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月夜の邂逅

挿絵(By みてみん)







 南東のからす門はそろそろ朽ちかけた風貌をあらわにしていた。

 ところどころ赤く塗りたくった色が落ち、木肌が見えている。

 この門は塀に囲まれたこの花黄月市の外れにあるのだが、昼間は有象無象どもでにぎわっていた場所も子の刻がすぎた深夜では人っ子一人通らない。

 門の上では姦しい烏どもが羽を休めていた。奥の方では藁などをよってつくった巣らしいのものぞいている。

 ここの烏どもはしょうのない無礼者であった。通行人の頭をつつきまわし流血させるなんて毎度のことで、すきさえあらば食料をかっさらった。一羽二羽ならまだいいだろうが、それこそ十、二十羽の集団で襲い掛かってくるのでだれも手出しはできない。

 そういうわけで、この門の下を通る者はたえず荷をしっかりと胸にいだき、頭上をびくびくと気にしていなければならなかった。


 だいたい、昔からここはそいつらどもの聖地なのだ。


 遡って十年。

 国が戦乱の世から抜け出し、再興にむかってうごきだすまではここは死体の山だった。

 治安は悪く、自らの私腹を肥やすために殺された輩どもの骸が重なりあって打ち捨てられた。

 もとからここは罪人の獄門刑場だったのでとやかくいうものはいなかった。

 ということは、さらし首の場とされてから百余年あまり、ここはからすどもの住処だったわけだ。

 それが五年ほど前に国令で獄門刑場を他に移し、そのままになっていた白骨などを取り除く作業が行われ、市の往来とすることになったのだから、烏にはさぞ迷惑な話だろう。

 今日では、烏どもは自分たちの長年の領土に踏み込んでくる人間たちを領主ヅラをして冷やかに見下ろしていた。


 門の両端には犬のような木像が空を見上げていた。頭がはげたりしているのは上にあった玉をとられたりしたためで情けない有様だが本来は威厳あるよう名のある彫師に彫らせた獄門場に似つかわしい代物であった。頭は虎、身体は猿、手指は蜘蛛のように長く尾は蛇という異形。

 百年余りの間守ってきた役目をこれからもはたすかのように胸をそらせて立っていた。

 その肩には赤い目をした烏がいて、がんがんと嘴を削るために象に打ち付けていた。

 空に覆っていた雲がよけられて、さっと月光が差し込んだ。

 月光に照らされた烏はその瞬間、何かの気配に気づいたように別方向を見た。

 その目は闇の奥をじっとこらすように見据えている。

 門前の路上に、月に照らされた人影が長くのびた。

 突如、その人影は立ち止る。同時に、こうこうとした月光がその姿をとらえた。

 中肉でやや小柄な体型だ。頭に深く安っぽい赤い布をかぶっている。

 そのとき、烏の目はハッとしたようにまた別方向に向けられた。

 ざ、と周囲から土埃をたたせる足音が聞こえる。足音はにじりよってきて、人影を中心に囲むようになった。

 囲まれた人物は怯えたように身をすくませた。


「お主、何奴。このような夜更けに」


 取り囲んでいた数人の中の一人が、ひとあし前に進んだ。


「見れば、ぶっそうな代物を持っている。よもや敵討ちではあるまいな。それならば寝込みを襲って死に至らしめるなどという理不尽な行為、我ら見過ごすわけにはいかぬ。我らは治安を守る自警団である」


 中心にいた人物は肩から背負っていたものをおろして、ため息をついた。


「……私は敵討ちでもなんでもない。敵討ちは三年前から国で禁止されているからな。みすみす自分を殺すような真似はしないよ。……私はただ旅路を急いでいただけだ。遅れを取り戻すために。だからどうかそこをお通しねがいたい」


 その声は明らかにうら若い女の声だったので、囲んでいた数人の中からひょおっ、という感嘆の声が漏れた。


「……まて。気が変わった」


 さっきの声とは違い、粘度を帯びた声で男が言った。


「我らといっしょに来てもらうことにしよう。さっさと武器を置け」

「すまない。これは片時も身を離すことができないのだ」


 女はそう告げて、その代物を胸に抱く。


「ならば力ずくでも来てもらうことになるぞ。いいのか?」


 周囲を取り囲む男たちが腰を落として身構えた。

 るらあーっ、るらあーっと、烏が騒がしくわめきたてた。

 女は軽く息を吐いた。


「……念のために聞くが。あなたの名は?」


 男は驚いたように身じろぎしたがすぐに返した。


「人の名を聞くときは、自分からまず名乗るのが道理だろう……」


 そう言って、刃渡り1メートルはあるかという大きな代物をだす。


「成程」


 女はかすかに笑った。


「それはそうだ」


 雲が月の光を遮った。

 一斉に男たちが女へと飛びかかった。女は胸に抱いていた武器を構える。

 その時、その様子を見守っていた烏が赤い瞳をまた別のところへ移した。……


「安心しな!……俺の名はお前をやってから殺す前に教えてやるぜぇー!」


 金属のぶつかりあう鋭い音が始めにしたあと。


 ザシュ、ザシュ、ザシュ、と素早く暖かい肉を切る音が続いた。


 あわれ、女はふりかざす大きな刃の餌食となったのだろうか……?



