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百合園の誓い  作者: 川島
第三章ー百合園の敵対者ー
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3

「ここが宿?」


 宿屋として案内された建物。それはとてもじゃないが、宿屋には見えなかった。

 今にも崩れてしまいそうな印象を抱くほどに古い家屋。歴史を感じさせるような汚れた壁に、窓枠が外され、天井には大きな穴がある。室内には小さな虫が這いずり回り、歩くたびに床がミシミシと鳴る。

 宿屋というのに誰も室内にはおらず、ただただ無人の廃墟のような家屋だった。

 間違いなく宿屋ではない。


「ごめんなさい。ここには宿屋はないので、皆さんの寝床だけを用意しました」


 サンドは申し訳なさそうな顔で言い、大きなお腹を抱えながら頭を下げる。

 悠子はサンドの肩を持ち、頭を上げさせる。


「別に構いませんよ」


 少し考えれば分かることだ。

 排他的な集落だという事前の情報はあった。

 排他的。つまり外部の人間が来ることを好ましくは思ってはいないということだ。

 そんな場所が、来客用の施設を用意しているわけがない。

 悠子はここまでの案内役の彼女に優しく微笑み、


「それよりお腹も重いでしょう。ここまでの道案内ご苦労様です」


 言う。

 

「いえ、それでは夜になったらご飯をお持ちいたします」


 それだけ言い残し、サンドはこの崩落間際の見た目の家屋を重たい足取りでのろのろと去っていく。

 悠子はその後ろ姿を見送り、完全に姿が見えなくなると振り向き、部下たちの元に視線を戻す。


「それでは、まずは作戦の最終確認でもしましょうか」


 悠子は古い床を踏み抜かないように注意しながら歩き、その端に荷物を置く。

 それに倣って、他の者達も端々に荷物を置いていく。一つの場所にまとめて置くと、腐った床が抜けてしまいそうだった為、それぞれが違う場所に荷物を置いた。

 荷物を下ろした後、一同はその中央に戻り、そこに腰を下ろす。

 悠子の左隣にはエルが座り、その隣には老メイドが。全員が輪になって座り込む。

 これから作戦会議(最終確認)を始める。だけど、その前には言わなくてはならないことがある。


「エル・クレシア様。この度の作戦の指揮は私が取ってもよろしいでしょうか」


 これだ。

 これは立場上、必ず言っておかなければならない。

 剣士派遣協会としては魔導の存在は忌諱するものではあるが、それでも公的の場では巫女に敬意を示すことが当然になっていた。

 エルは答える。


「構いません」

 

 エルもそれは自覚していた。

 お互いの立場をよく理解している。

 私的な場はともかく、公的な場でエルと同等の立場になることができるのは、剣神の巫女だけだ。

 エルの答えを聞いた悠子は一つ頷き、懐から丸めた紙を取り出した。


「それでは不躾ながらこの場は私が仕切らせていただきます」


 悠子は取り出した紙を広げ、その角四つに重石を置く。

 それはここら一帯の地理が描かれた地図だった。

 

「まずは場所の確認です」


 そこから悠子は声を出さずに口を閉ざしたまま、言葉を紡ぐ。


「!」


 一同の頭の中に言葉が届き、それにエルを除いた魔法使いの二人が驚いた。

 老メイドともう一人のエルの世話役としてここまで着いてきた魔法使いの少女だ。

 剣士たちの間では当然のように行われてることだが、その二人には初めての感覚だった。

 音波による意思疎通。

 人間が音として認識するよりも遥かに小さい音波を放ち、言葉を伝える剣技の術式だ。

 ここは情報のあった科学者の施設からも近い。

 その為、念には念を入れて、他には誰も聞くことのない音波での意思疎通が必要だった。

 悠子は驚く二人には気付いていたが、それを無視して、話を続ける。


「この集落から三キロほど離れた場所に、科学者の施設がある」


 悠子は地図でその位置を示す。それは断崖絶壁の丘を指していた。

 それを見た剣士の女性が言う。


「悠子さまぁ、本当にそんなところにあるんですかあ? 私には信じられないんですケド」


 ねっとりとした口調に濃い化粧が特徴的な女性。同性からは嫌われるだろうなという印象の若作りした女性だった。彼女はS級剣士の中でも序列は第三位。名前は多村レンだ。

 服装も動きやすい格好ではなく、何故かフリルのミニスカートを履き、露出の多い男受けの良さそうな格好をしている。

 いつも彼女は仕事にも関わらず、私的な服を着ている。

 以前、一度だけ注意したことはあるが、それに対して彼女は「いつどこで運命の出会いがあるか分からないしい、悠子さまもお仕事ばかりじゃ婚期が遅れちゃいますよ〜」と返してきた。

