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百合園の誓い  作者: 川島
第二章ー百合園の舞踏会ー
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11

 ーーその日の放課後。

 逢魔が時に悠子は屋上に『それ』を見た。

 それは純白の楕円形の球体だ。

 繭のように張り巡らされた糸に結ばれ、それは屋上の中央を陣取っていた。


(エル、どうやら寝てるみたいね)

 

 その球体。それはエルの寝床である。


 悠子の睡眠中の自動防御同様に、これは睡眠中のエルの身を守る為の防壁である。


 睡眠中は、いかに力のある者でも無防備になる。

 屈強な大男でも、猛る大熊でも、最強と謳われる彼女たちですら、それは例外ではない。

 剣技を極めた悠子も。

 魔法を極めたエルも。

 睡眠中は、完全無防備なのである。


 お互いの道では最強に至った彼女たちでも、それだ。

 生き物である限りは、それは逃れられない隙なのだ。


 そして、そんな瞬間を見逃す程、彼女たちを狙う者は優しくない。

 どんな手段を講じても、殺す。

 そこに隙があるならそこを付いて、殺す。

 なければ隙を作ってでも、殺す。

 そんな野蛮な連中ばかりだ。


 だから、睡眠中に襲い来る外敵から身を守る為、彼女たちは意識が途切れたその瞬間に防護能力が自動的に発動するように設定されているのである。

 

「エル、入るわよ」


 悠子はエルの防壁に触れ、

 とぷりと手先が純白の球体の中に沈んだ。

 個体のような姿形なのに、そこに感触はない。

 空を掴むような感覚だ。

 そして、手を突っ込んだ部分が揺れる水面のようにゆらゆら動く。

 そんな個体のような、気体のような、液体のような、不自然な球体である。

 悠子はその球体の中に、肘まで浸かり、中を確かめる。すると、手の先に柔らかいものが触れた。


「?」


 なんだろう、と思い、悠子はそれにペタペタと触る。

 本来この球体は、二十、三十の防壁を突破することでエルの手前までたどり着けるのだが、今手が届いてるのは、一番最初の防壁まで。つまりは入口部分だ。

 普段そこには何も無い。

 あるのはシャボン玉のように薄い膜だけ。

 勿論、それはエルに防壁の内側まで入ることを許された悠子だから難なく突破できるだけで、許可した者以外がこの防壁に入れば、地獄のような辛苦があるらしい。

 ただ、その球体の外部はきちんとした防壁の役割も担っている為、とても頑丈だ。

 余程、強引に突破したりしない限り、内側に侵入することはできないだろう。

 だから誰も彼もが触れただけで無差別に呑み込まれることはない。

 ここに誤って入ることはない。


「なにかしら、これ」


 ぺたぺたと手の平に伝わる柔らかい感触。それはまるで、人肌。

 具体的に言えば、女の子のように柔らかくスベスベの肌だ。


(ひと⋯? え、どうして?)


 悠子は触るのを止めて、球体の中から腕を引き抜こうとする。しかし、がしりと何かに手首を掴まれ、抜くのを遮られた。


「へ?」


 そして、そのまま半ば強引に引きずり込まれるかのように悠子は純白の球体の中に、どんどん飲み込まれる。

 まるで入水自殺する女性のようにゆっくりと沈み、身を浸していった。


「ちょっと、エル、待ちなさい、まだ」


 その中にいるはずのエルに制止の言葉をかけるも、それを完全に無視し、球体による悠子の侵食は進む。


「エル!」


 そのまま、ちゃぽんと悠子の全身は球体に呑まれたーー。


 そして、悠子が気づいた時には、エルの胸の中にいた。


「悠ちゃん、いらっしゃい」


「エル…私の制止の言葉、聞こえなかったのかしら?」


「ううん、聞こえてたよ、ごめんね」


 にこりとエルは笑う。

 いきなり引きずり込まれたことに対して、文句の一つでも言ってやろうと思っていた悠子だったが、その笑顔ひとつでその気が失せる。

 

