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短編集

出向いたモンスター退治の仕事をしてたら、悪魔召喚の儀式に巻き込まれてしまったので、成り行き上なし崩して的に解決する羽目になった話/ファンタジー、冒険者、モンスター退治、悪魔召喚

「どうする」

「どうもこうもねえだろ」

「どっちに行けばいいかも分からんしな」

 モンスター退治に赴いた冒険者達は、一様に暗い顔で言葉を交わしていく。



 状況は最悪で、森の奥に赴いた彼らは事前の情報以上に強力なモンスターに遭遇。

 命辛々逃げたはいいが、今度は道に迷うという失態をおかしてしまった。

 もとより土地勘のない場所であるし、それは無理からぬ事ではあったが。

「まさかあんなのが居るとはな」

 その言葉が彼らに共通する思いだった。



 彼らのレベルもそれほど高いというわけではないが、そこらにいるモンスターに引けを取る事はない。

 ゴブリンやコボルト、それにオークなどといったものなら簡単にけちらし、少し強いオーガであっても協力すれば撃退する事はできる。

 しかし、今回あらわれたモンスターはそんなレベルではなかった。



 もちろん事前に聞き出した情報から、ある程度潜んでる敵の強さを想定してはいた。

 その際に気をつけるべき教訓を踏まえて。



 ────聞き出したモンスターの数や強さを、二割り増しで考えろ。

 実際には、話に聞いた以上に強いモンスターが出てくるかもしれない。

 そういう事態に度々陥ってきた冒険者達が見いだしてきた現場の知恵である。



 例えゴブリン・コボルトという本当に低レベルのモンスターだけ目撃していたとしても、それらを統べるより強力な敵がいるかもしれない。

 また、目撃情報よりも多い群や集団を作っているかもしれない。

 そういった可能性を考え、二割り増しで考えるのが通例となっていた。



 今回も、それを念頭においていたのだが。

 予想や想定よりも更に強い敵がいるとは思わなかった。



「なんなんだよ、あれは」

 思い出した敵の姿に悪態を吐く。

「聞いたこともないモンスターだったわね」

「オーガじゃないし、トロールでもない」

「じゃあ何なんだ?」

「さあ」

 正体不明の敵に彼らの想像力が働いていく。



「おかしな奴だったな。ブヨブヨしてるっつーか」

「獣毛がはえてたから生き物だとは思うけど」

「這いずるみたいに動いてたな」

 思い思いに自分の見たものを口にしていく。

 彼らの言うとおり、それは異様なモンスターだった。



 ゴブリンやコボルトといった人型をしてるわけではない。

 動物の姿からもかけ離れている。

 知り得る範囲に似てるような存在は全くおらず、説明するのも難しい存在だった。



 這いずる肉の塊、といった方が、まだ姿を正確にあらわしているかもしれない。

 毛でおおわれたそれは、這いずるように動き、そして全身に絡みつかせた触手を振り回して襲いかかってきた。

 骨や間接があるのかわからないそれは、鞭のようにしなって襲いかかっていった。



「すげえ力だったな」

「あんな細いのに、オーガ並の威力だったしな」

「剣を打ち込んでみたけど、ほとんど刃が通らなかったぜ」

 必死の反撃もその程度で終わり、彼らは撤退を余儀なくされた。

 依頼されていたゴブリンやコボルトの退治はどうにかこなしたものの、これでは成功とは言いがたい。

 想定外のモンスターまで退治する理由はないから、報酬を受け取る権利はあるが。

 それも、生きて帰れればである。



「とにかく、これからどうするかな」

 幸い食料などはある程度持ち込んでいる。三日四日ならばしのぐ事はできる。

 その先どうなるかはわからないが。

「戻るにしても、あんなのがいるんじゃな」

「今もいるか分からんぞ」

「まあな、いないかもしれん。でも、確かめるために戻るか?」

 すぐに全員が沈黙した。