 元々、彼女は仕事に不向きな格好ではあるものの、与えられた仕事はきちんとこなす。

 だから格好くらいは大目に見ることにしたのである。

 悠子はレンを一瞥すると、その質問に答える。


「ええ、あることは既に確かめてるわ」


 悠子は部下の大男からの情報の裏付けはした。その結果、その情報は確かなものだと分かった。

 そうでもなければ、こんなところには来ないだろう。

 確信があったからこそ動いたのである。


「ふーん、こんな丘の上に立てて怖くないのかなあ」


 甘えたような声でレンは言う。


「丘の上にあるわけではないわ。その中間地点にあるのよ」


「どういうこと?」


 この部隊の一人、藤堂信紅が疑問を口に出す。


「悠子サマよぉ、説明してくんねえかな」


 荒い口調の少女だ。それに悠子は端的に答える。


「断崖絶壁の中間に、その施設はあるのよ」


「なるほどな、でもそういうのはやく言ってくんないかな?」


 相変わらず刺々しい態度の信紅に、その場の一人が非難の声を上げる。


「弁えろ、藤堂。この場で斬り殺されたいのか?」


 それは堅苦しい口調の女性。頭の後ろに一つに束ねた髪を揺らし、背筋をぴんと伸ばして綺麗に正座していた。

 彼女もまたS級の剣士であり、しかも座る時にいち早く悠子の右隣を確保して、悠子の横顔に熱視線を送り続けていた女性である。

 名前はクロナだ。

 派剣協会の中でも幾つかある派閥の一つ。

 悠子派の剣士だ。

 ただ、悠子派は他の派閥と違い、もはや信仰の域にまで達している。

 悠子を盲目的に信仰し、悠子の為ならば命すら惜しくはないといった連中で、あの文化祭の時に大量に命を落とした者達もそれだった。


「は、やれるもんならやってみろや、返り討ちにしてやっからよ」


 そして、その連中が信紅は大嫌いだった。

 彼女にとっては悠子派は、悠子の駒になって、命を粗末にする連中という認識だった。

 命とは唯一のものだ。

 それを軽く見る悠子のことも、簡単に捨てる決意をする悠子派のことも信紅は心底嫌っていた。

 売り言葉に買い言葉で一触即発の空気が流れる。

 レンは呆れたような表情で、悠子に「なんとかしてよ」という視線を送る。

 それに悠子は溜息を吐き、真横のエルを見る。

 するとそこには忌々しげな表情で、信紅を見つめるエルの横顔があった。

 今にも信紅を殺してしまいそうな程に冷たい目だ。沸沸と殺意が煮えたぎっていた。

 それも仕方のないことだろう。

 悠子も目の前でエルの悪口を言う者がいれば、エルと同じく殺意を抱く。

 その自覚があった。だからこそエルの気持ちが分かる。

 ただ、今はダメだ。

 今ここでエルが信紅を殺すことがあれば、一時的の同盟とはいえ、解消されるだろう。

 それだけは避けなくてはならないことだ。

 悠子は咳払いし、今にも斬り合いそうな二人を宥める。


「二人共、今はそんなことをしてるわけではないでしょう。闘いたければ、後にしなさい」


 悠子は言う。そして、さらに続ける。


「藤堂さん、情報の報告を怠っていたことを謝罪するわ。ごめんなさい」


 それに信紅は「ふん」と鼻を鳴らし、そっぽを向く。


「悠子様、そんな……、何もあんな奴に謝ることは」

 

 クロナは少し不満げに悠子を見るも、ポンポンと悠子に頭を撫でられたことで、すぐに大人しくなった。

 そんな風に場を鎮めた悠子の姿にレンの口元に思わず笑みが零れる。


(ほんっとーに、だんだんあのひとに似てきたね、悠子様)


 悠子は脱線した流れを戻し、再び作戦会議の進行を始める。

 


 

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