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ーー悠子は困惑していた。目の前の天真爛漫な少女の姿に、戸惑っていた。
(この子、本当にあのエル・クレシアなの?)
満面の笑顔で、太陽のように明るい彼女のその姿には、昔の面影は一切ない。
かつては雨天の宵闇のような暗黒に沈んだ瞳をしていたのに、今では子供のように燦然と輝かせている。
見るもの為すこと、その全てを楽しんでいるかのようだ。
「それでねそれでね!」
エルは見たこと感じたことを両手一杯に説明する。
ほんの数分前に知り合ったばかりなのに、まるで旧知の親友に語り聞かせるように楽し気に話す。
本当に昔日に見たあの少女と同一人物なのか。
とても本人とは思えない
「もう、聞いてるの?」
ぷくっと頬を膨らませ、エルは怒りを表現する。
その可愛らしい姿も、悠子の知ってる彼女のものではない。
その身体の内に一切の変化が見受けられないことから、これは偽りのない彼女の素の姿だということがわかる。
「あ、えっと、ごめんなさい、聞いてなかったわ。 もう一度おねがいできる?」
「もう仕方ないなあ、ちゃんと聞いててね」
「ええ」
再び、エルは話し始める。心底楽しそうに。そして、本当に嬉しそうに……。一切会話が詰まることなく、エルは話し続けた。
これが本当にあのエルなのか。よく見れば姿形には、かつての面影はある。だけど、その中身は別人のようだった。確かにあれから十年という歳月が経っている。だけど、それにしても変わりすぎだろう。
幼少の頃に元気だった子供が成長するにつれて段々と元気がなくなるのは、よくあることだ。でも、彼女のように幼少の頃に生気を失ってた子供が成長するにつれてここまで変わることなど、本当にあるのだろうか。
いや、生育環境が変わればそれもありえるかもしれないけど、エルの場合は今も昔もずっと同じ環境の中で過ごしている。
それなのにここまでの変わり様。それはひとつの疑念を生む結果に至った。
もしかするとエルも学歴を得るために、影武者を使ってるだけかもしれない。それなら合点がいく。よくよく考えれば、魔導師協会序列第一位で、クレシア家の巫女も務める少女だ。学歴を得るためだけに学校に通うのは、時間が許さないだろう。悠子の中で疑念はどんどん膨れ上がり、大きくなっていく。そこで悠子はあることを思う。
(……もし)
それはエルが本物か否かを確かめる方法だ。
(今ここで彼女を攻撃すれば、真偽の程は分かる)
悠子は腰に下げてる刀の柄に触れ、隣を楽し気に歩くエルの首筋を見る。白く細い首。その刀を軽く振るっただけでも、簡単に飛ばせそうだ。
(偽物ならば死に、本物ならば生き残る)
本物のエルは世界最強の魔法使いである。魔法とは即ち、世界の事象を改編する力。自然発生した事象は当然だけど、人為的な事象まで自在に改編する事が出来る。石を金に、発火を発電に、重力を浮力に、進化を退化に、生を死に。世界の始まりからその終わりまで、ありとあらゆる事象は全て魔法の影響下にある。その法則は未知数、その手段は無尽蔵。それが魔法だ。つまり、魔法使いとは理論上は無限の手段を有していることになる。
勿論、そんなのは所詮は机上の空論で、一介の魔法使いに出来る改編とはせいぜい事象の一部を変換させる程度のものだが、エルに至っては別だ。彼女は限りなく無限に近い手段を持っている。そう……。普通は即死に繋がるような悠子の攻撃でも、彼女はそれに難なく対応する事が出来るだろう。その為の手段も無尽蔵にあるはずだ。
だが、逆を言えばエル以外には、その攻撃を防げるほどの手段はない。悠子が刀を抜けばその時点で白黒はっきりする。真偽の程が明確になる。
悠子は柄を握る手に力を込め、しかし、すぐに力を緩めた。
(いや、やめておきましょう)
もしも偽物ならばこのエルは死ぬだろう。ただし、仮に偽物でもエルを悠子が殺すという事実が意味するのは、ひとつ。即ち魔導師協会に対する宣戦布告だ。悠子は派剣協会の象徴のようなものである。そんな彼女が、魔導師協会の象徴たるエルに刃を向けるのは、戦争の意思を示すことになる。悠子は柄から手を離し、エルの方に意識を戻す。相変わらず無邪気に笑っていた。
(偽物でも本物でも、直に分かるでしょう)
と悠子は思う。