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百合園の誓い  作者: 川島
第一章ー百合園の出会いー
6/96

5

 その日は、とても麗らかで心地の良い朝だった。


 新品の純白の制服に身を包み、少女は導かれるように桜並木を歩いていた。


 雪のように神秘的な白銀の髪を揺らし、辺りに舞う桜吹雪が少女の門出を祝福してるかのように踊り出す。そんな桜色の景色の中を少女は歩む。


 彼女の名は、エル・クレシア。この世の創造主の末裔たる神子の一族『クレシア家』の長女で、魔導師協会の序列第一位。つまり世界最強の魔法使いである。


「ふわぁー」


 エルは欠伸をした後、ごしごしと目を擦る。


「ねむい」


 ふらふらと何だか危なっかしく、歩く。


 エルは今まで学校に行ったことは、一度もなかった。

 それも当然。

 彼女は生まれながらに膨大な魔力をその身に宿し、自我が芽生えるその以前にはもう既に大人顔負けの魔法が使えていた。

 そして、六歳の頃には、高校卒業程度の学力は備えていたのである。そんな圧倒的な才能を有する彼女に、学校では学べることが少なすぎた。

 彼女の両親は、エルを学校に行かせるよりも自宅で英才教育を施したほうがいいと考え、

 まだ幼い彼女を部屋に閉じ込め、半ば軟禁状態にしながら勉強を強要した。

 そのおかげか英才教育を受け始めてから一年後には、当時の魔導師協会序列第一位を圧倒し、最強の名を得るまでに至った。


 そして、それからはずっと闘争の日々だったのだが、最近やっと自由の時間を取れるようになった。だから、その自由になった時間を使い、彼女は学校に行くことにしたのだ。


 つまり今日が初めての登校である。

 そのせいか彼女は舞い上がり、浮かれ気分のまま眠れずに一夜を明かしたのだった。

 そんな遠足前の子供のような彼女の姿には、一切の威厳も貫禄もなく、とても最強の魔法使いには見えないだろう。そこにいるのはただの年相応の少女のようだった。


 そして、エルは再び欠伸をする。

 眠い。心地いい春の陽気のせいで、ちょっと気を抜いただけでも意識を持っていかれそうである。

 すると、突然それが木の影から飛び出してきた。


「きゃっ」


 驚いたエルは、思わず短い悲鳴を上げ、尻餅を付いた。


「いたた」


「あ、ごめんなさい。大丈夫かしら?」


 エルの前に手が差し伸べられる。白く華奢な腕。しかし、何故だか力強さを感じさせるような綺麗な手だった。


「あ、ありがとうござーー」


 エルはその手に掴まり、立ち上がる。そして、お礼を言うためにその手の先を見て、硬直した。


 それは思わず目を奪われるような、あまりにも幻想的な光景だ。

 目の前には天使のように美しい少女が、微笑を浮かべていた。荒々しく舞い上がる桜吹雪がまるで両翼のように少女の背後に広がり、その漆黒の髪が流れるように煌めいている。

 穢れたものを全て排したかのような、どのまでも神秘的な光景に、彼女は言おうとしていたお礼の言葉を忘却の彼方に吹き飛ばし、ついつい見とれてしまっていた。


(きれいなひと……)


 そんなエルを不審に思ったのか、彼女は首を傾げる。


「どうかしたの?」


 その声に、エルは我に返る。


「あっ、あの、すいません」


 エルは少女の手を離し、慌てた風に言う。


「えっと、ありがとうございます」


 対する黒髪の少女はにこりと笑う。


「その制服、あなたもあの学校の新入生?」


 少女の問いにエルは「うん!」と答える。恐らくエルと同じで彼女もまた剣魔共立高等学校の新入生なのだろう。エルとは対照的な漆黒の制服に身を包んでいた。それは剣技科の制服である。


 剣魔高校では、学科によって制服が違う。彼女のように剣技科の学生は、黒い制服だけど、エルの通う魔法科では正反対の純白の色をしていた。本来、魔力を扱う魔法科が黒、生命力を扱う剣技科が白になるべきだろう。しかし、剣魔高校では、共存の第一歩として心象の色を逆にしていた。あまり意味がないように思えることだけど、学校側はそれが共存の第一歩になってると本気に信じていた。こういうところも異端たる所以なのだろう。


 少女は安堵の息を吐き、エルに言う。


「そう、それはちょうどよかった」


「?」


 そして、少女は少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。


「……学校の場所を教えてくださらない?」


 その言葉に、エルは事情を察した。


「あ、もしかして迷子?」


 「うっ」と痛いところを突かれたのか、彼女は一歩後ずさる。


「ええ、まあ、そんなところよ」

 

 少女は体裁を保つために平静を取り繕ってはいるけど、今更だろう。赤みを帯びた頬が、少女の羞恥心を全面に押し出していた。


「わかった、そういうことなら一緒にいこ」


 今度はエルが彼女に手を差し伸べる。


「私はエル・クレシア」


「!」


 その自己紹介に、少女は思わず目を見開いた。


(この子が……)


 少女の驚愕には気付くこともなく、そのまま言葉を続ける。


「あなたは?」


 少女はすぐさま平静を取り戻し、それに答えた。


「私は、神代悠子よ」


 それが二人のーー。エル・クレシアと神代悠子の、邂逅だった。

 

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