 いや、違った。

 次に月が顔を見せた時、あたりに転がっているのは男たちで、女は中心であっけにとられて立ちつくしていた。

 何がおこったというのだろう――?

 女は何も手を出していないのだ。

 自慢の武器をふるうことなく立ちつくしていただけなのに男たちは血まみれで微動だにしなくなっている。仰向けに倒れた男の見開かれた目は白目をむいていた。

 そのとき動かない、と思っていた男たちのうちの一人がむくり、と立ち上がったので女は死ぬほどびっくりした。


「最近、あたりを荒らしていた野盗だ」


 闇の空気そのものに溶ける声だった。

 背はそれほど高くはない。どちらかといえば、小柄だ。

 男は女の見ている前で手にしている刃をびゅ、と振った。野盗のものであろう血があたりに飛び散る。

 そしておもむろに男は刃を転がっている男の服でふいた。


「あ、あなたは……? 自警団……?」


 おそるおそる女が聞くと男はこっちを向いた。

 細身の身体、野性の獣のようなつりあがったきつい目。


「なんだ。女か」


 まだ少年。そう言った方がいいだろう。

 少年が吐いた言葉は男だと思っていたのに違った、という素直な驚きを示していた。


「お前」


 カシャン、と刃を腰のさやにおさめて、少年は刃のような瞳でこっちを見た。


「もし、あいつらの思い通りになってたらどうなっていた?」

「?」

「どうなっていた」


 あまりにも鋭い視線に女はドキドキした。


「あ。たぶん……」


 波打つ胸の音をおさえて、女は答える。


「身ぐるみとられて殺されてたかな」

「その前にやられただろうがな。明日の朝、だれかが裸で死んでるお前を見つけていたところだ。……これにこりて夜中にひとりでぼやぼやするな。治安の悪いところはしっかり悪い。今までお前が住んでいたところとは違うところもある」


 男を数人殺した直後、平然とそう言い放つその少年は何人もの人間を今まで殺してきたにちがいなかった。


「……あたしは殺されない」


 女は少年をまっすぐに見て言った。


「たいした自信だ」


 少年はきびすをかえし、歩き出す。その後を女は子犬がまとわりつくようについてきた。


「ありがとう。助けてくれて。あんた強いんだね」

「……」

「でも、なんで殺したの?」

「野盗は殺されるためにあるんじゃないのか」


 その答えにくく、と女は笑う。


「そうかもしれない」


 門の付近の貧民街の中を、二人はひそやかな足音をたてて通った。


「あたしは……別の名前を手に入れるために旅してる。今の名前、ヤなんだ。どっかでいい名前の人にあったら譲ってもらう。交換して。だって名前って大切なものだろ。簡単に二人、同じ名前なんてなれないよ。もし、譲ってくれないなら力ずくでも手に入れたい。……そのためのコレなんだ」


 女は背の奇妙な形の武器を指す。


「……物好きな奴もいるんだな。名なんてあってもなくても同じだろ。自分が使うわけじゃない。無くて何か不都合があるか……?」


 少年の言葉に女はびっくりして立ち止まり、少年の背を見つめた。

 ……しばらくして女はぎゅ、と拳をにぎり、に、と口の端を上げる。


 そしてまたはねるようにして少年についていった。

 ぴた。と、少年の足が止まる。


「いい加減にしろ。どこまでついてくるつもりだ。礼もし終った。何か俺に用か?」

「うん」


 に、と女は笑って被っていた布をとった。

 下からは血色の良い頬、大きな瞳をした美少女が現われた。


「あんたが好きになった。……いっしょに旅したい」


 少年は表情を変えずに言う。


「それなら俺に言うな。この先に野宿している太った男に言え。俺は……そいつらといっしょに旅してる」


 くい、と少年は顎を道の先に向ける。


「旅の連れが欲しいんだろ。ほら、そこにいる」

「やった! ありがと。本当にいいんだね」


 美少女はうれしそうに顔をほころばせた。


「ねえ、あんたの名は?」


 少年はくだらなそうにこっちを見やる。


斬首ざんしゅだ」


 斬首ざんしゅ。少女は口の中でその名前をころがす。


 ある月の美しい深夜。

 これが二人の出会いであった。



挿絵(By みてみん)


※大原英一さんからいただいたイラストです。

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