使った剣神には通用しない為、相手が本当のことを言ってるかも分からずにいる。
だから今この場で咄嗟に動くことができない。
なので、嘘にせよ、真実にせよ、その出される情報を聞いてから決めることにした。
剣神は口を開く。
「派剣協会と魔術師協会にいたままでは、近い内にあなた達は殺し合うことになる」




