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魔法。もしこれが本当に魔法ならば、ひとつだけ明確にするべきことがある。
「見るに魔法の改編痕はないようだけど、改編痕を完全に消し去る類いの魔法ってわけ??」
そう。改編痕を消し去ることができる魔法かどうかを聞いておく必要がある。仮に改編痕もなく、魔法を使うことができるような魔法が作られたならば、両者の力関係は大いに狂うだろう。
剣技では魔法に及ばなくなる。
完全にパワーバランスが変動し、世界は魔法一色に生まれ変わるかもしれない。それをまずは明確にする必要がある。場合によってはこの話を協会に持ち帰り、早々に対策を練る必要まである。しかし、それにエルは首を横に振り、悠子の抱いた危惧を否定する。
「まさか、そんな魔法は作れないよ」
否定され、ますます分からなくなった。それが魔法なのだと彼女は言った。それなのに改編痕はない。ならば、改編痕を残さない魔法なのかという予想。だけど、そんな魔法は作れないとエルは答えた。
悠子は大いに混乱していた。するとエルは悠子の手を取り、開いた門の元まで歩き出す。そして、それに引かれるように悠子は後に続く。
「この魔法に改編痕がないのは、それが自然現象だからだよ」
悠子の混乱を解消するかのようにエルは言う。どこか自分の力を悠子に示すように、胸を張る。
「自然現象なのに、魔法?」
悠子は疑問に思う。当然だ。自然現象は魔法に必要な要素ではあるものの、それを操ることはできない。確かに魔法を使えば操作に近いことは可能だけど、それはあくまでも魔法の一部としての操作だ。それに、改編痕も残る。改編せずに自然現象だけを同じ場所に一定のメカニズムで発生させる方法等は悠子も聞いたことがない。
「正確には、わた、ある魔法使いが開発した情報を魔力を変換する簡易魔法の応用なんだけど」
二人は開いた門を通り抜け、学校の敷地内に入る。そのまま犬のリードに引かれる主人のように悠子は、エルの手に引っ張られて歩く。
「?」
魔法は悠子の専門外だ。その為、彼女が何を言いたいのかが全く見えてこない。
「さっき紙に名前を書いたの覚えてる?」
悠子は頷き、肯定の意を示す。
「あれが魔法を発動する為の起点、いわばスイッチみたいなものでね」
エルは指をくるくる回しながらまるで教鞭を振るう教師のように説明を続ける。
「ねえ、知ってる? 人の名前ってケッコー情報量が多いんだよ。 うん、自然現象を発生させるくらいには、ね」
そこで悠子はようやく話が見えてきた。
(なるほど、そういうことね)
自動扉に使用するための魔力は、紙に書かれた名前。恐らくは名前を構成する文字の意味、どこの民族の言語か、さらには筆跡。多分、筆圧による心理状態の情報までもが魔力に変換されるのだろう。しかも、名前の情報は他との共有にある為、変換したところで無くなるわけでもない。言ってしまえばコップ一杯の海水で塩を作ろうが、海の面積にほとんど変化は見られないだろう。それと同じようなもので、その名前が生きてる間は、無尽蔵に情報が溢れる。どんな魔法かまでは悠子にも分からないけど、恐らくその変換した魔力を用いて魔法が使われたのだろう。まだこの魔法には不明瞭なところは多く見られるものの、漠然と理解し、再び悠子は一つの危惧を覚える。
「その魔法、一般化するの……?」
恐る恐るの悠子の問いに、ぴたりとエルは立ち止まり、満面の笑顔で振り向いた。
「教えてほしい?」
エルは、含み笑いを浮かべている。悠子がそれを危惧することを知っていたのだろう。
「ええ、是非に」
悠子は肯定する。その答えに満足したのか、エルは言う。
「じゃあ、場所を変えよっか」