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ーーーサンドはもつれそうになる足を必死に立て直しながら、足速に歩いていた。少しでも気を抜けば、転んでしまいそうだ。彼女が早足で歩かなければならない原因を作ってるのは、目の前の初老の男。この集落の長であり、彼女の実の父親だ。
「あ、あの、お父さ……、お腹に響くのでもう少しゆっくりおねがいします」
そう言うも、彼はサンドの言葉には耳を貸す様子もない。
(お父さん……)
サンドは奥歯を噛み締める。彼女は知っていた。この目の前の男が、そういう情のない人間だということを。
「あの、おねがいします。もう少し、ペースを落としてください」
サンドは懇願する。が、やはり無視だ。
いや、それどころか彼女の言葉に反するように、彼はさらに歩くペースを早めた。
「あっ」
その結果、サンドは足をもつれさせ、体勢を崩してしまった。
「っ!」
サンドは子供を守るようにお腹を庇い、そのまま倒れそうになるーーーが、何かの見えない力に、逆側に引っ張られて、彼女は態勢を立て直すことができた。
「あ、あれ?」
てっきり転んだものだとばかり思った。危機一髪だった状況に、どくんどくんとサンドの動悸が激しくなる。すると、いつの間にか手を離していた村長に睨まれる。
「おい、止まるんじゃない。さっさと歩け」
「あ、はい、ごめんなさい」
何が起きたのかはよく分からなかったが、サンドは村長に言われるがまま足を動かす。
素直に謝り、自分の思い通りに動くサンドに気分を良くしたのか、彼は満足そうな表情をし、再び、サンドの細い腕を掴み、引きずるように歩く。
「じゃあ、行くぞ」
「……はい」
結局そのままサンドはリードを付けた犬のように、彼に腕を引かれて歩いていく。
お腹の子のことを一切気にする様子もないその男の姿に、彼女は憤りを覚える。
(このひとは、この子のことはどうでもいいんだ!)
内心では激情を抱くもそれを顕にすることもせずに彼女は、足を進める。
(自分の子供でもあるくせに!)
そして、そう心の中で怒りのままに吐き捨てた。それを口に出さなかったのは、それほど彼女の自制心が強かったからということだ。
彼女は怒りを飲み込み、普段通りにその男に付き従う。
そんな二人の様子を、遠目に悠子が眺める。
(今のは……)
悠子は驚きに目を見開いていた。
(今のは、一体どういうこと?)
悠子は確かに見ていた。その光景を見ていた。
それは一瞬のことだった。
転びそうになったサンドを、悠子が助けようと身を乗り出した瞬間のことだ。
突然、サンドの体から黒い魔力が漏れ出し、それが大きな腕のような形になり、後方の木を掴み、その転倒を防いだのである。
その出来事に悠子は、驚いた。
(今のは、間違いなく魔法よね。でも、彼女からは魔法の改編痕を……、いやそれどころか魔力すら感じない。ということはまさか……!)
悠子はサンドの大きくなったお腹に目を向ける。
(お腹の中の子の力、かもしれないわね)
可能性としては、それが一番高いだろう。
(これはエルに伝えておいた方が良さそうね)
そう思い、悠子は二人の姿を最後まで見送った後に、彼女は暗闇に溶けるようにその姿を消した。
そこに残ったものは夜の冷えた空気と、静寂だけである。




