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百合園の誓い  作者: 川島
第三章ー百合園の敵対者Ⅲー
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3

 エルは欠けた歯を吐き出し、


「生きてたんだ」


 今、悠子の攻撃を緩和した防護魔法の使用者の元に視線を向ける。


「ええ、悠子サマの音波の直後、膨大な魔力の波動を感じたので、瞬時に倉庫の中に避難しました」


 それはエルの世話役としてここまで付いてきた老いたメイドだ。


「ただ、そのせいで……」


 老メイドは、バツが悪そうに目を逸らす。

 何か言い難いことがあるのだろう。

 だが、エルはそれが何かを即座に理解した。


「そう……」


 老メイドの空間は、もう捕らえた者で満杯だったはずだ。

 彼女の入り込む隙はなかった。

 それはエル自身も認識していた。

 そう、その空間を逃げ道に使ったということは、捕らえた連中を外部に放出する必要がある。

 だが、あれだけの短い時間では、一人一人を外に出すほどの余裕はなかったはずだ。

 バケツいっぱいに張った水を減らしたい場合、コップで汲み取るよりもそのバケツの中身を倒して減らした方が早いだろう。

 そういうことだ。

 あの切羽詰まった状況で、わざわざ捨てるものを選別している時間はないだろう。

 だから、その中身を全て捨てたというわけだ。


(迂闊だった。これなら彼女も、守っておけばよかったかもしれない)


 あの黒い爆発の瞬間、エルは開きっぱなしの百合園の世界に逃げ込んだ。それで助かった。

 だが、それは最も楽な回避方法だった為、選んだだけに過ぎず、その気になれば、防御することくらいは容易なことだった。

 しかも、手近に老メイドは控えていた。にも関わらず、エルは彼女を守ることはせずに、一人で爆発から回避する道を選んだのである。

 それに僅かな後悔を覚えた。

 勿論、それは老メイドの身のことを思ってのことではなく、せっかく捕らえた情報源をみすみす死なせてしまったことに対する後悔だ。


(それにしても、悠ちゃんのあの姿といい……、この状況……、流石に出来すぎている)


 エルは凍結封印の中の悠子の姿を見る。ぴきぴきと徐々に鎖に亀裂が生じてるのが分かった。

 このままではいずれ、この封印も破られるだろう。


(いや、今はそれより悠ちゃんの精神を表出させる方が先決だね)


 そう思うエル。すると、その頬に、少し温かい心地の光が押し当てられた。


「え……」


「あ、申し訳ございません、お嬢様。ただ、そのままでは傷が残ってしまいそうなので、少し我慢してください」


 それは老メイドの手の中から溢れた光。

 陽光のように温かく、どこか懐かしい感覚の光、それに触れた瞬間、頬の痛みが消えていく。


(……あたたかい)


 エルの魔法とは、少し違う。

 

「ねえ、この魔法は?」


「普通の回復魔法ですが……、もしかして何か問題でもありましたか?」


「……いや、それなら、いい」


 そんなはずはない。

 エルも治癒の魔法を使えるが、そんな効果はない。

 そのことにエルの魔法使いとしての、性のようなものが刺激されるが、今は気にしてる余裕はなかった。

ぴきぴきと氷の柱に亀裂が生じる。悪魔を封じる地獄の氷でも、彼女を延々と縛り付けておくことはできない。

 悠子が凍結封印から出てくるのも時間の問題だ。

 その前に、動かなくてはならない。


「それにしても、あれは一体。 あの現象は、悪魔化ですよね。 一体誰が……」


 老メイドの疑問。それは正しいものだ。

 エルだからこそ、一目で目の前の黒い少女の正体を、悠子だと看破することができたが、普通なら誰か察することも難しい。

 そう。老メイドのその反応は、真っ当なものだ。

 

「神代悠子」


「!」


 その正体に老メイドは驚き、悠子をじっと見続ける。


(確かに外見は、そのようですね)


