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ーー満開の百合の花が一面に広がっていた。
色鮮やかに咲き誇る百合の花々。
空には雲ひとつなく、そこには太陽もない。
ただ、青空だけが地平線の彼方まで途切れることなく続いていた。
一陣の風が吹き抜ける。
百合の花弁が宙に舞い、渦を描く。そして、そこにいる二人の姿を優しく包み込んだ。
「相変わらず綺麗な場所ね」
虚空に舞う花びらを眺め、神代悠子は言った。
艶のある長い黒髪に、紅い瞳。
その手元には鞘に収まった長い刀がある。
そんな少女だった。
そして、その隣には猫のように柔らかい白銀の髪をふわふわと揺らし、悠子の肩にもたれるように寄り添う少女がいる。
名はエル・クレシアーー。
彼女は悠子の唯一の友達だ。
「そう言ってもらえると嬉しい」
エルは幸せそうに口角を緩める。
彼女はこの百合の園の創造主である。
この夢のような幻想的な世界は、エルが創ったものだ。
ここは一個の世界。
その場限りの曖昧で出来損ないの空間創造魔法とは違い、エルの意なくしては決して消えることがない。
確立した世界である。
悠子もエルに寄り添う。
「流石エル、ね」
ふわふわのエルの髪が悠子の頬に触れる。
まるで猫に頬擦りしてるかのような感触が心地いい。
「ええー、そうかな? でも私は悠ちゃんみたいにビュンビュン動けないよ」
「ビュンビュンって……、私は本来魔法に使うべき魔力を全て身体能力に注ぎ込んでるだけよ」
すりすりとエルの柔らかい髪に頬を擦る。
「んっ、もう、悠ちゃ、ちょっとくすぐったい」
「あ、ごめんなさい。つい……」
「ううん、まあ、悠ちゃんになら別にいいけど」
エルは少し乱れた髪を手櫛で整える。
「でもね、本当にこの魔法が凄いものだとは、私には思えないんだよね」
それは意外な言葉だった。
魔法というものの仕組みに疎い悠子でも、この魔法が凄いことは分かる。
情報を結合させ、世界を形作る。
それは神のような魔法だろう。
だから、悠子はその理由を問う。
「どうして?」
それにエルは答える。
「だって、この魔法はまだ未完成なんだよ。こんな完成度じゃ、凄いとは思えないよ」
確かにそれはその通りだった。
ここは、ただ在るだけの世界。
自力では何も生まず、朽ち果てることもない。
景色の移り変わりは一切なく、
在るのは百合の大地と空だけだった。
そんな世界を、エルは未熟なものだと思っていた。
それは魔法使い特有の考え方だろう。
魔法とは森羅万象全てに干渉し、強制的に改編する力だ。
つまり、森羅万象あること前提の力である。
だからこそ、何も生まない世界というのは、エルにとっては世界とは言い難いのである。
しかし、悠子はそれをやんわりと否定する。
「そうかしら? 何も無いというのもいいものよ」
悠子は横目でエルを見る。
「だって、こうして二人きりで居られるんだもの」
その言葉の意味を理解し、エルは小さく頷く。
「……うん、それはそうかも」
もう一度、納得するように頷いた。
(……そういえば、エルと友達になったのもここだったわね)
悠子は不意に思い出す。
エルとの出会いの日をーー