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9.生と死

 スカイはヘリを墜落させた後、家に侵入した一般人を殲滅すべく、玄関の扉を蹴破った。魔力で力を増幅させているため、内側から棚で塞がれていたはずの戸は簡単に開いた。中へ駆け入ったスカイが見たのは、壮絶な光景であった。


 跳ねる銃弾、飛ぶ怒号、充満する火薬の匂い。先程の隊員達とは全く違った武装形態の警察が、戦闘を繰り広げていた。ざっと見て十数人はいるか。それが、今個々に分かれてセレネ達を捉えようとしている。セレネの父が、バリケードのように立てた机の陰に隠れているのが見えた。ソレアは飛びかかってくる隊員から逃げまわている。辺りの銃痕から推測して、どうやら彼の銃はすでに弾切れのようだ。セレネがフレアの手を引き、奥へ隠れるのが見えた。だが、一人見当たらない。セレネの母だ。彼女は一体どこへ……? 一瞬最悪の状況が思い浮かんだ。いや、もしかしたらもう既にどこかへ隠れているのかもしれない。それか、さっきの自分の騒ぎに紛れて上手く逃げられたか。


「おいっ、お前っ!」


 見つかった。声を上げた隊員と、それに気付いた二人が銃を向ける。その後ろで、ソレアが取り囲まれてしまった。


「この非国民への発砲の許可は下りてる! 撃て!」


 反射的に、壁の後ろへ隠れる。耳の側を音が通り過ぎた。


「お前ら、俺らをどうするつもりなんだよッ! 答えろッ!」


 ソレアの声だ。助けてやれない事に臍をかむ。銃弾の雨は止みそうにない。魔力切れになる心配は無いにしても、ソレアは今、この家族の前で魔法を使いたくなかった。警察の印象が悪くなるだろうと思ったし、セレネに迷惑を掛けたく無かった。


「おい、誰かそいつを運べ。後の奴は裏から周り込め」


 隊員の声が飛び、隊員が。


(挟み撃ち……! こうなれば、魔法を使うほかに無い……)


 全方位をカバーできる防御魔法を使えば、この網を突破することなど容易い。逆に、魔法無しで戦うとなれば、武器も防具も無い自分ではどうしようもない。唯、血をながして死ぬまでだ。

 スカイが詠唱を始めようとした時だった。


「…………っ!!」


 ――スカイを強烈な目まいが襲った。まともに立てず、足を折る。


「くっ、何でいきなり魔力が切れたんだ!? 今までは全くそんな気配無かっただろ……!?」


 魔術師が魔力のほとんどを使い果たしたとき、起こる症状は様々である。基本的に、まだ消耗量が軽い場合は、嘔吐、頭痛、目眩等の、風邪のような症状が主だ。だが、スカイの目眩はいままでの比では無かった。さらに、強い吐き気も湧きあがって来た。意識が遠のきそうになり、踏み応える。