 それができるならば、逃げ出した先のこの場所で立ち止まっていたりしない。



「まあ、戻るにしても、一直線に行く必要もないだろ。

 遠回りになるが、迂回して戻ればいいんだし」

「けど、今の場所が分からないとね」

「そこは何とかしよう。地図もない山の中だが、方位磁石もあるし何とかなるだろう」

「まあ、方向が分かってればね」

 楽観的すぎる考えではあろうが、それに異を唱える者はいなかった。



 こんな状況で、好んで悲惨な未来予想を口にするほど彼らは自虐的ではない。

 嘘でも楽観的な事を言ってないと希望や意欲が失せる。

 極限の状況に追い込まれた時、起死回生の鍵を握るのは当事者の意志による所もある。

 やる気があれば、悲惨な境遇を退ける可能性も見えてくるが、気力が喪失してしまえば可能性があっても何もしなくなる。



 安易な楽観はするべき準備を怠り注意力を損なわせるが、絶望的な状況では必要不可欠な要素となる。

 今の彼らに必要なのは、嘘にまみれた明るい未来であった。

 現実的な対応はそれから考えればいい。



「でも、ここからどう進んだらいいんだか」

 山に囲まれた森の中である。

 進むにしても退くにしても、ある程度山の中を進む事になる。

 平坦な道と違い、自然の中を歩いていくのは手間がかかる。

 移動速度が極端に落ちるし、体力の消耗も激しい。

 進む方向を確認しながらだと更に時間がかかる。

 三日四日でここから抜け出せるとはとても思わなかった。



「でも、行くしかないな」

 渋々であるがリーダー格の男はそう決断した。



 正体不明のモンスターよりも、山の中を切り開いていく方がまだ可能性があると思えた。

 もちろんそれが最善であるとは言いがたい。

 もっと別の選択肢もあるかもしれない。

 だとしても、今思いつくのはそれだけだったし、他に何かを選ぶにもそれを思いつくヒントもない。

 彼らは手持ちの少ない情報で、もっとも勝つ可能性の高い方を選ぶしかなかった。



 仲間もそれは分かっている。

 やむなくではあるが、彼らはその場から動き出した。

 先がどうなってるのかは分からないままに。



 元来た道、つまり帰る方向とは逆に向かっていく事になった冒険者達だが、そこからは早かった。

 方位磁石で方向を見定め、斜面を上っていく。

 仕事柄、様々な所に出向いていく事も多いので、野外の移動はそれなりに慣れてはいた。

 もちろん平坦な道を歩くほど早くはないが、全く経験のない者達に比べればよっぽど移動は早い。



 正確な現在地が分からないのが不安の種ではあるが、全く希望がないというわけではない。

 どこから来たのか分かってるし、その方向はだいたい把握していた。

 大きく回ってそちらに進めばいいだけだった。

 それがとんでもなく大変だというだけで。



「戻るまでどれくらいかかるかな」

「さあね。明日明後日じゃ無理だと思うが」

「食料、保つかな」

「それもそだけど、今回の仕事大赤字だな」

「言うな、気が滅入る」

 引き受けたのはゴブリン・コボルト退治である。

 最悪の場合も考えて、多少報酬を上乗せさせたが、それでも出費は大きい。

 持ち込んだ食料などの費用を考えれば赤字になる可能性の方が大きかった。



 そうでなくても不安定不定期な冒険者稼業である。

 今回の仕事で黒字になっても、次の仕事がすぐ入るのでなければ結局は赤字となってしまう。

 だからこそ、なるたけ短期間で大きく稼げる仕事が求められていた。

 そんな懐事情の事も考えると、目の前の危機とは別の問題に悩む事になる。

「今はとりあえず、ここから抜け出そうや」

 この先に存在する現実から目を背けるその言葉に、全員が頷いた。



 一日目はそうやって過ぎていった。

 幸い追跡はしてこないようで、夜、野宿をしていても襲ってきた毛に覆われた塊といえるあのモンスターはやってこなかった。

 一晩中燃やし続けたたき火を消して移動を始めた彼らにとって、それだけでもありがたい事だった。

