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7.風と炎

 爆発音と同時に、地面が揺れた。体が揺さぶられるように動く。倒れまいと、スカイとセレネの二人は側にあった家具にしがみついた。


「これは……!?」

「おい、窓の外を見ろ!」


 階上のソラルがスカイに呼びかけた。

 目を向けたスカイは、思わず息を呑んだ。広大で緑の美しかった庭が、今、灼熱の炎に包まれ燃えている。炎は勢力を伸ばし続け、飲み込んだ芝を黒い灰に変えて巻き上げた。


「何てこった……。今までの風景が嘘みたいだ……」


 炎は吹き上がるように出現し、辺りに広がる。

 

どこから火が出ているんだ……? そう思いながら揺れに耐えながら庭を見回していたスカイの目に、きらりと光る物が映った。庭を囲む森の中からだ。目をこらすと、見えた。細長い銃を構えた……人だ。

 まさか、一般人がこれ程までの炎を作り出せるとは。厳しい表情でそう思いながら、スカイは上のソラルに大声で尋ねる。


「あれは何だ、ソラル」


 スカイが言い終わらぬ内に、ソラルの舌打ちが聞こえてきた。


「見れば分かるだろーが。……GSTだ。まずいことになった」


 セレネの顔からさっと血の気が引いた。


「そんな……何で私達の事がバレたの……?」


 セレネの体が震える。


「なんだよ、GSTって」

「……警察の特殊部隊だ。……残虐な奴らだよ」


 ソラルは吐き捨てるように言うと、階段を降りる。


 震えるセレネを前に、何をすればいいか分からなくなっていたスカイは背後に熱気を感じた。見れば、もう火が家に燃え移っている。火はカーテンを駆けあがり、あっという間に天井まで達した。そのまま、彼らに覆い被さるように勢力を広げる。


「おい、お前! ぼうっと突っ立ってないで水掛けろ!」


 スカイの目の前に、いつの間にかソラルがいた。彼は持っていたバケツをスカイに押しつける。


「逃げる方が先じゃないのか!?」

「もう玄関は塞がれちまった! それに、脱出できたとしても撃たれるのがオチだ!」


 確かに、玄関の方にも火柱が上がっていた。そのうえ、大きな棚が倒れていて通れそうにもない。セレネを熱気から守りながら、スカイはバケツに入っていた水を振りまいた。ソラルも合わせて水を掛ける。火の勢いを弱めるのには十分な量かと思われたが、火の猛威は止まるどころか激しくなってしまう。


「くそっ! また、水を汲んでくる!」


 ソラルはスカイからバケツを引っ手繰った。彼は洗面所へと駆けて行く。だが、直ぐに声が聞こえてきた。


「……あ? おい、おい! 何でこういうときに限って!」

「どうしたっ!?」


 火の前に後ずさりをしながらスカイが尋ねた。熱放射に顔を引き攣らせながら、セレネをローブで隠し、火が吐きだす熱からその身を防いでいる。


「水道が止められてる!」


 煙に(むせ)上がりながらソラルが叫んだ。


「なんだって!?」

「くそ、どうすればいい!? このままじゃ俺達火の中でくたばる羽目になっちまう! それに、上には三人がいるんだぞ!」


 セレネが口元をハンカチで抑えながら、スカイのローブを持つ手を掴んだ。冷たい、氷のように冷え切った手に込められた力は弱々しい。


「私の家族は、死んじゃったのかな」


 悲しみと恐怖の狭間で怯える彼女は、スカイを見つめる。その瞳に希望は無い。


「そんなことあるわけないだろ! きっと外に逃げてるさ!」


 必死にスカイは彼女に希望の光を与えようとする。しかし彼女は首を振った。 


「……それは無理。だって上の窓には鉄格子が嵌めてあって、どこからも逃げられないようになってる。

それに、もし外に出たとしても、銃で狙撃されてお終い。そう、お終い……」


 彼女は、涙を流す気力さえ残されていないように見えた。


 彼女は、今まで自分の能力を隠し、必死に普通の女の子である事を振るまい続けてきた。もし、その能力が人に知れれば自分がどうなるか。家族がどうなるか。彼女がそれを知ったのは十三歳の時だった。





