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ーーーその黒い爆発が起きるより少し前。神代悠子は暗闇の中、額に銃口を突き付けられたまま立っていた。
その不動たる姿に、目の前の大男の頬に汗が伝う。
「何故だ……」
大男は言う。
「何故、俺を殺さない。お前ならばこの状況でも容易に俺を殺せるはずだ」
大男のその言葉。それは正しい。悠子ならば銃口を突き付けたこの状況下を打破する方法は、数え切れないほどあるだろう。にも関わらず悠子は特に何をするでもなく、自分に銃口を向ける男の元に視線を向けるだけである。
「それともあの時のようにまた俺を見逃すのか? この状況になってもまだ」
その言葉に悠子はため息をつく。
「はぁ……、どうやら一つだけ勘違いしてるようね」
「……勘違い……?」
「ええ、そうよ。あの時、あの場で貴方たちを殺さなかったのは、責任問題に発展する可能性が高かったからよ」
「そうか、……じゃあ今はどうだ。俺は協会を裏切って、科学者に与したんだ。もはや殺したところでお前の責任問題になることはないだろう!」
「確かに、そうね。でも、あなたのことは殺さないわ」
その言葉に大男は奥歯を噛み締め、悠子を睨む。
「ふ、ざけるな! お前が俺を殺さないというなら、ここでお前が死ぬことになるだけだぞ!」
「あなたはどうしてそこまで死に急ぐのかしら?」
その核心をつく言動に、思わず彼は驚いた。
「!」
長銃を握る大男の手が震える。
「別に死に急いでるつもりなんか……」
大男は視線を落とす。脳裏に二人の男の姿が過ぎった。彼がクロノの部下になるよりも遥か前に知り合い、それからずっと一緒にチームを組み続け、自分のことを『隊長』と慕い続けてきた者達の顔。その姿が彼の脳裏に過ぎり、消えた。
(そうだ。ここで俺が戦わないとあいつらは……、でもーー)
二人の姿を思い浮かべると、不思議と彼の手の震えも収まってくる。
「もういい。お前が俺を殺さないというなら今ここでお前を殺すだけだ!!」
「それは困るわね」
「なら殺せ!」
大男は吠える。
「嫌よ」
悠子は即座に答えた。
「ぐっ!!!」
「それに確かに今ここで貴方を殺すことは容易だけれど、私としてはあなた達ほどの優秀な人材を手放すようなことはしたくないのよ」
悠子は言い、笑う。
「だから悪いけど少しだけ眠っててくれる?」
「……え」
長銃が床に落ち、大男のその巨体が膝から崩れるように床に落ちた。
(な、にを、されて)
大男の意識が遠退いていく。
「安心して、この作戦が終わってから必ず貴方たちのことも助けてあげる」
その言葉に大男は一瞬だけ驚き、次に頬を緩めた。
(なるほど、そ、ういうこと、か。やはり、俺のことにも、気が付いていたの、か。気が付いて、それでもこの情報に、乗っかったってわけかーーー)
悠子は最初から知っていたのだろう。彼が裏切ることも。その上で彼が持ってきたこの作戦に乗っかったのかもしれない。そう考えが至った頃には、彼の意識は完全に閉ざされた。
「ここまでの道案内ご苦労様。今はおやすみ」
気絶した大男を壁側に寄せた後、悠子は残り最後の気配のある部屋へと向かう。今までのものとは比べ物にならないほどに大きな存在感を漂わせてる部屋。感知の網を使わずともひしひしとそれが伝わってくるほどに。大きな気配だった。
(次が最後ね)
そして、悠子は最後の部屋を開けて……、飛び込んだ。
「ーー!」
その中。そこは見たこともないような無機物が満載の部屋だった。部屋の両端を埋め尽くす、幾つものボタンが埋め込まれた箱のようなものに、そこから伸びた大量のコードが両側の壁に掛けられた薄い板に繋がっていた。
(ここは……一体)
両側の薄い板には、外の景色が映し出されている。それがどんな仕組みのものかは、悠子にも分からない。完全に未知の領域の技術だ。悠子は一歩、前に進む。
視線の先には、一人の子供の姿。白い髪に白衣の女の子だ。
「こんにちは、神代悠子ちゃん」
ふかふかのソファーに腰を沈めながら、少女は言う。
悠子は、すぐにそれがアル・クレシアだということが分かった。
「エルから貰った情報だとアル・クレシアは、色気のない妙齢の女だと聞いていたのだけど、まさかこんなにも幼い外見だとはね」
「あの時の私の体は、エルに喰われたからね。 仕方なく新しく用意しただけさ」
新しく用意、その言葉に悠子は引っかかった。