 中には執拗につけねらい、どちらかが死ぬまで追い回すモンスターもいるから、この部分はありがたかった。



 だが、山と森の中を進んでいるので気は抜けない。

 あのモンスターには出会わなくても、別のモンスターと鉢合わせする可能性はあった。

 もともとゴブリンやコボルトが出回っていた地域である。

 もっと強力な存在がいてもおかしくはない。



 その事を警戒しながら進んでいた彼らの神経は、無意識に張りつめ、それが緊張となって心身に負担をかけていく。

 また、それが神経を研ぎすまし、変化に敏感にさせてもいた。

 だからこそ気が安まる暇もない。

 鈍感さは、平和の中にあって必要とされる貴重な才能である。

 木々の間を進む彼らは、神経質といってもおかしくないほど周囲に気を張り巡らせていた。

 だからこそそれを見つけてしまったのかもしれない。



「…………おい」

「ん?」

「あれ、あんな所に」

 先頭を歩いていた者が見つけた物を指す。

 その方向に目を向けた一同は、とたんに目を丸くした。

「家か? こんな所に?」

 山奥もいいところのこんな場所に、人が住むための住居と思える建物があった。

 彼らにモンスター退治を依頼した村も結構な田舎というか辺境にあったが、ここはそこより遙かに野外にあたる。

 狩猟を生業とする狩人の住居かもしれないが、そうであっても違和感を先に感じてしまう。



「ちょっと待て」

 一人が望遠鏡を取り出して様子をうかがう。

「…………人はいないようだな」

「無人なのか?」

「わからん。出かけてるだけかもしれん」

 どちらにせよ、誰もいないのは確かだった。



「行ってみるか? もしかしたら道を教えてくれるかもしれん」

「けど、いきなり攻撃してくるかも」

 ありえない話ではない。

 山賊・追い剥ぎがこのあたりを拠点にしてるのかもしれない。

 そうであれば、迂闊な接触はモンスターの遭遇と同じような危険を伴う事になる。

「まあ、行くだけいってみよう。ここかじゃ何もわからんしな」

 リーダーはそう行って山の中の家に向かう事にした。



 家というより小屋と言うべき建物は、遠くから見た時と同様にまったく人の気配がなかった。

 中に誰かいるかもと思って扉を開いてみたが、やはり人の気配はなかった。

 どこかに隠れてるかもしれないが、それが屋内という事もない。

 中には、ベッドがわりだったと思われるシーツを敷いた藁の束と、いくつかの鞄状の箱。

 そして、そこだけ違和感を放ってる机と文具が目についた。

 隠れられるような場所はどこにもない。



「なんだ、こりゃ?」

 疑問がすぐにわいてきた。

 狩人・猟師の家ならばそれらしい道具がある。

 山賊もそれは同じだ。

 だが、そのどちらも文具など使いはしないと思えた。



 ある程度簡単な読み書きなら子供の頃に習うものだが、文具まで備えるような狩人や山賊など滅多にいない。

 なんらかの記録をつけるよな几帳面な者も中にはいるかもしれないが。



「どんな奴が住んでたのやら」

 言いながら一行の一人が中に入って机へと向かう。

 文具や神の束から、何かをつかめないかと探るために。

 その場に落ちてる物品以上に、書き記された文などはその場にいた者たちの行いを示してくれる。

 同じように鞄状の箱を調べていく者もいる。

 金品がなくても、ここが何なのかを示す何かがあるかもしれなかったし、里への道を示す地図があるかもという期待があった。

 だが、出てきたのは予想もしなかったおぞましいものだった。



「おい、これ……」

「ん?」

 机においてあった書き置き調べていた者が険しい顔をする。

 何事だと思って、彼の示した紙束を手に取った者は、調べていた者と同じような険しい顔をしていった。

「なんてこった……」

 痛切な声をあげた男は、「他にも何かあるかもしれん、調べよう」と声を出した。

 入り口のあたりでその様子を眺めていた者が、「どうしたの?」と尋ねてくる。



