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百合園の誓い  作者: 川島
第三章ー百合園の敵対者ー
72/96

5

 食事を終え、悠子は軽くなったお盆を持ち、月明かりに足元が微かに照らされた、薄暗い夜道を歩く。一歩一歩が短く、ゆったりと遅い足取り。それは悠子の歩くペースではない。悠子の隣に肩を合わせて歩くサンドの歩幅だ。

 悠子は、サンドのペースに合わせて歩いていた。

 もう暗い。こんな暗い夜道の中に、お腹を大きくした妊婦を一人で放り出すのは流石に心苦しく、悠子は後片付けを手伝うという名目で、サンドを家まで送り届けることにした。勿論、最初は「私の仕事なので、いいです」と悠子の手伝いを拒否していた彼女だが、元々意志が強い方ではないのだろう、結局サンドは流されるまま、気が付いた時には悠子が手伝う方向に話が進んでいた。


「あの、ありがとうございます」


 サンドは本日何度目かのお礼の言葉を言う。


「実を言うと私、あまり動いちゃいけないとお婆ちゃんからも言われてるので、こうして手伝ってくれると本当に有難いんです」


 サンドはぽっこりと大きくなったお腹を擦り、悠子はその姿を横目に見る。


「ずっと気になっていたのだけど、どうして妊婦の貴女がこうして働いてるの? そのお腹の具合を見るに出産も近いでしょう」


「ああ、それは……、」


 サンドは答える。


「この村の古くからの風習に、妊娠中に動き回ることで、お腹の中の子が強く逞しく育つというものがあるんです」


 予想はしていたが、まさか本当に当たってるとは思わなかった。


「でも、流れたらどうするの?」


「その時は、このお腹の子は、産まれてくるべきではなかった、というだけ」


「へえ……なるほどね」


 悠子は納得し、前を向く。当然、理解はできない。だが、感性の違いということで納得はできる。 

 悠子はこれでも妊婦の気持ちは痛いほど理解している。別に悠子自身が妊娠したことあるわけではない。というのも、あの神隠しの空間で悠子は、膨大な妊婦の視点も味わったからだ。だから妊婦がお腹の中の子に抱く母性も、流れた時の悲しみもよく分かるので、この村のように「流れるのも仕方の無いことだ」という考えは、全く以て分からなかった(勿論、そういう視点も多く体験したが、やはり理解できないことだった)。


「そういえばもうひとついい?」


「あ、はい。何でも聞いてください」


 悠子は言う。


「その子の父親は、どんなひとなの?」


 それは会話を途切れさせることなく繋げる(気まずくならない)為に、何気なく訊いたことだった。しかし、それは答えたくない質問だったのだろう。サンドは顔を伏せる。


「ああ、ごめんなさい。聞かれたくないことだった?」


「別に、そういうわけではないんです」


 サンドは首を横に振る。


「ただ、部外者にこの話をするのはちょっとだけ気が引けて……」


 お腹を擦りながら言う。


「まあ、そうよね。ごめんなさい」


 悠子はひとつ謝る。すると、その時だ。


「サンド! 遅いぞ、何をしているんだ!!」


 その怒声が、二人の元に届いたのは。

 悠子は声の方に振り返り、その先に傲然と構える初老の男の姿を見た。


「お、お父さん」


 びくりと肩を跳ね、サンドは震えた声で呟いた。


(お父さん……?)


 ということは、恐らくあの初老の男がこの集落の村長なのだろう。


(ちっ、部外者なんぞと仲良くしやがって)


 その男ーーー村長は、忌々しげに悠子を睨む。

 余程この村では、部外者は嫌悪の対象になっているらしい。村長からして、刺々しい態度を顕にしていた。

 悠子はそれに気付いたものの特に気にする様子もなく、ぺこりと頭を下げて一礼する。


「本日は、お世話になっています」


 そして、悠子は頭を上げ、次にサンドの弁明を図る。


「それと彼女には道案内をお願いしていたので、こんな時間まで連れ回してしまいました。すいませんでした」


 サンドが遅れたことに対して怒鳴ってるであろう村長に、悠子は彼女が遅れた理由を適当にでっち上げて言う。

 

「あ、えっ」


 それに戸惑ったようにサンドは視線を揺らす。

 悠子の言葉に村長は「ふん」と鼻を鳴らし、ずかずかと二人の元まで

歩み寄り、サンドの手を掴む。


「っ!」


 サンドは掴まれた力が痛かったのか一瞬、苦痛に顔を歪める。が、それに気が付かない村長は、


「この村に居座り、何かするのは勝手だが、せいぜい儂らに迷惑をかけてくれるなよ」


 それだけ吐き捨てると、村長はサンドの手を引っ張るように連れていった。サンドは転ばないように出来るだけ村長の早足に付いていく。物凄く危うい。


(あんなに早く歩いて、転んだら大変でしょうに)


 そう思いつつも悠子は二人の後ろ姿を見送った。時折サンドがちらちらと何かを訴えかけるように悠子に視線を送るも、彼女はそれを無視する。あまり深入りするべき問題ではないからだ。悠子は二人の姿が完全に闇の中に消えるまで見送り、そこでようやくその事に気が付いた。


(ああ、このお盆、どうしよう)


 ここまで来たのはお盆を返すという名目だったはず。それなのに肝心なそのお盆の返却を忘れていた。


「はぁ……、仕方ない」


 悠子は溜息をつき、このお盆を返すために二人の後を追いかけることにした。別に彼女のことが気になるわけではない。ただ、追いかけるのはお盆を返すためだ、という風に言い訳を考えつつも悠子は、歩き出す。


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