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百合園の誓い  作者: 川島
第一章ー百合園の出会いー
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9

 そこは膨大な情報に満ちた世界である。人類の悪意、善意、思考、認識、感情。その全ての情報がその狭い空間に凝縮され、渦潮のように取り巻いていた。


 そこに悠子は取り込まれた。というよりは落ちた。それは一瞬だった。エルの話に耳を傾けてはいたものの、別に気を緩めていたわけではない。それでも、悠子は直前まで、この空間の気配に気付くことができなかった。


(私の感知もまだまだのようね)


 思い、すぐにそれを否定する。


(いいえ、それは違うかもね)


 悠子は数々の意識の混濁を振り払いながらも上を見る。悠子を呑み込んだ穴は閉じていた。悠子は溜め息をつく。


 エルの策略に見事にハマった。恐らくエルはこの空間を出現する場所を認識していたのだろう。そこまで悠子を連れていき、その意図を悟られぬように立ち止まり、空間が出現するまで待っていた。しかも、ただ、待っていたわけではない。悠子の気になるだろう話を意図的に呈示することで、感知の網を散漫にさせたのだ。流石の悠子でも、この空間の位置を感知するには、少し感知を深く集中させる必要がある。だけど、エルはそれをさせなかった。悠子はエルに称賛の念を送る。


(見事にやられたわ、流石はエル・クレシアというわけね)


 もはや本物であることは疑いようもないことだろう。


(それにしても…)


 悠子は辺りを見回す。これは『神隠し』の世界だ。この世の理を不条理に歪めたせいで発生するとされる事象の一つ。雷と同じで人が巻き込まれることはあまりないものの、一度巻き込まれたら最後。この膨大な情報の渦に飲み込まれ、完全に自我を見失う。死ぬことこそはないものの別人の精神構造になるか、もしくは自我を見失ったまま何も考えられない廃人となる。それがこの神隠しだった。

 

 ただ、それはあくまでも一般的な話で、悠子の場合はまた別である。


(ここも久しぶりね)


 悠子は過去に何度もこの空間に放り込まれ、さ迷い続けた事がある。慣れというわけではないけど、今ではこの空間の中でも自我を保ち、物事を自らの意志で捉え、平常心のままでいることができる。彼女は常人ではありえない程の認識の強さを持っていた。


 この懐かしい場所のせいで、悠子は過去に自分を神隠しの世界に放り込んだ鬼のような師匠のことを思い出す。


(それにしてもよく私は私のままでいられたわね)


 悠子は思わず苦笑する。すると、それが悠子の前に降ってきた。


「悠ちゃん」


 彼女をこの空間に突き落とした張本人。エル・クレシアだ。


「ごめんね、いきなりこんな雑多な場所に放り込んで」

 

 ふわりと木の葉のように舞うように柔らかく降り、エルは立つ。その身は純白の粒子に包まれる。まるで雪のように舞い、蛍のように輝くその白い粒子は彼女の精神を守るための防壁だ。それは精神干渉を受けた際に自動的に発動するように設定している魔法である。常に発動しているのはこの空間にいるからだろう。 


「どうしても二人きりで話がしたくて」


 先程までの爛漫さは消え、まるで恋する乙女のように頬を染めるエルは、ゆっくりと悠子の元まで歩く。


「あの場でも二人きりだったと思うけど?」


 それに対して、エルは首を横に振る。


「あの学校の敷地と、その半径1キロ以内は全て学校の管理者に監視されてるから本当の意味での二人きりではないよ」


 エルは悠子の側まで来ると、どこか緊張した面持ちで言う。


「悠ちゃん、私のこと覚えてる?」


 それには思わず言葉に詰まる。


「……やっぱり」


 エルは少し落胆したように肩を落とした。


「あ、じゃあ私のことは知ってる?」


 悠子は頷く。


「魔導師協会序列第一位の世界最強の魔法使い、でしょ」


 思わぬ返しにエルは目を見開いて、驚いた。


「気付いてたの?」


「最初は名を騙ってるだけの偽物だとも思ったのだけど、校門のところの説明で確信したわ」


 エルは可愛らしい小動物のように小首を傾げる。


「私はあなたに幾つか質問したわよね。その時に、あなたは得意気にあの魔法のことを私に説明したでしょう」 


 その言葉に。ようやくエルは彼女のその言葉の真意に気付く。


「あっ!」


「どうやら分かったようね」


 悠子があの魔法のことを危惧してたのは本当のことだ。仮に無尽蔵に魔力を生産する術があるのなら、魔法と剣技の均衡は一気に崩れ、魔界のように魔法が支配する世界に変わるだろう。ただ、それとは別にもう一つ悠子には思惑があった。


 それはエルが本物か偽物かを知ること。あの魔法はまだ世には出回っていないものだろう。悠子は、魔法には疎いもののその情報等は常に集めている。仕事柄、有する魔法の情報は並の魔法使いよりも圧倒的に多いだろう。その彼女でも聞いたことがないような最先端の魔法だ。しかも、その内実まで詳しく知り、説明できるのは恐らく開発者だけである。つまり本物のエル・クレシアだけだ。


「はぁ、流石だね」


 エルは少し悔しそうに言う。それに対して、悠子は「どっちがよ」と思う。そもそもその魔法の話はこの空間に悠子を突き落とす為の布石だった。つまりそこに悠子が隠した真意も、蓋を開けてみればエルの掌の上で踊っていただけに過ぎなかった。気分的に完敗だった。


 だけど、こんなにも悔しい気持ちなのに何故か、悠子は笑う。こんな敗北感は久しぶり。でも、不思議と悪くない気分だった

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