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百合園の誓い  作者: 川島
第三章ー百合園の敵対者Ⅲー
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4

 暗い闇の中に神代悠子の意識は囚われていた。

 その手足は、茨のように荒縄が絡み付き、まるで磔にされた聖人のようにピクリとも動かない。

 頭は項垂れ、目は閉ざす。

 もう無理だ。

 これ以上、見たくない。

 その強い思いが、今の彼女の中に渦巻いていた。

 

(いやだ……こんなの)


 目を開けば、広がるのは地獄の光景。


(もう、見たくない)


 だが、目を閉じたところで無駄だ。

 頭の中にその光景が鮮明に流れてくる。

 何度振り払っても、拭えぬ事のない苦痛を伴った過去の景色。


(こんなもの……、もう見せないで)


 これで何度目だろうか。

 繰り返しにその時の光景が流れる。

 悠子の脳内に浮かぶは、ひとつの男女の姿。

 その間に挟まれ、天真爛漫な笑顔を見せる、自分。

 それは遠い昔の、本当の両親がまだ生きていた頃の幼き日のことだ。

 あの時は、幸せというものを実感することのないほどに、幸せに満ち溢れていた。

 両親の優しい愛を一身に受けて、健やかな環境で育てられた。

 だが。

 そんな幸せは、長くは続かなかった。

 何故なら自分たちの住んでた街が、戦士と魔法使いの争いの中心地になったからだ。


 魔法が飛び交い、その街を燃え上がらせ、

 剣技によって、建物が破壊され続けた。

 勿論、それは意図してのものではない。


 ただ、彼らにとっては目の前の敵を倒すためだけに、行っていたこと。被害を抑える余裕はなかったのだろう。

 手を抜けば殺されるのは、自分たちだ。

 だから彼らにも周りに被害を出さないように配慮しながら戦うということはできなかったというわけだ。


 結局、悠子の故郷の街は、全焼し、多くの人間が死んでいった。

 そして、死んでしまった者達の中に、悠子の両親もいた。

 突然、幸せを奪い取られ、その代わりに絶望を与えられた。

 当初は、二つの勢力を恨んだこともあった。

 だが、生きることに精一杯にならなくてはならないようなその後の状況が、徐々に彼女の憎悪の念を風化させていった。


 両親を失った後、彼女は孤児院に引き取られ、そこで幼くても生き残る為の術を学んだ。

 一人で何でもできるようにと家事炊事から、マナーや、世の中を渡る為の処世術までを幅広く、教え込まれた。


 その孤児院に引き取られ、しばらく経った頃、悠子は一つのパーティー会場に訪れた。

 勿論、客としてではなく、お手伝いとして。

 孤児院の基本的な方針として、社会見学というものを定期的に行っていた。

 今後も一人で生きていけるようにという配慮の為だ。

 そうして、そのパーティー会場の中で、悠子の運命を左右するほどの転機が訪れた。

 それが、幼き日のエル・クレシアとの邂逅だった。

 悠子の目標が明確に定まったのは、エルの姿を見たからだ。

 それまではただ漠然に生きるためだけに生きていた。

 それが、エルの元に至るという目標だ。

 

 ただ、それは絶望的なまでに遠く、果ての無い目標だった。

 だから悠子は、よく孤児院に来てた、ある男に師事を仰ぐことにした。その男こそが、彼の義父であり、師でもある、神代悠久そのひとだ。


 悠子はエルとは違って、最初から最強になるべくして生まれてきた者とは違う。

 悠久に弟子入りしたばかりの頃は、走るのも苦手な、どちらかというとインドアタイプの女の子だった。

 そんな彼女が最強に至るまでには、血を吐くような苦痛の長い日々の連続があってこそのもの。

 他には何もない。

 才能もなければ、強靭な体があるわけでもない。

 彼女にあったのは、唯一、目標だけだった。

 その目標に向かって、一心不乱に頑張り続けた。

 努力のし過ぎで、生死の境をさ迷ったことも数え切れないほどある。

 それほどに悠子は自分を磨き続けた。


 そうして、悠久に弟子入りして数年後、彼女は何とかS級剣士になることができた。

 それは彼女が最強と謳われる少し前の話。

 彼女がS級になって、初めて受けた仕事。

 それが、悪魔崇拝(現科学者)の組織の調査であった。

 

 そのS級初任務。そこで彼女にとっては、忘れることのできないほどの事件が起きた。

 それが悪魔崇拝者による、一つの街を飲み込むほどに巨大な儀式場の生成だ。


 街の住人は皆、悪魔製造の為の生贄になった。

 生き残りは一人もいない。

 その肉体が弾ける間際まで、住人は苦しみ、悶え続けた。

 その光景を見ながら、悠子は何をすることもできなかった。

 そんな苦い記憶。

 

 両親の死に顔から、その儀式場の生贄の光景までが。延々と脳内に繰り返される。


 悠子は、それらを振り払うように頭を揺らす。


「……もう……いや」


 全身の力が抜けていく。


 これは、罰だ。

 何もかもを見殺しにしてまで、のうのうと生き延びた己への、重い罰だ。

 そう、救えなかったことは、罪なのだ。

 

 と、悠子は自罰的な思考に陥っていた。


 全てがどうでもいいとまで思うようになっていた。


(もう……どうでも……)

 

 悠子が過去の罪に囚われ、押し潰され、思考を放棄しようとしたその時だ。


 ふわりと彼女の目の前に、それが現れた。


「本当に、あなたはそれでいいのかしら?」

 

「っ!」


 驚いた。

 それは悠子に良く似たーーー、いや、もはや似てるというよりは、完全に瓜二つ。

 あまりにも同じ顔だ。

 唯一、違うのは、服装だけ。

 悠子のように制服に白いマントを羽織っただけという姿ではなく、巫女のような和装に身を包んでいた。


「あなたは……何者?」


 にこりと、目の前の女性は微笑み、それに答える。


「創造主といえば、聡明なあなたなら分かるわよね?」


「……まさか」


 創造主、と自称する彼女。

 その正体に、悠子は心当たりがある。


「剣神……!?」


「ふふ、正解よ」


 剣神というのは、あの老人口調の少女のことではない。

 あの少女は、『剣神の巫女』ーーー。

 つまり、この本物の剣神の意思を表出するための素体に過ぎないのである。

 何故ここに彼女が現れたのか、それが気になったが、次の剣神の言葉に、そういう疑問が全て吹き飛んだ。


「それより、一度最強を名乗ったくせにみっともない姿ね。もう諦めるの?」


 ふわりと剣神の姿が間近に迫る。





 

 



 

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