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悠久は大口を開け、ホットドッグにかぶりついた。
「それにしても胸糞悪い光景だな」
外の阿鼻叫喚の絵図を眺め、悠久は眉根を細めて言う。
「そうじゃな。あれだけの異端、見てるだけで吐き気を催すわ」
そう答える剣神に、悠久は内心で「そういう意味ではねえよ」と思いつつも、言葉を返す。
「あいつらは何も望んで異端になったわけでもないだろ」
悠久が胸糞悪いと言ったのは、剣神のように異端に対してではない。
何の罪もないだろう者達を犠牲に、生まれたこの光景に対してだった。
しかし、剣神は悠久の内心を察してか、ふんと鼻を鳴らし、言う。
「ふん、どのような理由があろうとも異端に成り果てた者になど、慈悲の価値すらない」
それは剣神の巫女の本心からの言葉。
彼女は、こういう人間だった。
剣技の理に反する異端者に対しては、どこまでも冷酷だ。
魔導師協会は勿論の事、人間性を切り捨ててまで力を得るような悪魔の存在は、異端そのものだ。
そして、こういう剣神のような思考の人間が派剣協会には溢れてる。
悠子がエルとの関係を公に出来ないのは、やはりこういう考えが協会の総意になってるからなのである。
悠久は呆れたように溜息をつく。
(相変わらずだな、このガキも)
すると、その時だった。
二人の元に突然、大男を肩に担ぎあげた悠子が現れた。
「師匠、剣神様、この騒動の主犯格の一人を捕らえたわ」
どさりと大男を床に放る。
悠久と剣神の二人は、その男のことをよく知っていた。
元派剣協会No.2の実力を持ち、名を馳せた剣士ーーミツキ。
だけど、悠子との1位争いに破れ、悪魔崇拝の組織に身を落とし、祭壇の街で悠子に片腕と眼球を潰され、死んだはずの男だった。
「ミツキ、生きてたのか」
悠久は少し驚いたように目を見開く。
それもそのはず。
彼もまた悠久の弟子の一人だったからだ。
生きていたことに対して、何らかの複雑な思いを抱いているのだろう。
「ええ、あの時、確かに殺したはずだけど、生きてたみたい」
「……そうか」
「それとこれも」
悠子は黒光りする鉄の筒を机の上に置いた。
「これはなんじゃ?」
剣神はそれを手に取り、まじまじと観察する。
「彼らが使ってた武器よ。恐らく師匠の調査してるカガク者が使ってる武器と同じものよ」
その言葉に悠久は息を吐く。
「悪魔の次はカガクにまで魅入られたか、このバカ弟子は…」
悪夢を見続けてるかのようにうなされるミツキを横目に眺め、悠久は言う。
そして、そのミツキの魘される様を見て、剣神は思わず苦笑する。
「悠子、お主また血濡れの太刀で斬った相手を捕らえたのか」
剣神のその言葉に、悠子は返す。
「仮にも彼は元派剣協会No.2よ。私の血程度に呑まれるような弱い精神構造ではないでしょ」
悠子の肉体は既に人智を越えている。
人の身の限界を超え、生命すらも超越し、その身の内には膨大な世界そのものを内包していた。
それが悠子という少女だ。
もはや人間という枠で見るよりは、神格の枠として見るほうがいいかもしれない。
そんな神格の域に達するほどの存在たる悠子の血液を、吸血刀に呑ませたものがーー血濡れの太刀である。
そして、それは神域の悠子の血を常に刀身に放出する。
それに斬られれば、悠子の血液が人体に入り込むということになるだろう。
悠子の血液は悠子そのものには特に害はない。当たり前だろう。
しかし、高位のものが下位のものに合うはずもなく、無害なはずのただの血液ですらも、普通の人間にとっては有害なものになる。
悠子の血は毒のように人体を壊していくわけではなく、精神をかき回す。
いわば簡易な神隠しの空間の効果のようなものだ。
勿論、神隠しの空間ほどに精神喪失が激しいわけではないが、それでもある程度の認識力を持たないと、少し斬られただけで廃人と化す。
それ故、剣神の巫女はそのことを言ったのだろう。
実際、今までも何度か情報を得る為に捕らえたはずの者達が血濡れの太刀のせいで廃人になり、何も得るものがなかったということが多々あった。
「そういう問題ではーー」
さらに剣神は追求しようと言うも、悠子はその言葉を遮るように言った。
「私はまだやることがあるから後は任せるわね」
言い終わったその刹那に、剣神は悠子の姿を見失った。
瞬間移動に匹敵するかもしれない速度による移動に、剣神は思わず溜息をついた。
「悠久よ。人の話は最後まで聞くものだと、教えなかったのかの」
それに対し、悠久は豪快に笑った。
「がはは、そんなこと俺が教えるわけねえだろ」
彼のその言葉に剣神は思う。
(この親にしてあの娘ありか。なるほど、納得じゃわい)