「まずいぞ、ここは」

「何が?」

「ここにいたのは、とんでもない奴だ」

 言いながら、紙の束を差し出す。

「見ろ、これ」

「ん?」

 渡されたそれを見て、怪訝に思っていた者も顔を青ざめさせていく。



「これ……」

「ああ、そうだ」

 認めたくはないが、書かれている事実を無視するわけにはいかない。

「悪魔の呼び出し方を試したものだ」

「じゃあ……」

「ここにいたのは、悪魔崇拝者だろうな」

 居室だけで構成された小さな小屋の中。

 数人の冒険者たちの背中に戦慄が走った。



 狭苦しい小屋の中を家捜しして、周囲も調べていく。

 何かないかと調べあげ、見つけた証拠からやるべき事を考えていく。

 残された書き置きから、何度か実験が行われていたのは確認できた。

 その全ては失敗に終わったようだが、その都度修正や訂正を重ねて悪魔との接触を果たそうとしたのが伺えた。



 悪魔崇拝者が何を望んでこのような事をしていたのかは分からない。

 そえでも根気強さと几帳面さを感じる事はできた。

 残された書き置きがその証拠だった。

 鞄状の箱の中にも積み込まれた記録の数々もそれを示している。



 全ては、悪魔との邂逅を果たそうとする涙ぐましい努力の跡である。

 その努力をもっと別方向に進めていれば、名も知らぬこの悪魔崇拝者はそれなりに名と業績を残す事ができたかもしれない。

 しかし、悪魔と接しようと努めていた以上、無視して放置するわけにはいかなかった。



 それだけ悪魔という存在は、世の中にとって大きな驚異となっている。

 一介の冒険者でしかない彼らが必死になってそれらに対処しようとするくらいには。

 何より彼らを焦らせていたのは、最後の実験の結果が残されてない事だった。

 実験に必要な材料ややり方、手順を示したものはある。

 だが、事細かに結果を記していた悪魔崇拝者は、それについては結果を記してない。

 まだ使われてない紙や文具は残ってるにも関わらず。



 それは、実験に失敗して悪魔崇拝者も何らかの被害を受け、書き記す事ができなかったからなのか。

 実験は成功したが、やはり書き記すことができない状態になってしまったのか。

 どちらにせよ、結果を確かめる必要があった。

 食料の残りや帰り道についての心配もあったが、それよりもこの実験がどうなったかの方が気になった。



 あるいは。

 人里への生還が難しいと内心悟っていたからかもしれない。

 そうであるならば、せめてもの活躍をと思う心がそうさせていたのかもしれない。

 何にせよ二日目はそんな調子で過ぎていく事となった。



 三日目。

 食料の残りは心もとなくなっていた。

 それでも冒険者たちは、残量を気にする事無く食事をとった。

 腹が減っては戦はできぬ。

 残された書き置きや手記などから探り当てた結果から、彼らは悪魔崇拝者が用いた実験の場に見当をつけていた。

 そこに何があるのかは分からなかったが、何かあれば放置するわけにはいかない。

 出向いて、何かあればどうにかする。

 そのつもりであった。



 それに、幸いな事に帰り道についてのあては見つかった。

 こんな山奥に住んでた悪魔崇拝者であるが、食べるものもなくて生きていられたわけがない。

 それらを調達するために、時折人里に出ていたらしく、その道筋を示す地図が見つかった。

 冒険者たちがやってきた集落とは別のものであるが、二日も歩けば出向ける場所にあるらしい。

 それくらいならば、彼らにも踏破できると思われた。

 生きていれば。



 食事を終え、装備を調えた彼らは、緊張感を浮かべながらも小屋を出る。

 悪魔との接触を果たそうとして設置された、召還の場所へと。



 小屋から斜面を下っていった先。

 道とはいえない踏みしめた跡をたどった先にある鍾乳洞。

 雨風をしのぎ、気を充満させるために為に選ばれたそこが、悪魔崇拝者が選んだ召還場所だった。

「ひでえな……」

 前を進む戦士が顔をしかめた。



