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 旅の往来は様々だ。いろんな商人、道化師などに出くわす。

 娘々ニャンニャンは楽しそうに一行の後をついて行きながら、ふと後ろに離れて歩く斬首ザンシュに気付いた。さりげなく、斬首の隣へ歩み寄る。


「あたしさあ、こんな大きな通り初めてだなあ。だからすっごく楽しい。ああっ、道化だっ! あたし小さいころ猿回しっての観たくてさ。でも、観られなかったんだよね。これから歩いていれば観られるかなあ。猿って可愛いんだあ。あたし動物って好きなんだけど。犬以外はね。斬首は? 何が好き?」


 ぎろり、と斬首は鋭い目つきで娘々を見た。


「何か」

「え?」

「何か用か」

「べ、別にないけど」


 たじたじしながら娘々は答える。


「なら用もないのに来るな」


 一切をよせつけない強い眼差し。


 すごすご、と娘々は後ろへと下がった。


 あの目、ダメだなあ。心臓に来るよ。

 ドキドキと波打つ心臓に手をやって娘々はため息をついた。

 斬首は人を寄せ付けないんだ。こんな調子じゃ、いつまでたっても……。


 とぼとぼと下を向いて歩く娘々は再び息を深く吐いた。


 そうだ。

 ぴん、と娘々は顔を上げた。

 邪魔にならないように、そばに居るくらいなら。

 とたとた、と早足の斬首の隣になんとか娘々は追いついた。


「……」

「……」


 沈黙が続く。

 またもや、鋭い刃のような瞳を斬首がくれてきた。

 それに返し、娘々はえへっ、と笑みを浮かべて顔を崩す。


「消えろ」


 無情なばかりの声があたりに響いた。――



 ――再び、娘々は斬首から離れ前を歩く旅人の一行に加わった。


「大丈夫?」


 娘々の顔を覗き込むようにして聞いてきた羅合ラゴウに娘々はえへら、と笑みを返した。


「どうも……あいつは容赦のない奴だな。相手が女子おなごでもああか」


 大蓮タイレンはしょうがない、というようにため息をついた。


 どうやらこの旅の者どもの役割が分かってきた。

 大蓮は商売を主とし、羅合はそれを助長している。

 鹿石ルーシーは珍品売りと水占いで金を稼いでいる。

 そして虎龍コリュウと斬首は用心棒、というものらしい。

 ただ店先に立って客を睨むだけの虎龍と何もしない斬首を見て娘々はそう思った。虎龍が斬首を快く思っていないのはそういうことかもしれない。斬首は虎龍のことなぞ気にもかけてないが、虎龍は明らかに斬首を敵視している。


『斬首は、虎龍の後から雇ったんだが。虎龍は自分がいるのに、と面白くなかったんだろうよ。だが、しょうがない。ヤツの腕を見れば……力の差は一目瞭然だからなあ』


 朝に言った大蓮の言葉を娘々は思い出す。


『虎龍の奴もたいしたもんだが。斬首の奴には閉口する。わしらだってできれば強い奴を雇いたいからなあ』


 それはもっともだ。

 昨晩の月夜。斬首の腕は本物だった。

 一切を切り倒す神速の剣。底冷えがした。


『どうやら自己流の剣らしいが。あいつは生まれついての剣士だな。一生、わしのような並みの商売はできないだろうよ。ああいうツラでは客商売は無理に決まってるがな。名前は人を表すというが……因果な名前をつけられたものだ。「斬首」とはな。聞いたかい? 由来を』


