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突然の事に倒れそうな体を必死に支え、悠子は何とかその場に踏ん張る。
「っぐ」
じわっと肩から溢れる鮮血が、悠子の制服を赤く染める。
(どうやら私の感知能力まで封じられてるようね)
悠子は肩を抑え、銃弾が放たれた方向に視線を送る。
そこには隻眼隻腕の男が拳銃を片手に立っていた。
悠子はその男のことを知っている。
よく、知っている。
「生きていたのね、ミツキ」
「ああ、業腹だがな」
隻眼に隻腕の男ーーミツキはカナデの隣まで行き、その拳銃を銃口を悠子に向ける。
「なに、神代さんと知り合いだったの?」
カナデはミツキを横目に収め、言う。
「まあな、古い仲だ」
「へぇー、神代さんの小さい頃のことも知ってるの?」
「一応な」
「いいな、後で教えてね」
悠子は血濡れの太刀の切っ先を目の前の二人に向ける。
「この、私の、前で、っぐ、お喋りなんて、随分と余裕じゃない」
ふらふらと悠子は脱力する体に力を込める。
「この程度の封印で、この私を倒せると、本当に思ってるの?」
悠子のその言葉にカナデは肩を竦める。
「思ってるわけないよ。この程度で、神代さんを殺せるなんてね。ーーでも」
カナデは指を弾く。
「これならどうかな?」
湧き出る悪魔が悠子に襲い掛かる。
が、悠子はそれらを一太刀で切り伏せる。
「どうも、しないわ」
その瞬間、悠子に斬られた悪魔は、辺りを巻き込み、爆発した。
「ぐっ!」
爆風に弾かれ、悠子は吹き飛ばされた。
(また反応が……!)
悠子は空中で、体勢を立て直し、舞うように地に降りる。
すると、また悠子の体を銃弾が突き抜けた。
「ぁ、がはっ!」
今度は腹部。
悠子は血を吐きながらその場に転がるように倒れた。
そんな弱々しい少女の姿に、ミツキは思わず吹き出した。
「おいおい、なんだそのザマはよ」
そのままミツキは腹を抱え、大笑いする。
「所詮、最強って言ってもその程度か? こんなんじゃ、あの化け物の足元にも及ばねえだろ」
化け物。それはエルのことだろう。
悠子は視線を上げ、高笑いするミツキを睨む。
「なんだその目は、図星を突かれて怒ったか?」
こうして地に這いつくばる自らのことが情けなくなり、思わず悠子は下唇を噛み締める。
そんな悠子の姿を、ミツキは楽しげに見ていた。
まさかここまで一方的な戦いになるとは思っていなかった。
勿論、彼らが悠子よりも強い訳ではない。
ただ、悠子の弱点ばかりを狙い、攻めただけに過ぎない。
それだけだった。
悠子は嘘を見抜けるが故に人を疑うことを知らない。
その弱点を突き、悠子にカナデを近付け、舞踏会の練習の最中に封印式を悠子の体内に仕込んだ。
カナデは体内の縄の数だけ人格を有するという特異な少女だ。
つまり、一つの体に無数の人格を持っているのである。
それはカナデそのものの人格ではない。
そう。仮に体内の一つの人格が、嘘を付いたところでカナデの体そのものには何も影響が出ない。
何故ならそれはカナデの人格ではないからだ。
そして、その封印だけでは、恐らく悠子は倒せない。
だからさらに悠子の過去のトラウマや、悠子の知らない武器による攻撃。
それらが積み重なって、ようやく悠子を追い詰めるに至った。
「ぐ、ぅ」
悠子は腕に力を込めて、体を起こす。
「わあ、凄い。流石は神代さん」
ぱちぱちとカナデは拍手する。
が、次の瞬間には悠子の体が再び地に沈む。
「でも、だめだよ。まだ寝ててくださいね」
だんだん悠子の体から力が抜けていく。
(……ま、ずい、このままだと、私はーー)
負ける。
その言葉が脳裏を過ぎる。
(もし、私がここで負けるようなことがあれば、きっと、もうエルとはーー)
同じ景色を見ることが出来なくなる。
(い、や、それだけは、絶対に)
ーー嫌。
嫌ーー。嫌だーー。絶対にーー。
嫌嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ーー
(ーー嫌)
悠子は血濡れの太刀を強く握り締め、脳裏に彼女の姿を思い浮かべる。このまま剣技だけの普通の戦い方では勝つことができない。
目の前にいるのはそれほどの敵だ。
ここまで苦戦を強いられたのはいつ以来だろう。
普通に戦っても勝てると思っていた。
それなのにここまで追い詰められた。
体が動かない。
辛うじて手先が動くくらいで、立つことはできない。
重い封印に、大量の出血。
これ以上は無理だ。
これ以上は普通の方法で戦うことは出来ない。
悠子は諦めたように息を吐き、血濡れの太刀を握る手に力を込める。
(仕方ない、か)
そして、それを持ち上げ、そのまま自らの喉に突き刺した。
「!?」
その行為に二人は驚く。
(自害だと!?)
最強の少女の自刃。
それは予想外の行為だった。
呆気ない。
若くして剣技最強の称号を得た少女の最後とは思えないほどに呆気ない最後だ。
だが、次の瞬間だ。
悠子の体から黒い粒子が吹き出したのは。