 近づくにつれ、魔法や超能力の素養を持たない者にも感じ取れるほどよどんだ気配が感じられるようになった。

 魔術や神々と交信する事ができる者はよりはっきりとそれを感じ取る事ができた。

「邪念がただよってます」

「最悪だ」

 示すところは同じ事をそれぞれ述べる。

 実験がどうなったかは分からないが、何にせよよい結果になってないのは確実に思えた。



「行こう」

 くじけそうになる心をおさえてリーダーが声をかける。

 一行は、おぞましい気配を漂わせる鍾乳洞へと踏み込んでいった。



 時折神官が厄除けの奇跡を用いていく。

 そうやって中に籠もった邪念をはらしていかないと、とうてい進めないほど中は汚染されていた。

 よどんだ空気は吐き気を催させ、立ちくらみを起こさせるほど身体に不調をもたらした。

 気持ちもだんだんと滅入るほどに。



 そのため歩みは遅く、神の奇跡を導引する神官の負担も大きい。

 それでも先に進むためにはそうせざるえなかった。

 松明とランプの明かりを頼りに先へと進む一行は、洞窟の中に作られた祭壇にたどりついた。

 意図的に作られた迷宮構造ではないため、迷うような事はない。

 意外と深い所まで潜る事にはなったが、一直線に目的地にたどりつく事はできた。

 そこにあった物は最悪であったが。



「あれか」

「うわあ……」

 召還の場所として用いられていたのであろう、広くなってる場所には、魔法陣が作られていた。

 その内側には、毛むくじゃらの塊が泡立つ水面のように淀みのようにうごめいている。

「あれが、悪魔か?」

「わからん。けど、ろくなもんじゃねえだろうな」



 正体は分からないながらも、それがまともなものだとは思えなかった。

 また、悪魔崇拝者の実験もおそらく成功したのだろうという事も察せられた。

 魔法陣の外に出てないのは幸いであった。

「あの魔法陣が、悪魔を閉じこめてるんだろう」

 魔術師が状況からそう推測する。



「倒す方法はないのか?」

「悪魔自体を倒せればいいけど。

 それか、長い時間ここに留めている何かを壊せば」

「どれだ?」

「たぶん、あの祭壇がそうだろうな」

 指さす方向には、それらしい台があった。

 いつまでも消えない蝋燭と、貢ぎ物らしい何かがのっていた。



「おい、ちょっと待て。あれは……」

「ああ、魔法陣の中にある」

 それは、魔法陣に閉じこめられてる化け物(おそらく、悪魔)の中に踏み込まねばならない事を示していた。

 数日前に遭遇した獣毛をまといった肉塊と同じものの中に。

 魔法陣の中でうごめく、数々の触手の中に。

 これ比べれば小型の化け物だった存在ですら手こずった。

 それよりも遙かに厄介なものの中に突入していくのは無謀にすぎる。



「なら、こうすりゃいいだろ」

 言いながら一人が、小弓を手にして矢を放つ。

 それは、魔法陣の中に飛び込み、祭壇へと向かっていった。

 しかし。

 魔法陣の中央にある祭壇を取り囲む化け物の触手で矢は叩き落とされた。



「ダメか」

「どうする?」

「一度戻って、通報しようか?」

 別の誰かがそう提案する。

 それも考えていた事だった。



 もし相手が協力だったら彼らではどうにもならない。

 より強力な力をもってる誰かにたくすために、人里に戻ってしかるべき場所に通報するのが最善であった。

 もちろん、それだけの猶予があればだが。

 幸いにも目の前の化け物は魔法陣から出てくる事はできないようだった。

 ならば、まだいくらかの猶予はあると思われる。

 しかし、それも断念するしかなくなる。



「おい、後ろ!」

「なに!」

 背後を警戒していた一人の声に全員が振り返る。

 見ると、彼らに襲いかかった獣毛の肉塊が入り口の方からやってきていた。

「いつの間に」

「どうする、出口ふさがれたぞ」

 少なくとも彼らが来た道は、化け物によってふさがれていた。