 無理やり詠唱を試みたが、頭を割れるような激痛に断念した。もう、スカイには、魔力が残されていなかったのだ。今まで当然だと思っていた手段が、一瞬で閉ざされた。


 裏から回ってきた隊員の声が聞こえる。銃を込める音も聞こえた。


 死が直ぐ側に迫って来ている。ヒタヒタと、着実に。いままで晒されたことの無い恐怖を覚える。足が震え、立てない。逃げられない。呼吸が速まる。息が吸えない。


 もう、逃げ場は無かった。


「手を上げろ、非国民」


 直ぐ目の前に敵の姿が合った。だが、体はピクリとも動かない。


「もう一度言う、手を上げろ」

『おい、お前』


 次は、二つの声が同時に聞こえてきた。


『……誰だ?』


 頭の一部分だけは、なんとか働いた。頭に直接語りかけてきた相手に、その正体を問う。


『セレネの父だ。お前、今何をしてるんだ? ぐずぐずしてないで――』

『仕方ないだろ。今銃に囲まれてるんだ』


 良く喋る大黒柱に驚きながら、スカイは答えた。

 視界の隅で、隊員が銃を込めるのが見える。


『すぐにでも殺されそうだ』

『悠長だな。さっさとお前の力で殺ればいいじゃないか』

『そうもいかないんだよ。俺は今エネルギー切れで、体も動かせない』


 セレネの父は、はっ、と鼻で笑った。


『ただの言い訳にしか聞こえんな。お前、強いんだろ?』

『……まあ、それなりには……』

『じゃあ話は早い。それはいいとして……それよりも、今はもっと大切な話がある』


 口調が一気に変わり、重苦しい物になった。


『とにかく、落ち着いて聞いてくれ』

『……ああ』

『今、こっちは息子が攫われたんだが……』


 声が少し詰まり……吐きだされた。


『セレネが、死んだんだ』


 何か、胸の中で小さな物が潰れたような気がした。

『……は? 今、何て……?』

『セレネが、白衣の男に撃ち抜かれた。フレアを守ろうとしたんだ』

『は……? 嘘だろ……?』


 頭が、事実を拒否している。語りかけられる言葉を、シャットアウトしようとしている。


「最後のチャンスだ、手を上げろ。さもないと、容赦なく撃つ!」

『残念だが、本当の話だ。だが、打開策はある。白衣の男……あいつの性格はねじ曲がってやがる。あい

つが居ない、今が好機だ。今は、お前の力を信じる。とにかく、攫われたソレアを助けて、それから俺の側にいるフレアと、セレネの遺体を保護、死守してくれ』


『何勝手に指図して……』

『つべこべ言うな! 死にたいのか!』


 迫力に押され、スカイは黙り込んだ。そのセリフに込められた、家族を思う気持ちに押されたのかもしれない。とにかく、いつもの大黒柱の様子とは、待ったく異なった声だった。


「……分かったよ。やれるだけやる」


 声に出してみると、素直に言葉は口から出てきた。手を動かす。手は、指示どおりに地面を撫でた。体が、言う事を聞く。何故だか、不思議と力が湧いてきていた。目眩もしなくなり、吐き気も無い。足の震えも、恐怖感も失せた。

 隊員の数を把握しようとした時、胸倉が掴まれた。首が締り、息苦しい。隊員が、睨みを利かせてきた。


「何をぐずぐずとしてやがる!」


 ローブを引っ張り、強引にスカイを立たせようとする。

 拳を握ったそのとき、


「ぐあっ!」


 と言う声がして、スカイに命令していた隊員が消え失せた。かと思うと、何かが崩れる音がして、壁が土煙をあげる。隊員は、壁に当たって伸びてしまっていた。


「な、なんだお前!」

「走れ! 早く!」


 声の主は、セレネの父だった。彼は、外見に似合わぬフォームで蹴りを繰り出す。それを受けた隊員は防ぎきれず、木の階段に打ち付けられた。父は群がる隊員を、見事な回し蹴りでいなす。まるで舞っているかのような動きで、隊員が銃を構える事を許さない。


 その場を父に任せ、スカイの目は、二人の隊員を捉えた。ソレアを玄関から運び出している。隊員の間に出来た僅かな空間を抜け、一直線に外へ向かう。

 一人奮闘する勇ましい男に感謝しながら、スカイは手刀でソレアを運んでいた二人の隊員を眠らせた。


「俺より、姉ちゃんのところへ! 早く!」

 ソレアの目は必死だった。フレアの元へ向かう。セレネの父は、敵を全て片付けたようで、隊員は全員縄で縛られていた。この人、強い。

 スカイが父の脇を通ろうとしたところで……スカイの背筋が凍った。


「キャーッ!」


 フレアの悲鳴。セレネの父の顔色が変わった。スカイを押しのけ、父は一人でフレアの元へ駆ける。


「お父さん!」

「まだお前にお父さんとは呼ばれたくない!」


 頑固そうな所は変わらなかったが、その顔はほころんでいた。

 意外に良い人じゃないか。そう思った矢先。――発砲音。何度も、何度も。

 急いでドアを抜ける。もしかして、もしかして……。いや、そうじゃないはずだ。あんなに強かったんだ、きっと大丈夫だ。一刻も早く………。


「…………っ!」


 遅かった。


 真新しいフローリングの上を、鮮血が流れていた。セレネの父が、フレアに覆い被さるように倒れている。フレアが泣き叫ぶ。――そのフレアの背後には、少女の姿があった。仰向けに倒れた彼女は、白いワンピースを身につけ、白い髪を持っていた。そして、その白いワンピースが、赤に滲んでいる。薔薇の花のように、広がって。


