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そのままメイは半ば追い出されるような形で、エルの側を離れた。
(全くもう)
びゅんと風を切り、彼女は飛ぶ。ひらひらとスカートが舞い、その中身が見えそうになるも彼女は気にしない。誰も見てないから、というわけではない。覗き込むでもしない限りは、見えないようにギリギリのラインが計算されているからだ。
(めんどいなぁ)
彼女が目指すのは、ある地点。
(あ、いたいた)
そこは陽動の悠子や広範囲探知のエルとは別部隊で暗躍する者達。エルの指示に従って、脱出する科学者たちを捕縛する部隊。それを率いているレンが身を潜めてる木陰だ。そこに彼女の姿を見付けたメイは飛行魔法を解き、ふわりとその場に降り立った。
「どーもー! 婆さんの代わりに来ましたー! よろしくおねがいしまーす」
にこり笑顔でメイは彼女に近付く。それに対してレンは、手鏡を片手に化粧しながら応対する。
「ううーん、代わりでもなんでもいいけどー、あまり目立つ方法で来ないでくれるかなあ」
「ごめんなさーい」
少し咎めるように注意を促すレンに、メイは特に悪びれた様子もなく、
「でももう作戦の八割方は上手くいってるし、今更この程度でどうにかなるわけないですよ」
そう言った。確かにその通りではある。もう悠子の立てた計画の八割方は遂行できている。順調だ。至って順調に計画は進んでいる。だが、それとこれとは別だろう。どれだけ上手く事を運べていても、ひとつの油断で全てが水の泡になるかもしれない。特に相手は、今の世界を形作った創造主を筆頭にした組織だ。あの文化祭の騒動のように裏で何を企ててるのかも分からないだろう。だから最後まで気を抜くわけにはいかない。にも関わらずその言動。それにレンは、不快感を抱く。
(これだから魔法使いは……)
魔法使いは剣士と違って、中距離以上の攻撃を得意とするタイプがほとんどだ。その分、目の前で直接戦うわけでもなく、判断を誤れば即座に死に繋がるような戦闘は基本的にはないので、楽観的に物事を考える傾向がある。彼女もまた同じだった。
勿論、先程までこの場に居た老メイドのように、ある程度の年齢を重ねれば冷静に物事を見極めることはできるが、彼女のように若くて未熟な魔法使いは、その傾向が当てはまることがほとんどなのである。
(まあいい。とりあえず悠子サマの作戦通りにしないとね)
内心では憤りを抱きつつも己を律して、レンは笑顔を取り繕う。
「それじゃあ、さっさとあれをぶち込んどいてくれる」
レンは後ろに転がる白衣の男を指差す。
「りょーかーい!」
メイは腕を広げる。すると、彼女の目の前の空間に歪みが生じた。蜃気楼のように揺れる空間。それが倉庫の入口だ。
メイは捕えられた科学者の頭を掴み、持ち上げる。
「うわっ! これ重っ!?」
が、彼女の細腕では、意識を失った男の体を持ち上げることなんてできるわけもなく、
ガンと落としてしまう。
「ふごっ!」
そのせいか科学者は目を覚ます。
「い、てえな、ん?」
そこで意識を取り戻した科学者は、二人の姿に気が付いた。
「お前らは……、なるほど、そういうことか」
目の前の二人の姿と今の自分の状況。それだけあれば答えを導き出すことは、彼らにとっては容易いことだ。
(あーあ、起きちゃったよ。悠子サマから絶対に気付かれないように、意識だけを刈れと言われてたのに……)
レンは溜息をつき、
(仕方ない。もう一度、落とすか)
と彼に手を出そうとしたその時だった。
科学者の男の体から『それ』が飛び出したのは。
「っ!?」
レンは咄嗟にメイの体を抱き寄せて、後ろに跳んだ。
「ひゃうっ」
ふわりと甘い匂いと柔らかい感触に包まれて、ようやくメイは理解する。レンに抱かれてることに。
(だ、抱かれ……!)
いきなりのことだった。突然、抱き締められた。そのことに彼女は酷く混乱していた。
(な、なんで、どうして、女の子同士なのに……、もしかしてこのひとそういう趣味……)
レンは彼女を抱えたまま背後の木の枝に飛び乗った。そして、その光景を眺める。先程までいた場所。そこに一つの荒縄が蠢いていた。その姿。いや、その正体をレンは知っている。この作戦を始める前に悠子に聞かされていた。
「六条、カナデ」
レンは呟く。悠子が殺したはずの魔法使い。その名を口に出した。
「なるほど、ふーん、生きていたんだ。相変わらず悠子サマは詰めが甘いなぁ」
レンの言葉。それに荒縄から発する声が答える。
「同感だよ。神代さんは本当に詰めが甘い。甘すぎて、逆に好感が持てるほどに……」
レンはメイを抱き締める手を離して、腰の剣を引き抜き、
「まあ、それだけは同意してあげる」
構える。
(本当に。だからこそ、私や悠久、剣神があの子を育てることにしたわけだけどね)
レンは剣を握る手に力を込める。一触即発の空気だ。そこでメイもやっとそのことに気が付いた。
「って、あれ……、敵?」
そんな彼女の様子に、レンは呆れる。
「……今気付いたんだ。なんかもう……、やっぱり魔法使いって頭の中がお花畑の子が多いよね」
「いや、あの……それはその子だけだと思うよ」
という二人の言葉にメイは、
(あれ、これもしかして私バカにされてる?)
そう思いつつも、半ば反射的に身構えていた。その姿にレンは僅かに安堵する。
(よかったぁ。戦い方も知らない足でまといだったらどうしようかと思ってたケド、その心配はなさそうだね)
敵を認識した瞬間に構えたその姿から戦い慣れしてることは明白だった。そのことにレンは安堵して、目の前の敵に集中することにする。
「それにしても、話に聞いてはいたけど、ホント何なのあれ……?」
科学者の男の胸板から飛び出すそれは、一体どういう原理のものなのかは分からない。しかも、カナデが意識を表した途端に切り替わるように科学者の意識も落ちていた。
その疑問をメイは答える。
「ただの人格憑依魔法でしょ」
人格憑依の魔法。それは他者の精神に干渉し、自らの人格を強制的に割り込ませるという禁忌の魔法だ。メイはそう推察しているが、レンは違った。
(この子、ホントに魔法使いなの? そもそも改編痕がないような魔法なんてまずありえないんだからあれが魔法じゃないことは明白だよね)
レンは剣を構えたまま思わず溜息をついた。すると、その直後。二人の元に縄が襲いかかってくる。




