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「うそつき、斬首ざんしゅ!」


 爽やかな朝。

 往来から外れた林の中で、野宿していた一行から少し離れた木の上にいる彼に彼女は声をかけた。

 紅い服を着、髪を耳上で三つ編みにして団子に結わえた少女はふくよかな胸をつきだすようにして木の上を見上げる。白い肌、茶色の髪、緑と茶色の混ざったような瞳の少女の顔立ちは十人のうち十人が振り返るほどの美少女だ。

 やや高めの声は伸びやかでよくとおった。


「あのひとたちと旅してるなんて嘘じゃないのさ! どうして嘘つくの!?」

「……」


 木の上で寝ていた斬首は起き抜けの顔で少女を冷たく見下ろした。

 ぼろぎれのような布にくるまっていた斬首は、目のあたりまで伸びた不揃いな前髪の下から少女を鋭い目でとらえると無感情な声で答えた。


「嘘だと思うならそう思ってくれて結構だが」

「え」


 少女はドキ、とする。


「だ、だってなんでいっしょに食べないの? 一人で木の上にいるの?」

「あいつらといるのは移動しているときだけだ。ただ、いっしょにいるのが面倒くさい」

娘々ニャンニャン!」


 後ろから肥った男が声をかけた。

 娘々は背後で円状に座り込み、自炊した朝餉をすすっている男たちを振り返る。


「ほっとけよ。そいつはそういう奴なんだ。はやく、こっちに来な。冷めちまう」


 肥った男は椀の中の粥をすすりながら舌打ちした。


「だって……」


 少女は男と斬首をかわるがわる見る。


「娘々? それがお前の名か?」


 斬首が聞いた。


「あはっ、違うよ。こんな名前あるわけないじゃないのさ。あざなだよ。あの人たちにはこう呼んでくれるようにたのんどいたんだ。だからさ、斬首もあたしのこと――」

「うるさい。まだ寝るから向こうへ行け」


 斬首は一言そう言い捨てると木の上で体勢を整え目を閉じた。


「……」


 しばらく娘々はその場所にいたが、くるり、と身を返して男たちのもとへ帰った。


 やだなあ。昨日のあれ、あたし本気で言ったのになあ。冗談だと思われてるのかなあ。


 昨夜の告白を娘々は思い浮かべる。


 それともそれをわかったうえであんな態度とられてるわけ? あたしって魅力ないんだ?


 自分が美少女だと認識していた娘々はがん、とショックをうけた。


 そうそうにふられたの? あたしってば……。


「娘々! 娘々!」


 太った男の呼ぶ声に娘々は、は、とする。


「な、何?」

「さっきから何回も呼んでいるのに。上の空で、どうした」


 太った男は大連タイレンといってこの旅の一行の中心人物だった。服や布等を扱っている商人で、この旅は妻子のもとへ帰る途中だという。着ている服は豪奢な刺繍が入っていて、長髪は背で細い三つ編みにして垂らし、鯉のような髭を鼻下から伸ばしていた。


「まだ、ちゃんとした自己紹介をしていないな。ほら、みんな見てる」

「あ、はい」


 娘々は思わず、姿勢を正して正座した。

 その様子にぷ、と笑いながら話しかけてきたのは若い男だった。


羅合ラゴウだ。よろしく」


 背の高めの人好きのする顔つきをした好感のもてる青年だった。

 年は二十ぐらいだろうか。あっさりした顔にすっきりとした短髪が似合っている。


「どうも。よろしくお願いします」


 ほ、として娘々は手をさしだした。


「そして、これが鹿石ルーシー。爺様だ。丁重にな」


 大連の言葉に胸辺りまで伸びる白いひげで埋め尽くされた口がもごもご動く。長い白髪の奥にのぞく目がこちらをとらえた。


「ん? なんだって?」


 大連が爺様のいっていることを聞きとろうと口もとに耳を近づけた。


「ああ」


 大連は頷いて楽しそうに娘々を見た。


「あんたがべっぴんだと。うれしいそうだ」


 娘々はぺこり、と鹿石に頭を下げる。


「で、このボウズが立人リーレン


 背の低いガリガリの七歳くらいの少年がこっちを見ていた。長筒形の帽子を目深にかぶっており、小さい顔が更に小さく見える。


「よろしく、立人」


 娘々は笑みを浮かべて手を差し伸べた。


「けっ!」


 少年は野卑に顔を歪ませて唾を吐きかけた。娘々は手をひっこめて、おどろいたように見つめる。


「くそくらえ!」


 立人はそう言い捨てると後ろを向いて去って行った。

 一見、くりっとした目の可愛い少年だったので意外だった。


「すまんなあ。斬首の次に無愛想な奴でな。一番、手に焼いておる」


 大連が頭に手をやりため息をつく。


「わしらと一緒に行動するようになって二カ月あまりじゃ。あの子の家族が盗賊どもに襲われとったのを斬首が助けて連れて帰ってな。みなしごだ。なかなか打ち解けてくれん」


 へえ、斬首が。

 少年が駆け去っていく後姿を娘々は見やる。


「さて、と」


 低い男の声に娘々はその方向を見た。


「最後だが俺が虎龍こりゅうだ」


 色黒でひねたような目つきの胡散臭い男が手を出してきた。

 年の頃は四十。

 身なりはそうでもないのに汚らしい感じがするのはその顔つきのせいだろう。とにかく下品そうでからみつくような視線が娘々は気に入らなかった。


「おねがいします」


 娘々はその手を握る。

 とたんに男は力を込めて娘々の手を握りしめてきた。


「なかなかいい娘だ。あいつのどこを気に入ったかしらんがあんた、物好きだな。……しかしあいつもたまには役に立つことをするもんだ。何を考えてるか分からねえし、暗くそばにいやがるだけだと思っていたのに。褒めてやってもいいな。こんな上玉を連れて帰りやがった」


 娘々に息を吐きかけながらそう男は言って下卑た笑い声をたてた。


「よろしくな、べっぴんさん」


 そうして、やっと娘々から手を離す。


 ヤな男。

 娘々はそっと虎龍とにぎった手を服で拭く。


 それに斬首を悪く言ったな。仲も悪そうだ。


 用でも足すのか、ハハハ、と笑いながら木立の中へと去って行く虎龍の背中を娘々はにらみつけた。


挿絵(By みてみん)

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