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ーー今は使われてない無人の空き教室。
そこに二人はいた。
密閉された薄暗い空気の中。
純白の制服に身を包んだ少女は、意を決したように話を切り出した。
「あ、あの、神代さんはもう舞踏会のお相手はお決まりですか?」
恥ずかしそうに赤面するその姿に、悠子は呼び出された理由を察する。
(ああ、そういうことね)
舞踏会のパートナーは、必ず違う学科の生徒から選ばなければならない。
つまり、悠子の場合は魔法科の生徒を。そして、魔法科の場合は剣技科の生徒を。必ず選ばなくてはならないのだ。
恐らく彼女が悠子を呼び出した理由はそれだろう。
悠子は競争率が相当低い。
勿論、剣技科の生徒ならば誰も彼もが悠子に舞踏会の相手をお願いするかもしれない。しかし、魔法科の生徒ともなれば、別だ。
むしろ、剣技科の人気が高ければそれに比例するかのように魔法科の人気が低くなる。
まあ、それも当然だろう。
ただでさえ、本心では剣技科の生徒なんかとは組みたくもないのに、その相手に剣技の象徴のような悠子を選ぶような物好きは、恐らく魔法科にもほとんどいないだろう。
故に彼女みたいに断られるのが苦手な弱気な人にとって、誰もが敬遠する悠子という存在は、誘うのには絶好の相手なのだろう。
そんな微妙に悲しくなるようなことを考えながらも、悠子はそれに答える。
「いいえ、まだいないわ」
すると、少女は途端に目を輝かせ、少し食い気味に言った。
「そ、それじゃあ私のパートナーになってください!」
推察通り。
それは願ってもないような提案だった。
何故なら悠子にとっても舞踏会のパートナー探しは困難を極めていたからだ。
悠子は立場的に、魔法科の生徒に自らお願いすることはできない。
それは悠子の一挙一動全てが政治的な意味を持つからである。
だから、舞踏会をどうやって乗り切るかに思考をシフトしていたところだ。
この舞踏会は、ただの後夜祭ではない。
魔法と剣技が互いに手を取り、歩むことができると世間に示すための剣魔高校の重要な行事のひとつだ。
基本的に不参加は認められていない。
やむを得ない理由があり、どうしても参加できない場合は、後日補習という名目で、不参加だった者達で舞踏会を開き、その様子が中継される。
考えただけでもおぞましいような補習である。
そんな補習があるせいで、出来れば舞踏会には参加しておきたい。
だけど相手がいない。探すこともできない。
そんな八方塞がりの中、その話は悠子にとっても凄くありがたい提案だったのである。
「ええ、私でよければ是非」
悠子はそれを受け入れる。
と、同時にがたりと教室の外で何かが倒れる音がした。
悠子はその音が少し気になったものの、多分文化祭の準備に励んでる生徒たちが何か荷物を落としたのだろうと無理矢理自分を納得させ、目の前の少女の歓喜する姿に意識を戻す。
「えっとあのその、あ、ありがとうございます! 一緒に頑張りましょうね、神代さん」
嬉しそうにはしゃぐ少女に、まだ悠子はあることを確認してなかったことを思い出した。
「ええ、そうね。でもそ一緒に頑張るのはいいのだけど、ひとつだけ聞いていいかしら?」
「あの、はい、何でも聞いてください」
「……あなたの名前は?」
「あっ……」
そういえば、少女は思う。
「ま、まだ自己紹介してませんでしたね」
少女は胸に手を当て、言う。
「わ、私の名前は六条カナデです」
そして、ぺこりと頭を下げる。
「ふ、ふ不束者ですが、どうぞよろしくおねがいします」
まるで結婚でもするかのようなその言い回しに悠子は思わず微笑を零す。
「ふふ、こちらこそ、よろしくね、六条さん」




