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クロナは走りながら辺りに気を回す。次に狙撃された時、その銃弾の方向を逆算する為に。
常に周囲に気配感知の網を張り巡らせる。
悠子ほど高性能ではないが、それでも範囲を絞れば感知の密度は濃くなる。範囲は一階のロビーだけだ。
この気配感知は、強大な認識力が必要になってくる為、普通の戦闘ではまず使えないような力。
これが真価を発揮するのは、戦闘外でのことが多い。
勿論、悠子のように空前絶後の認識能力があればまた別だが……。
だけど、今回のように全ての行動を回避に専念させたい場合は、意外と使える。
この気配感知の網の中に入った全ての者の行動が手に取るように分かるからだ。
これを避けるには、完全に気配を絶つ必要がある。
だが、気配を断ち切るには、S級相当の隠密スキルが必要だ。
つまり目の前の科学者たちでは、不可能な芸当。
だから完全に回避行動に専念することができる。
さらに、この感知の目的は回避の為だけではない。
狙撃手の居場所を探り当てることも目的に含まれている。
クロナは一歩前に踏み込んだ。すると、背後に火柱が立った。
彼女は分かっていた。今自分の立ってる場所が、攻撃の来ない安全圏だということを。
次にクロナは別の場所に踏み込む。ここが次の安全圏だ。
それが感知で導き出した答えだ。
クロナは闇雲に走ってるようで、きちんと攻撃の来ない安全圏に、きちんと身を滑り込ませている。
「はぁ……はぁ……」
クロナの息が徐々に荒くなり、全身から汗が吹き出していた。
全ての攻撃を回避し、あるいは防御し、駆け回っているものの、左肩の出血が激しすぎる。
もはや痛みはないが、体力の消耗も激しい。背筋に悪寒が走る。ぽたぽたと血が滴り、動き回る度に辺りに飛び散っていた。
そんな彼女の様子に信紅は内心で焦っていた。
(早めに片付けねえと、やべえな)
信紅は少しでもクロナの走る距離を短くするように感知の網は使わずに、臨戦態勢のままでいた。
クロナに迫る攻撃は出来るだけ防いで、防ぎ切れなかった攻撃は回避する。そんな風に信紅は動いていた。
信紅は、口は悪いが、根は優しい娘だ。
確かに悠子とその派閥のことは心底毛嫌いしているものの、それは全て「優しい」性格が転じてのものである。
簡単に命を粗末にする彼女たちが許せない。それは元々、信紅の抱いてた「仲間を守りたい」という強い想いからきてるものだ。
だから無意識にクロナを守る方向に気を向けていた。
信紅は炎の塊を消し去り、前衛の攻撃を回避する。
彼女の剣技も、その性格を象徴しているものだ。
全ての攻撃から自分、あるいは味方を守る『鉄壁』の剣技。
それが信紅の力だ。
「ちっ、おい、クロナ! まだ狙撃手は見つかんねえのか」
信紅は急かすも、クロナは感知を研ぎ澄ませたまま、答える。
「もう少しだ。待っていろ」
信紅は移動しながらも攻撃の回避と防御を続けていく。すると、やはり敵も焦ってきたのか。徐々に攻撃が激しくなってくる。
「くっ、そ、早くしやがれ!」
三方向から飛来する炎の球体。それを信紅は剣の一振りでシャボン玉を破裂させるかのように消し飛ばした。
その裏には、剣士たちの猛攻が控えていた。
それを全て受け切り、信紅は辺りに視線を巡らせる。
隠れられそうな場所は、何ヶ所かある。
だけど、信紅が今この場所を離れたら確実にクロナは、死ぬことになる。だから信紅自身が探しに行くことはできなかった。
かといって、クロナがこの眼前の敵の猛攻を全て掻い潜って、直接探しに行けるとは思えない。
つまり、今ここで感知を使い、見付け出すしか方向がない。
とにかく拳銃を持った敵を始末する。それが先決だ。
勿論、拳銃を持ってるのが一人とは限らないが、今までの流れから察するに複数あるとは思えない。
複数の狙撃手がいるならここで勿体ぶる必要がないからだ。
わざわざ身を潜めて、居場所を隠すのは、狙撃手を一つの切り札として用意しているからだろう。
そこまで分かっているからこそ、まずは狙撃手の始末を優先させていた。
「ぐっ、ぐぐ」
嵐のような怒涛の攻撃にどんどん信紅の体にも傷が増えていく。
移動しつつも『鉄壁』の剣技で防いでいたが、ついに限界が訪れた。
(しまっーー!)
四方八方から襲い掛かる炎の塊。消せるのはその内の幾つかだけだ。信紅は咄嗟に剣を振るい、致命傷になりそうなものだけを消し飛ばす。そうして消し切れずに残った炎の塊が信紅に迫る。まだ致命傷になりそうなものは幾つか残っていた。
ここまでか、そう思い、その攻撃を受け入れるも、それが信紅の体に直撃することはなかった。
「……え」
何故ならいつの間にか近距離まで来ていたクロナに腕を引っ張られて、そこから救い出されたからだ。恐らく気配感知で危機を察したのだろう。あれだけの状態の中で、信紅の元まで駆け寄っていた。
「死んでもらっては困る。借りを作ったまま貴様にあの世に逃亡されては寝付きも悪い」
借り、というのは先程までの信紅の行動だろう。クロナはフラフラになりながらもそう言った。
それに信紅は一瞬、呆気に取られるも、直ぐに言葉を返す。
「はっ、んなもんてめぇの都合じゃねえか」
「当然だ。私の都合でもない限りは誰が貴様なんぞ助けるものか」
二人は剣を構える。
「はっ、愛しの悠子サマに頼まれてもか?」
「それは助けるに決まってるだろう。悠子様の命令は、私の中では絶対のものだからな」
「そうかい」
そこでクロナは一つの方向に視線を向ける。
「……場所の特定は終わった。藤堂、貴様が狙撃手を討て」
その視線の先の物陰。そこに狙撃手がいることは、分かった。だが、問題は眼前の敵の攻撃を防ぎながら、どうやってそこに行くか、だ。
「クロナ……、まさか自分の屍を超えて行け、なんて言うんじゃねえだろうな」
信紅はクロナを睨み付ける。
「まさか……、そんなはずないだろう。私は借りを作ったままあの世に逃亡するつもりもない」
「なるほどな、実にてめぇらしいな。だが、そいつは安心した」
信紅は地を蹴り、跳び上がる。
「なっ!!」
そして、狙撃手の元まで至り、一閃。切り裂いた。
が、その僅かな間。クロナの防護は手薄になっていた。そこを狙ってなのか。前衛の剣士が一斉に雪崩込んでくる。
「来い。力の差、というものを思い知らせてやる」
そして、クロナは信紅を欠いた僅かな時間。単体で眼前の敵の攻撃に対処することになった。




