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地に伏す悠子のその様を眺め、アルは言う。
「六条カナデは殺した、そう思ってたようだね。でも、残念ながらあの子は生きている」
それに悠子は精一杯の強がりを返し、
「どうやら、そうみたいね」
刀を握る手に力を込める。
「でも、この封印魔法は、もはや私には通じない」
前回この封印に縛られた時、悠子は『死に戻り』によって、その呪縛を解いた。今回も同じだ。死に戻りをすればいいだけだ。
悠子は血濡れの太刀の切っ先を喉に当てて、それを思い切り押し込んだ。
「がっ!」
悠子の喉の中に太刀の先端が沈み、そのまま首の裏まで突き抜けていた。血を垂らしながら悠子は、それによって生じた血の海にどさりと頭を落とした。痛みは感じない。
悠子の体を縛り上げる荒縄が弾けるように、消えた。
悠子の意識は闇の中に沈む。
そこで悠子は、一つのことに、疑問を持つ。
(どういうこと……、どうして、私は死んだままなのかしら……)
悠子の死に戻りは、文字通りに本当に死んでから蘇るというわけではない。意識だけを自らの内包する世界に送り、そこで生まれた自身の存在をそのまま現実の世界に反映させることで、新たな生命を得ることができるというもの。
簡単に言えば悠子は現実世界で一旦死んだ状態になり、自身の内なる世界の中に転生し、その転生した自分を、現実世界に持ってくるという感じだ。その際、現実の存在に上塗りするので、死んでから蘇ったように見えるだけである。勿論、肉体の死が、『死』の全てというのなら、彼女は死んでから戻ってきたということになるのだろうが。
それが彼女の『死に戻り』という力だ。
そう。本来ならば、そろそろ肉体の再構築が始まるはずだった。
それなのにいつまで経っても『死に戻り』が発動しないまま、悠子の体は地に伏し、意識は闇の中を泳いでいた。
「まさかこんなに容易いとは、思わなかったよ」
その言葉が悠子の意識に届いた。アルの声、ということは分かった。
(なるほど。これも、あなたの仕業ってわけね)
そう答える悠子。
「まあね。 あの日、君がカナデやミヅキと戦った時、その方法で六縄封印から脱したのは、知っていた。 だから今回その封印術は、前回と違って君の肉体ではなく、意識の方を対象にした。 これで君たちの負けさ」
そう宣言するアルに、悠子は笑う。
(……ふふ、滑稽ね。自害を誘発する程度で、この私に勝ったと、本気で思ってるの?)
じゅわり、と徐々に悠子の肉体が再構築を始めていく。
(……あまり私を侮るなよ)
喉を貫いた太刀の切っ先が外に押し出され、その傷口がぶくぶくと血の泡を立てて治り始める。
「いや、もう遅い」
(……なっ!)
次の瞬間。悠子は自身の内に膨大な力が膨れ上がる前兆のようなものを感じた。
(これは、まさか)
それは見覚えのある力。
彼女が最強の名を冠するよりも少し前の話だ。悠子は、神代悠久に師事し、そこで剣技の力を学んでいた頃。
剣士派遣協会の命令で、悠子はある任務につくことになった。
それは、ある組織の情報収集の任務だ。
まずはその組織の近隣の街に溶け込み、そこから一つ一つ情報を集めていく。
簡単な任務だ、と当時は思っていた。
だが、情報を得ていくにつれて、彼女はしだいに分かってきた。
その街のことを。その街の人々のことを。
そこは来訪者には、優しい街であった。突然やってきた悠子に、とても親切にしてくれて、とても良い街だった。
長いような、短いような、そんな濃厚な潜伏期間だったが、それでも色々と充実していた。
本当の両親の顔も知らず、人の優しさに触れることのなかった彼女にとっては、それが新鮮で、凄く楽しかった。
だけど、そんな街が、彼女のせいで滅んでしまった。
彼女が滅ぼした、というわけではない。
ただ、彼女の追ってた組織が、その街にある魔法を施して、滅ぼした。その魔法は、悪魔製造の魔法。つまりその街は、その儀式場にされたというわけだ。
そう。彼女が情報を集めてた組織というのは、悪魔崇拝の組織のことだ。悠子は優しかった街が悪魔の巣窟に変わってしまったことに、激しい悲しみを抱きながらも悪魔に成り果ててしまったものを全て介錯するかのように切り裂いた。
その後、悠子の逆鱗に触れたその組織は、一夜にして壊滅に至った。
だが、その悪魔崇拝者の残党が、今の科学者でもある。
考えてみれば、その可能性は大いにあっただろう。
悠子は自身の内側に膨れ上がる力を一瞬だけ抑え込み、最後の力を振り絞って辺り全域に音波を飛ばした。
『全員、今すぐその場所を離れなさい!』
刹那、悠子の肉体が弾け飛び、その魔法が起動した。
それは悪魔製造の魔法。それも以前のものとは、規模が違う。
あまりにも広範囲。全てを呑み込み、黒い魔力の奔流は、弾けた悠子の元を中心に広がった。
その力に、呑み込まれる寸前。アルは呟いた。
「これで、やっと……」
そして、そのまま辺り一帯の全てが黒い爆発の中に消え失せたのだった……。