 そこで娘々は初めて斬首の名の由来を知ることとなった。


 この国の北東部、武漢ぶかん市の刑場で斬首は生まれた。

 武漢とは、北から侵入する異民族『霜族しもぞく』の一斉狩りをしたことで有名だ。おそらく斬首は霜族の生き残りかもしくは混血児だろう、と大蓮は言った。


 霜族たちが刑場で転がっている中、一人の女の股の間で赤子が泣いていたという。

 死体から赤子が産まれる話は聞いたことはあるが場所が場所なだけに異様だ。

 その赤子は首狩り人の気まぐれで育てられ、斬首と名付けられた。

 ――というのが斬首本人から聞いた概要だ。

 斬首は自ら語ろうとはしないし、この話は大蓮が根ほり葉ほりきいてやっとつなげた話だというからすべて正しいのかどうかは疑問だが。――


「娘々は旅の目的はあるの?」


 隣の羅合にそう聞かれ、ぼんやりしていた娘々は、は、とした。


「目的ってのはないけど。ただ、往来を歩いているうちに良い名前の人に出逢えたらなあ、て。あたし、前にも言ったと思うけど……」

「ああ、今の名前がいやなんだってね」


 羅合は爽やかに笑った。


「分かるよ。俺も名前を変えた口だから」

「そうなの?」

「ああ。俺の生家は貧しくてね。俺が生まれたとき両親は僧にするか小姓にするか迷ったみたいだけど売り金が入る分、娼家に売り渡してそれっきり。物心つくまでは『芙蓉ふよう』ていう女の名前で呼ばれてた」

「そうそう。女の子のなりをして髪を結っていてな。女童にしかみえなくてなあ」


 大蓮が口を挟む。


「給仕をしていた俺を大蓮様が拾ってくれたんだよ」

「目の前にいる女童に酒の名前を聞くと、由来、産地、その上歌まで聴かせるじゃないか。なんと賢い女童だろう。男の子なら良かったのに、というと『わたしは男童です』と可愛い声で答える。まいった」

