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世界はとても残酷なものだと思う。
荒れ果てた大地。
響き渡る轟音の中に神代悠子はいた。
血に濡れた刃を引き、向かい来る『魔法使い』の軍勢に一振り。
剣を振る。
「がぁっ!」
身を切り裂かれ、彼女の前に立った魔法使いは次々に絶命し、倒れていく。
一騎当千の化け物。それが彼らが眼前の一人の少女に抱いた思いだった。
悠子は剣を振るい、その刃に付いた敵の血液を落とす。
たったそれだけの仕草に、眼前の者は怯み、一歩引いた。
今この場においては恐らく悠子に至る者は誰一人としていないだろう。
何故ならそこにはまだ『彼女』がいないからだ。
悠子は身を屈め、地を蹴り、敵勢の元に突進する。
「ぎゃあああ!!」
「ひぃいい、く、くるなぁああ!」
魔法使いは狂ったように杖を振るう。
それは魔法発動の合図なのだろう。
虚空に火球が召喚され、悠子の元に放たれた。
流星群のように降り注ぐ。
しかし、そんなものは彼女の前では攻撃の内にも入らない。
悠子は再び剣を振るう。
肉眼では追えない程の剣速ーー。
それによって生じた真空波が、全ての火球をかき消した。
「なっ!?」
一瞬の驚き。
だが、それは本当に一瞬だ。
何故なら驚きが別の感情に変わることもなく、悠子の剣が彼らの命を摘み取っていくからである。
鮮血が宙に舞う。
悠子の刃の通った道には、何も残らない。
草木一本残さずに切り裂かれた。
すると、そんな悠子の存在によって味方の軍団から歓声が上がった。
「ぅおおおおおおおおーー!」
「流石は神代様だ!」
「いくぞ、神代様に続けぇえええええ!」
それは、この世界では『魔法使い』と対になる『剣士』の兵団の歓声だった。
剣を掲げ、兵団は魔法使いの軍勢に押し寄せる。
乱戦に入るつもりのようだ。
乱戦ならば、魔法使いよりも剣士の方に分があるからだろう。
兵団は剣を振るい、魔法使いを切り倒していく。
このまま行けば、押し切れる。
剣士と魔法使いの戦争。
悠子はその光景に思わず、目を逸らす。
(どうして私たちが争わないとならないの……)
すると、その時だった。
前方に純白の光が迸る。
悠子はその光を知っていた。
本当によく知っていた。
「ねえ、エル」
それは悠子にとって最強の敵。
そして、最愛の女性でもあるエル・クレシアの魔法だった。
純白の輝きは、圧倒的な暴力と化し、兵団を呑み込み、半壊させた。
「悠ちゃん……」
その魔法を放ったエルはふわりと悠子の前に舞い降りた。
悠子は目の前に降り立った大切な『敵』に、血に濡れた刃を向ける。
「エル、おねがい。もうやめましょう」
しかし、その悠子の懇願もエルには届かない。
「無理だよ、悠ちゃん」
エルは指先を悠子に向けた。
「だから、せめて私の手で悠ちゃんのことを殺してあげる」
その指先に純白の粒子が溢れ、球体のように押し固まった。
「どうしてもやるの?」
「どうしてやるよ」
二人は互いの戦意を確かめ合う。
「そう、わかった。それならもう何も言わない」
悠子は腰を低く落とし、ようやく闘争の構えに入る。
まだ戦う決意は固まらない。
剣を握る手が震え、カタカタと刃が音を鳴らす。
だけど、もう闘うことは避けられないだろう。
悠子は『殺意』という名の狂気に身を任せ、震える手を無理に鎮める。
本心では闘いたくない。
でも、
現実は闘うしかない。
だから、悠子は闘うことを選ぶ。
「ありがと、悠ちゃん」
エルはにこりと笑う。
そして、その指先に圧縮した純白の球体を弾丸の如く放った。
それは地を駆けるように突き抜け、エルの指先から尾を引くように繋がり、光線と化し、悠子の直前まで至る。
それを悠子は迎え撃つ。
そこで、二つの強大な力が衝突し、辺り一帯の全てを巻き込み、爆発した。
(エル……、私はあなたのことがーー)
膨れ上がる白い光の中、悠子はその言葉を紡ぐ。
「ーーーーーー」
しかし、その言葉は破裂する力の奔流にかき消され、エルの元に届くことはなかったーー。