「まあいいわ。 それより、エル、今日はどうしていつもの場所に来なかったの? 待ってたのよ」


 いつもの場所とは、あの神隠しの空間が発生する場のことを指している。

 彼女との出会い(正確には再開だけど)の入学式以来、ほとんど毎日のように二人は、お昼休みをあの百合園の庭で過ごしていた。


 学校がある日は、必ず二人の語らいの場として、あの場所は機能していた。

 それなのに。

 今日は珍しく、あの神隠しの世界に、エルの姿はなかった。

 どうしても外せない用事がある場合、遠話の魔法で、その旨を悠子に伝えることもできただろう。

 ただ、今日はそれすらもなかった。


「ごめんね、悠ちゃん」


 エルは申し訳なさそうに謝る。心なしか、声と表情に翳りがある。


「別に怒ってないわ」


 悠子は、エルの薄い胸に顔を埋めて、モゴモゴ言った。


「ただ、連絡の一つは欲しかった」


「うん……ごめんね」


 もう一度、謝る。


「……エル、なにかあった?」


 エルの胸の中で、悠子は問いかける。


「えっとね、今日はたまたま忙しくて」


 と答えようとするエルの言葉を、悠子の声が遮った。


「そうじゃなくて、今日は元気ないみたいだけど」


 悠子は視線だけをエルの顔に向けて、


「何かあったの?」


 と続けた。


「うっ、それはその……」


 エルは言葉に詰まる。

 なんて応えればいいのか、わからない。


(悠ちゃんの舞踏会の相手が決まった事が、少しショックだったなんて、嫌味な事を言えるわけないし、どうしよ)


 言い淀むエルに、悠子は更に続ける。


「もしかして、どこか体調でも悪いのかしら?」


「ま、まあ、そんなところかな」


 曖昧に言うエルの言葉を、悠子は一言で切り捨てた。


「嘘」


「え?」


 悠子は真偽の程を見分けることができる。

 それは生き物としての体の変化によって見分ける方法なので、魔法だの剣技だのでは、決して欺けない。

 つまり、それが感情を持った生き物である限りは、百戦錬磨の詐欺師だろうが、最強の魔法使いだろうが、悠子に嘘を通すことはできないのである。

 そんな力があるからこそ、悠子は嘘だと断言したのだ。


「ねえ、エル」


 悠子は言う。


「私の前では、偽らないで」


 懇願するように、言う。


 その悠子のどこか哀しそうな表情に、エルは観念したように、息を漏らす。


「悠ちゃん、あのね、私ね」


 そして、覚悟を決めたように言った。


「悠ちゃんと一緒に踊りたかった」


 それはエルの本心だった。


「あの子じゃなくって、私と一緒に組んでほしかった」


 その言葉を聞き、悠子は、そこに思い至る。


(もしかして空き教室での会話、聞かれていたのね)


 まだカナデと組むことは、誰にも言ってない。

 勿論、学校側には六条カナデと舞踏会に参加する旨は伝えたけど、それ以外は誰も知らない。

 まだ誰にも伝えてないのだから知るはずもないだろう。

 それなのに、

 彼女がそのことを知ってるというのは、あの空き教室での会話を直に聞いた以外は、考えられない。

 一つ。悠子は溜息をつき、


「エル、それじゃあ……」


 エルの耳元に口を寄せる。そして、


「ーーーーーー」


 それを呟いた。途端、エルの顔に喜悦が満ちる。


「ほんとにいいの!?」


「ええ、勿論よ」


「やったー!」


 ぎゅっと悠子の頭を抱き締め、エルは喜ぶ。

 さっきまでの沈み具合が嘘のようだ。

 悠子が呟いたそれは、まるで魔法の言葉だ。

 それは剣技を納めた彼女が、唯一使える魔法なのかもしれない。

 

「絶対だよ、約束だからね!」


 とエルは小指を差し出し、言う。そして、それに悠子は自分の小指を結び、宣誓する。


「そうね、約束するわ」


「うんうん、楽しみにしてるからね!」


「ふふっ、私も楽しみにしてるわ」


 お互いに思いを述べ、絡んだ小指が、引き裂かれるように離れた。

 それは指切りげんまんだ。


「あの、あれだからね、もしも破ったら、罰だからね」


 とエルは笑い、それに悠子は応えた。


「ふふっ、それは怖い」


 悠子は微笑む。


「あ、そうだ! あのねーー」


 そして、そのまま二人は語り合う。

 昼休みに話せなかった分まで埋めるかのように、時間を忘れて二人は語り合うのだった


 





 

 

 

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