「大蓮さまのお子様は皆、姫でね。手伝いさせる男の子の手がちょうど必要だったんだ」


 大蓮は北部の紫明しめい市に実家があり、妻四人とその娘十人がいるらしい。この旅も、南の商業都市である商人と契約を交わし終え、実家に戻る途中だった。


「大蓮様に新しい名前をもらって家にも住まわせてもらった。本当にありがたかったと思うよ。そうでなければ今頃自分はどうしてたんだと思うとぞっとするよ」


 はは、と軽く笑う羅合を娘々はじ、と見つめた。


「『芙蓉ふよう』という名前はどうだい? あでやかで美しい名前だよ」


 羅合は娘々に微笑みかける。


「それより君ならもっと可愛い花の名前がいいかな。菫、橙……紅雀とか」

「紅雀はやめときな」


 それは予期しない方向からの言葉だったので娘々、大蓮、羅合の三人は驚いて声の主を振り返った。


「縁起の悪い名だ。字数も悪い。……なあ爺さん」


 虎龍コリュウの声に馬が引く荷台に座っていた鹿石ルーシーはふごふごとなにやらつぶやいて頷いた。


「ほお。お前に姓名判断のいろはが分かるとはねえ。意外や意外」


 大蓮のからかうような声の響きに


「紅雀は一輪だと愛らしいが群れて咲く様子は戦場の血の跡のようだと先人の詩によく使われてるぜ」


 臆することもなく虎龍は続ける。


「虎龍さんは詩文の方面にも興味がおありなんですか」


 感心して羅合はほう、とため息をつく。


「愛らしい嬢ちゃんにはその名は不吉すぎるぜ……と言いたいところだがまあ本当のところはどうかな」


 虎龍は舐めるような視線で娘々を見る。


「女の一人旅、てのは聞いたことがねえ。それに、背に持っていたあの武器」

「虎龍」


 たしなめる大蓮を手で制して虎龍は言った。


「隊商に得体のしれない奴がいるってのは厄介なもんよ。どんな禍事をいつしょいこむかわからねえ」


 皆が押し黙る中、娘々はえへら、と笑った。


「わかったよ。ちょうどいい。ここでもう一度紹介がてら、私の一芸を見せるよ」


 娘々はとたとた、と後ろの荷台から昨日背に負っていた大きな代物を取り上げた。


「さあ、はなれて、はなれて」


 皆が注目する前で娘々はそれを上空へと持ち上げる。


「寄ってらっしゃい、観てらっしゃい。西方から渡来の玉鎖鞭ぎょくさべん。演舞を観られるのはこの地方では今日かぎり」


 そう言い放つと、娘々はそれを回転させた。


 鎖鎌くさりがま。その要素もある。

 棍棒こんぼう。それにも近い。


 娘々の身の丈三分の二はある棒の先には巨大な球が両方に着いている。中心はおそらく蒟蒻で周りを紐で巻いたのに、猫かなんかの皮で覆ったものらしい。そして、片方の端からは鎖がつけられておりそれが今、空を切って舞っていた。

 相手を近づけさせない、攻防一体の武器。

 棒の先の球で来る相手を突く。敵が大勢の場合は鎖で間合いをつくる。

 どちらにしろ、相手に相当の痛手を負わせることになるだろうと思われた。

 しかし、皆が見惚れたのはその珍しい玉鎖鞭ではなく、娘々の身の軽さだった。しなやかに身を操り、音も立てず地から地へ着地する。布でできた刺繍入りの靴には羽でも生えてるのかと思うほどだ。

 ふいに、娘々が回転し始めた。玉鎖鞭もひゅんひゅん、と音を立てて娘々の頭上で回り続ける。


 いつの間にか往来の人々が娘々を囲むようにして立って見ていた。

 小柄でなかなかの美少女が笑顔で大立ち回りをやっているのだ。

 しかも見たこともない代物をもっているのだから無理もない。


 回転していた娘々が突如立ち止り、地にとん、と玉鎖鞭をつけた。勢いづいた鎖がしゃらしゃらと柄に巻きつく。そのまま娘々は柄をもちくるり、と身を翻す。

 ひゃ、と近くに立って見ていた女が声を上げた。

 すんでのところで球の先は虎龍の喉元で止まる。


「『古城の庭 春夜の美酒 月下の草原紅雀咲き散らし』」

「『戦人の血の跡に似たり 兵ども幾人か帰らん』」


 剣を抜こうとしていた虎龍はそのまま娘々の続きをうたう。

 に、と娘々は笑った。


「あなた、とても学がある。昔、役人を目指して科挙かきょを受けたでしょう」

「……」


 虎龍は答えない。


「そうなのか?」


 大蓮が目の前の二人のやりとりに動揺し、目をぱちくりさせた。


「ほお、だとしたら合点がいく。詩経、易経やらすべての五経に通じてんといかん」

「……私に玉鎖鞭を教えてくれた師匠は西方から流れてきた異人だった。学が好きな人で科挙かきょを何回も受けていた。異人だから合格するわけがなかったけれど」


 娘々は玉鎖鞭を虎龍から離すと微笑む。


「おかげで私も側杖をくって少しは学をかじらせられたんだよ。今まで師匠に随行して寺社巡りをしてたんだけど、先日師匠が亡くなったんだ。だから当てもなく一人で放浪することになったんだ」