 外見は、悠子のものだ。でも、中身が完全に別物だった。

 悠子のような、だけど少し違うようなそんな気配。

 色々なものが混じりあってる。

 僅かに魔法使いの気配すらも醸し出していた。

 凍結封印の中にいてもなお、その存在感は溢れ出していた。

 

(ということは……)


 老メイドは視線を落とす。


(………こうなってはもはや助かりませんね)


 悪魔化。一度、悪魔に身を落としたものは、二度と元に戻ることはない。自制がなくなり、その欲望のままに全てを壊し尽くす怪物と化す。悪魔化したものは、殺さなくてはならないのが、派剣協会と魔導師協会の唯一共通するルールであった。

 老メイドは手の中に魔力を込める。


「お嬢様、それなら早めにあの方を楽にしてさしあげたほうがよろしいのでは……?」


 その進言に、エルは首を横に振る。


「彼女は殺さない」


「ですが、お嬢様。一度悪魔化した以上は……」


 その言葉を無視して、エルは一歩前に進む。


「神代悠子の精神を浮上させる為に、私は彼女の中に潜り込む」


「それはいけません!」


 老メイドはエルの腕を掴む。


「剣士の……、それもあの神代悠子の精神世界に入るということは、何を意味するか。あなたなら分かってるはずですよ!」


 魔法使いはこの世界の理に干渉し、あらゆる事象を引き起こすことができる。だが、それとは真逆。剣士は自らの内に一つの世界を作り、それに干渉することで、無限の可能性を生み出す事ができる。

 勿論、剣士の内側に形として一つの世界があるわけではない。

 ただの比喩だ。

 人間ならば誰もが世界を持っているものだ。

 自身の人格、感動、感性、記憶、環境。それらの要素よって、人の持てる世界は異なる。

 同じ世界を見ていても、そういう要素によって、見える世界は変わってくるものだ。

 剣士というのは、その世界を思い込みの力によって意図的にコントロールすることで、能力を発揮する者達のこと。

 つまり「できる」と思い込めば、実際にできるようになるのである。これは極論ではあるが、「勝てる」と思えば、勝つ方向に体が動くというわけだ。

 当然、それだけでは強者に勝つことは出来ないため、「勝てる」程度に鍛えられた体を得ることが必要にはなってくるが、剣士の世界というのは要は、見える世界のことを指す。

 そして、老メイドの言う精神世界というのは、それを心の中に反映したもののことだ。

 剣士ならば誰もが簡略化して備えてるものだが、悠子の場合は、簡略化どころではない。

 丸々一個の世界が、その心の中に内包しているのだ。


 しかも、精神世界は形あるこの世とは違い、妄想や空想の類にも等しいものだ。

 その世界に入り込む、ということは、この次元から切り離されて、妄想の次元になる。

 魔法使いはこの世界の理に干渉することで、あらゆる事象を引き起こすことができる。

 それが魔法の原理の根本だ。

 そう。この世界から切り離された場合、魔法は使えなくなるだろう。

 魔法を使えるのは、悠子の精神世界に飛び込むまでというわけだ。

 魔法を使えなくなるのに、悪魔に成り果てた悠子の精神世界に入るなんていう、そんな危険なことをさせるわけにはいかなかった。


 だが、それらのことを全て承知の上で、エルは言う。


「離して」


 と。

 それと同時に老メイドの体は軽く弾かれた。


「ぅぐっ」


 老メイドは思わずエルの腕を手放し、よろめいた。


「お、お待ちください!」


 その静止の声を無視し、エルは手を前に掲げる。


「………私の体だけ、任せる」


 そう呟いた直後、ふっとエルの体が膝から崩れ落ち、その場に倒れた。


「お嬢様っ!」


 精神干渉の魔法だ。しかも、相手の心を操ったり、覗いたりではなく、心そのものを、悠子の心の中に送り込んだ。

 その為、エルの体からは心が抜け落ち、倒れたのである。



 

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