 鍾乳洞を進めば別の出入り口を見つける事もできるかもしれないが、それを見つける余裕があるかどうか。

 悩んでる時間はない。

「しょうがない、あの祭壇を壊すぞ!」

 一番手間がかかる手段をリーダーは選択した。



「正気か?!」

「うまく行けば、後ろの化け物も倒せるかもしれん」

 確証はない。

 だが、祭壇が入り口をふさぐ化け物もこの世に留める力になってるならば。

 まとめてこの化け物を消す事ができるかもしれない。

 もしそうならば、という可能性の話であったが、リーダーはそれに賭けた。

 一行もそれに挑んでいく。



 幸い、背後からの化け物の動きは遅い。

 彼の所にまでたどり着くまで時間はあった。



「でも、どうやって突破すんだよ」

「まあ、やるだけやってみようや」

 言いながらリーダーは、小屋からもってきた道具の一つを取り出す。

「うまく使えりゃいいがな」

 それを魔法陣の中に放り込む。

 水袋に入れられていたそれは、中に入ると獣毛の上に拡散していった。

 そこに松明を放り込む。

 魔法陣の中に炎が燃え上がった。



 ぎゅええええええええ!



 悲鳴が洞窟内に反響していく。

 帰りの道中で明かりにしようともってきていた油は、ほどよく燃えてくれた。

 その部分だけ触手が消える。

 どうやら炎への耐性はそれほど高くはないらしい。

「行くぞ」

 言いながらリーダーは中へと進んでいく。



 炎で燃え上がったとはいえ、まだ中にある触手は数大追い。

 うごめく肉塊も大部分が生き残ってる。

 危険はいまだ残っていた。

 だが気にしても居られない。

 剣と松明を振り回しながら、中へと踏み込んでいく。



 そんなリーダーに続いて、盗賊や戦士も続いていった。

 魔術師は突入する三人の援護として、防御の魔法をかけていく。

 また、仲間の武器に魔力を付与していく。

 一般的な武器でダメージを受けない霊体や悪魔も、これである程度ダメージを与えられるようになる。



 神官は背後から迫る化け物に除霊をこころみる。

 これが悪魔ならそれなりの効果があるとみこんで。



 思ったとおり化け物は、除霊が施された瞬間に後ずさりした。

 効果を確認した神官は、今度は魔法陣に向けて除霊を施してみた。

 ほんの少しだが、触手の動きが鈍った。

 だが、消耗が激しく、それ以上の除霊を行う事はできなかった。

 もとより悪魔による邪念が充満してるので、神の助力を導きにくい。

 効果をあらわすために、神官はいつも以上に精神を消耗してしまっていた。



 かわって魔術師が背後からの援護を行っていく。

 防御・攻撃の補助としての魔法を施してからは、精神を直接ぶつける魔術で攻撃を仕掛け続けていく。

 人間相手なら結構な効果をあげる攻撃方法だが、さすがに悪魔相手だと分が悪い。

 それでも魔法陣を突破しようとする仲間の援護にはなった。

 だが、中に入っていった者たちの苦戦は免れない。



 魔法陣の縁から祭壇のある中央までの数メートルを進むのに時間がかかる。

 残った触手による打撃が彼らを打ちすえる。

 鎧や盾がそれを遮り、霧おろされる剣や押し当てられる松明が触手や肉塊を退けるが、進行はどうしても遅くなる。

 普通なら数秒もかからず駆け抜けられる距離を、少しずつ少しずつ進むしかない。

 それでも、彼らは確実に前へと進み、祭壇まで到達していった。



「そら、よ!」

 横殴りに剣を一閃させた戦士によって、祭壇の上のものが放り出される。

 供え物や蝋燭などが床の上に転がった。

 その途端、うごめいていた触手や肉塊が止まった。

 入り口の方から迫っていた化け物も。



「やったか…………?」

 神官がつぶやく。

 その言葉通り、魔法陣や背後の化け物が輪郭を崩して体をボトボトと崩壊させていく。

 特に魔法陣の中では、化け物が次々と溶け落ちていった。

 まるで、魔法陣そのものが大きな穴になでもなったかのように。



「まずい!」

 魔術師が叫ぶ。

「早くそこから出ろ!