 チャリン、と澄んだ金属音がした。

 足元を見ると、鈍く光る銅貨が転がるところだった。


「いやあ、なかなか見物だったぞ」

「面白かったぞ、嬢ちゃん」


 周りで見物していた人々が手をたたいて娘々を讃えた。つづいて次々と銅貨が娘々に投げられる。


「ありがとうございます」


 えへら、と娘々は皆に向かって笑った。


「おお、立人。さあ、拾った、拾った」


 大蓮が急に眼の色を変えてそばにいた立人に促す。しぶしぶ、と一番地面に近い子供の立人が腰をかがめて銅貨を拾うことになった。


「成程。紅雀とは言いえて妙だな」


 にやり、と浅黒い肌の顔を歪めて虎龍は娘々を見下ろす。


「?」


 娘々は分からない、と首を傾けた。


「字面の通りさ。紅色の衣装をまとって演舞している嬢ちゃんは赤い雀が飛び跳ねているのにそっくりだったぜ」

「な、なんだってええ!」


 うきいっ、と娘々は再び玉鎖鞭を持ち上げる。


「まあまあ、とても可愛かったよ。見とれたよ。外見から想像もつかないけど娘々は武芸達者なんだ」


 羅合が間に入って取り成す。


「それでどうして俺たちの一行に加わろうと思ったの?」

「それは」


 娘々は玉鎖鞭をおろし目を伏せて恥ずかしそうに答える。


「それは斬首に一目惚れしたからよ」

「……娘々」


 気の毒そうに羅合は告げる。


「可哀想だけれど今の娘々の活躍を彼は全くみていなかったみたいだよ」


 そう言って羅合は前方の遥か彼方を歩く斬首の後姿を指す。


「ええっ! どうして!? ひどい、斬首!」


 はっは、と虎龍が大口を開けて笑った。ぷーと、頬をふくらませる娘々を羅合がなだめる。


「まあまあ、まだまだ旅先はながいんだから」


 立人から銅貨を受け取り数えていた大蓮に虎龍は耳打ちした。


「大蓮さん。あの娘は役に立ちそうだ。思わぬ伏兵になる」

「ああ。わしもそう思っていたところだ。路銀集めに事欠かん」


 ほくほくと大蓮は笑って答えた。

 そういう意味ではないんだが。言おうとして虎龍は止めた。

 どうせ武をかじったこともないものに今の演舞が分かるはずもない。分かるとすれば、それは自分と斬首。彼も気づいただろう。いや、元から知っていたか。

 娘々のそれはまぎれもなく、大量殺戮の技だ。しかも相当の手練れだ。女一人でいままで無事だったのもうなずける。


 玉鎖鞭ぎょくさべんか。以前、武器大全を見たことがあり知っていた。

 あんな武器だったとは。たしかぺるしあ・・・・以西の蛮器として載っていた。奇妙な形状だったので記憶に残っていた。戦い方までは詳しく書かれてはいなかったが。

 娘々の師はぺるしあ・・・・あたりから流れてきた武人だったのだろう。

 そういえば娘々も西方の血が流れているような気がする。

 異人は大柄と決まっているが娘々は小柄だ。

 しかし、色素の薄い髪や瞳の色、手足の身丈に対する長さの割合、それになにより目鼻立ちの造作は西方人に近い。

 この国広し、民族は様々と言えど、ああいう顔立ちは混血の多い西方のしかも南に近い地域でしか見られないものだ。


 娘々は南方の生まれだ。虎龍は結論付けた。

 虎龍自身も南方の海辺でうまれたのだが、南方には忌み名信仰というのがある。この世に生を受けた時与えられた名前によって、自らの運命がさだめられてしまう、という信仰だ。

 娘々の本名云々の話を聞いた時も、虎龍は理解できたが虎龍以外は北方出身なので首をひねったにちがいない。

 名前などすぐに変えればいいと思っただろう。

 そうはいかないのが南方人で名前は天から与えられたものとしてそうたやすくは変えることができない、というのが鉄則なのだ。

 名前とは本来与えられるもので、主人や親から慶事を成したときなどに褒賞として与えられるのが普通だ。

 南方の民話には主人公が最後に成功をおさめ、王や主人から名をもらいうけるという話、豪傑な勇者が猛者と戦い、勝利の暁に名を譲り受けるという話が多い。娘々もその影響を色濃く受けているのだろう。


 虎龍も両親から強い武人になるようにと名をつけられた。それに反して文人を目指した顛末が今は用心棒をやっているところをみると、忌み名信仰はあながち馬鹿に出来ないかもしれない。


 科挙か。嫌なことを思い出させる。

 来る日も来る日も知識を詰め込んだのは、いつのことだったか。今ではもう遠い日の夢のようだ。

 虎龍は目の前で羅合とはしゃぐ娘々を見つめる。

 娘々はカンがいい。気をつけないとこちらのすべてを気取られてしまう。

 彼女とは距離を置いて接さないと。

 そう思いながら、虎龍は先程久しぶりに大声で笑った自分に気付いていなかった。

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