7
悠子はエルに導かれ、ついに異端の学舎の前にたどり着いた。
「ここが、剣魔高校ね……」
とても大きな学校だ。校門だけでも並の学校の校舎くらいはあるだろう。悠子は巨大な門を見上げ、そこに気付く。
「でも、おかしいわね。どうして門が閉まってるのかしら」
悠子は首を傾げる。本来、開いてる筈の門が完全に閉じていた。まるで何人の侵入も許さない城塞のように、それは固く閉ざす。
「ああ、それはね。悠ちゃん、こっちきて」
エルに手を引かれ、悠子は校門の隅まで連れられた。
まだ出会ったばかりなのにもう愛称まで付けている。本当に馴れ馴れしい少女だ。悠子は内心で、その近い距離感に微かな嫌悪感を抱きつつもエルの言われるがままに着いていく。
「ほらここにね、紙とペンがあるでしょ」
校門の端には、外に置かれてるには不自然なほど綺麗に保たれた木の机と筆記用具、それとペーパー用紙の束が置いてある。
「ええ、あるわね」
悠子はそれを覗き込む。特に何の変哲もないどこにでもあるような机だった。
「でもそれがどうかしたの?」
悠子は疑問を投げ掛ける。すると、それを待ってましたと言わんばかりにエルは身を乗り出した。
「あのね、これは私が……ごほん……じゃなくてある魔法使いが作った簡易魔法なんだけど、えっとね、なんて説明すれば、あ、そうだ、うん、論より証拠。まずは見てもらったほうが早いかも」
エルは紙を1枚手に取り、そこに自分の名前を慣れた手つきで書き記す。
「?」
悠子にはエルの意図が分からなかった。その紙を使い、何かを始めるのかは、彼女の口振りから容易に察することは出来るものの何を行うかまでは悠子の理解の範囲を越えていた。
「何をするの?」
悠子は堪らずに聞いていた。それに対してエルは笑顔で答える。
「見てて」
エルは門を指差す。すると、それが合図のように、固く閉じた重い扉が、ゆっくりと左右に広がっていく。それは自動的に。まるで門が意思を持ってるかのように二人の事を迎え入れる。
「なっ……!」
悠子は思わず言葉を失った。
確かに剣技にも、魔法にも、重いものを動かす為の力は幾つもある。ある程度の使い手になれば、その重い門を開けるのも容易いだろう。しかし、その為には力の使用者がその門の近くにいる必要がある。そして、今この場にいるのは悠子とエルの二人だけ。
勿論、エルが何かを始めたのは知っていたけど、確信を持って言えるがそれは魔法ではない。何故ならエルには魔法を使った痕跡が一切ないからだ。
(…どういうこと? 私の感知をすり抜けるほどに薄い、改編痕だというの? いや、そんなことはありえない)
魔法は、使用後には必ずその使った魔法の改編痕というものが残る。これはどんなに長けた魔法使いでも、その痕跡を完全に消し去ることはできない。
限りなく0に近付けることまでは出来るものの、それを完全に消し去ることは、不可能なのである。
そして、当然だけどエルにも改編痕を小さくすることはできる。ただ、それでも悠子の鋭敏な感知能力までは欺けないだろう。一度でも魔法を使用すれば、悠子の感知の網に引っ掛かる。改編痕は不変の理だ。
それと悠子の感知を無視するほどに薄い改編痕なんてのは、もはや神の領域だろう。全ての事象を生んだ全知全能の神でもない限りは、改編痕を残さずに魔法は使えない。
つまり、それが意味するところはひとつだろう。エルは名前を書いただけで、魔法そのものは使っていない。
(それにこんなのは、まるで自動ドアじゃない)
扉が勝手に開く。そんなお伽噺の中にあるようなオートロック式の自動ドアみたいな現象を前に、悠子は思考する。
不可解だ。魔法も剣技も使わずにあれほどの巨大な扉を開けるなど。考えがまとまらず、答えも出ない。そんな悠子の様子を、エルは悪戯な小悪魔のように笑っていた。
「ねえねえ、どう? これね、私……ごほんごほん……じゃなくて、ある魔法使いが作った魔法なんだけど」
魔法。その言葉に悠子は反応を示す。
「魔法……これが?」
悠子が最初にありえないと切り捨てたもの。
「うん、この間完成したばかりの魔法の応用」
エルは笑う。得意気に胸を突き出し、嬉しそうに誇らしげに笑っていた。