 見間違いだと思いたかった。父が言った事は嘘なんだと思いたかった。でも、目にすれば、それが誰かは明確だった。


「クズどもめ、この程度も取り押さえられないのか?」


 不満げな声が聞こえた。振り向くと、白衣の男が壁にもたれて立っている。右手には、煙を上げる銃。


「白衣の男……」


 白衣の男が、セレネを撃ち抜いた。


 確かに、セレネの父はそう言った。こいつが、その銃で、一人の少女を殺したのか? 唐突にやってきて、何の罪もない、一人の国民を殺したのか? セレネは言っていた。私達は、こんなこと望んでいない、これは呪いなんだ、と。それを、何故分かってやらない? 何故理解してやらない? 大人は、そういう物じゃないのか? 受け止めてやる物じゃないのか?


 怒りが、湧きたってくる。ふつふつと増幅したそれは、完全に白衣の男へ向けられた。


「お前がセレネを殺したのか?」


 白衣の男は、ニヤリと笑った。


「やはり、君はその子に特別な感情を抱いていたようだねぇ。分かりやすい少年だ。そんな脆い女一つに、君はわざわざ命を取られに来たのだからね。ヒヒッ」


 スカイの拳に力が込められる。


「その男も、馬鹿だったね。私がその子に銃を向けたら、私に飛びかかって来たんだから。私に勝とうなんて、百年早い。いや、百年たっても無理か?」


 下劣な笑い声が響いた。スカイの足に、広がって来た生温かい液体が触れる。


「君もそうだ。悪い事は言わない。抵抗さえしなければ、処分の方法は考えてやらなくもないがね。痛めつけられるのは嫌だろう? 毒か何かで安楽死させてやろうじゃないか。その方が、君としても楽だろう? それに、一刻も早くその子に会いたいんじゃないのかい? その子も待ってるさ。――地獄の底でな! ハッハッハ!」

「貴様っ……言わせておけばっ……!」


 スカイの精神は、明らかに不安定であった。スカイは何の考えも無しに男に突っ込む。渾身の力を込め、男に殴りかかった。完全に頭を捉えたかと思われたが、その拳は簡単に受け止められてしまう。魔力の無いスカイの力は無に等しかった。そのまま、力を地面に流された。呆気なく倒れる。上体を起こすと、足を振り上げる男が視界の隅に見えた。手で防ぐ間もなく、顔面に蹴りを食らう。仰け反るスカイの腹を、鋭い拳が貫いた。うずくまるスカイに、また蹴りが入る。スカイは引きずられるように地面を滑り、止まった。


 動かないスカイに、拳銃が突きつけられる。冷たい感触が、頭を抉った。


「私が他と同じだと思わないでほしいね。ヒヒ」


 キリキリ、と引き金を絞る振動が伝わってくる。肉体だけでなんとか精神を保っていたスカイの心は、もう空っぽだった。何をすることもなく、虚ろな目で地面に身を預けてしまっている。


「どうやら、力が尽きたようだね。全く、無様な格好だよ」


 白衣の男は、銃の先で二、三度、スカイの頭を突いた。


「抵抗しない、か。もう少し面白いと思っていたが。まあいい。言い残す事はあるかね、君?」


 白衣の男は問うが、スカイは無表情のままだった。ピクリとも動かず、横たわっている。


「そうか。では、さよならだ。地獄でガールフレンドに会える事を願うよ」


 銃口が、スカイの頭に密着する。引き金が引かれ――


 パン。


 乾いた発砲音が、響いた。


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