 魔界に取り込まれるぞ!」

 叫び声が届くや否や、中にいた者たちが外へと走り出す。

 その足が、一歩一歩進むごとに、ズブ、ズブ、と地面にめり込んでいく。

 泥だらけの沼に踏み込んでいくように。



「魔界と接点ができてる……」

 あわてて魔術師は、荷物の中からロープを取り出す。

 それを魔法陣の中に放り投げ、その反対側を近くの岩にくくりつける。

「急げ!」

 ロープを手に取った仲間たちがそれを掴んで外へと無かう。

 足下がおぼつかない彼らにとって、それが確かな手がかりとなっていった。



 その背後で、肉塊から浮かび上がった何者かがあらわれる。

 人の形を一応は保ったそれは、冒険者たちが握ったロープを掴み、やはり外へと向かおうとしていた。

 しかし。

 魔法陣の外に出たリーダーたちは、その人間ともいいがたい人影を見るや、ロープを切り捨てる。

 頼りの命綱を失った人影は、骸骨のような表情を作っていた顔に絶望の色を浮かべて、魔法陣の中の奈落に落ちていった。



 黒ずんだ影のような肉塊の残骸が、穴のような何かに落ちていく。

 その全てが消えたあと、そこには倒れた祭壇と、魔法陣の円が残った。

 蝋燭や供物は消えていた。

 入り口のほうの化け物も完全に姿を消している。

 冒険者たちはそれをただ呆然と見つめるしかなかった。



「なあ」

 しばらくして一人が声をあげる。

「あれ、なんだったんだ?」

「なにが?」

「最後にみた、あの人みたいなの」

「さあなあ」

 それは誰にも分からない。

 だが、

「おそらく」

 神官が口を開く。

「こいつを呼び出した悪魔崇拝者なんじゃないかな」

 当てずっぽうの推測でしかない。

 しかし、否定する材料もない。

「魔界と通じた者は魔界に引きずり込まれる……か」

 魔術師の呟きが、あるいは正解なのかもしれなかった。



 それから二日後。

 冒険者たちは地図に記してあった人里へとでる事に成功した。

 そこから近くの領主の所に出向き、事の次第を通報。

 報せを受けた領主はあわてて中央へと使いを派遣。

 結果がでるまで冒険者たちは領主の館に逗留(という形の足止め)となった。

 情報の真偽を確かめるまで解き放つわけにはいかないので、これは冒険者たちも納得するしかなかった。



 それから一週間ほどでやってきた中央の役人による尋問などがあらためてはじまり、冒険者たちは更に一週間ほど領主の館に逗留する事になった。

 また、現地への案内と状況検分にも同行させられた。

 なんだかんだで一ヶ月ほど拘束されてから、ようやく帰路につく事ができた。



 あらためてゴブリン・コボルトなどのモンスター退治の報酬を受け取り、彼らの今回の仕事は終わった。

 悪魔召還などの出来事の通報と解決のかどで金一封ももらう事はできたが、苦労に見合った収入といえるかは悩ましいところである。



 それでも彼らは、予想外に大きなレベルアップという無形の報酬を手にする事もできた。

 それにより、それなりの力をもった冒険者となった彼らはより危険で、しかし報酬の大きな仕事にありつく事もできるようになる。

 舞い込む仕事も増えるようになり、とりあえず食いっぱぐれを心配しないですむようにはなった。

 面倒で手間な仕事ではあったが、もたらした成果が与えてくれたその後は、それほど悪いものではないかもしれない。



「しっかし」

「おう」

「こう面倒な仕事ばかりじゃきついな」

「まあな」

「どうにかならんもんかなあ」

「まあ、これが神の与えた試練と思って」

「いやいや、そりゃ勘弁」

「あーあ、前みたいにゴブリン退治とかでもできりゃあなあ」

「本当、今なら簡単にケチらせるんだがな」

「なかなか上手くいかねえな」



 レベルが上がってもままならない状況に流されながら、彼らは今日も冒険へと向かう。


 ファンタジーというか冒険者ものというか。

 そういったものを書くとこうなるという見本と思ってもらえれば。

 特に山や落ちもないとは思うけど、それなりに楽しんでもらえればありがたい。



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