 彼女は、両親の話を聞いた。あなたの力が周りに知れれば、私達は全員死ぬことになる、と。   

 彼女はそれを最後まで聞くと、頷いた。だが、彼女は理解できたわけでは無かっただろう。まだある意味未熟だった彼女にとって、死は雲より遠い存在だ。分かるはずもない。しかし、両親のどこか怯えたような表情から、何か伝わってくる物を感じ取ったという事はあるかもしれない。彼女はそれから、学校に行くのを躊躇するようになった。友達と遊ぶことや、庭で遊ぶこともは完全に止めた。ただただ部屋の中に籠り、勉強の合間には空を見上げていた。彼女は空に興味があったのだ。そんな彼女を見て、両親は安心した。これで私達の命が狙われる事は無いし、彼女の将来は安泰だと思ったのだ。

 そんなある日、彼女が恐らく十四歳になった時、事件が起こった。仲の良かった伯父が、警察に殺されたのだ。彼女は両親に泣きながら尋ねた。


「なんで伯父さんは死んだの!」


 父は哀れむように彼女を見た。


「相手がGSTだったんだ。私の兄でもそういう時はある」


 父は、一枚の写真を取り出すと、彼女に見せつけた。

 彼女は目を大きく見開くと、目をそれから逸らした。

 父は彼女の顔を鷲掴みにすると、写真に向けさせる。


「しっかり見ろ! 見るんだ! お前や俺達が秘密を知られれば、俺達家族もこうなるんだ! しっかりと目に焼き付けろ!」


 伯父の自宅の床は血に染まり、赤黒く凝固している。床を掴むように倒れている伯父の体には、無数の穴があいていて、体の向こう側が見えてしまう。顔の皮膚はほとんどがめくれ上がっていて、そこからも血が流れて止まっていた。

 彼女の眼が、一点で止まった。伯父の、剥き出しになった目だ。眼球が飛び出しそうなほど、伯父は目を見開いていた。それは何かを訴えているようにも、警告しているようにも見えた。

 彼女は、その日から勉強を止め、四六時中外を眺めるようになった。

 なんだか、虚しい。彼女の頭を、様々な事が駆け廻った。何故、私はここにいるのだろう。私は、一体どこから来たのだろう。私がこの力を得てしまったのは何故? いや、それ以前に――――私は、誰なの?

 彼女の黒く艶やかな髪は、彼女の心の変化についていくように、白く、白く染まっていった。

 彼女は、耐えた。家族の前でも、明るく振る舞った。弟と妹が出来ると、さらにそうせざるを得なくなった。彼女は、命が狙われている事を認識していたのだ。警察の網が狭まっていることも、彼女は知っていた。

 その緊迫状態は、スカイが現れても緩む事は無かった。締め付け、締め付けられ、彼女の精神は限界に達していた。

 ――その心に追い打ちを掛けるように、火が点けられた。




 スカイは、セレネにどんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。火の包囲網はそうしている間にも狭まり続け、階上から火だるまとなった巨大な木片がどさどさと落ちて来る。雷が落ちたかのような爆発音は、尚も止む事を知らない。どうすればいいんだ。迫る炎に、気が弱くなる。その中で、スカイの耳は一つの小さな声を捉えた。

 スカイは微笑むと、セレネに言った。


「大丈夫。皆は生きてる」


 セレネがキッとスカイを睨みつける。


「そんな、何を根拠に……!」


 しかし、セレネはスカイが唇に人差し指を当てるのを見、黙り込んだ。


「耳を澄まして」

「何で……!」

「いいから、早く。時間が無い」


 この火が特殊な物であることを、スカイは感じ取っていた。この火から逃げなければ。その為には、少しでも時間に余裕が欲しい。

 セレネはスカイの目を少し見つめると、目を閉じた。

 スカイも、もう一度耳を澄ましてみた。

 ゴォー、という火の音や、物が崩れる音、ガラスの割れる音が聞こえてくる。耳障りなその音は、まるで命のカウントダウンをしているかのように迫っている。その中に、ささやくような、小さな音が紛れ込んでいた。

 セレネが、パッと目を開いた。


「聞こえた……!! フレアが、助けを……!」


 すすの付いた顔が輝く。希望の光が灯される。

 ……しかし、彼女の表情は直ぐに萎んでしまった。


「でも、どうやって助ければいいの? 階段はもう使えないし、ここには長く居られない。煙も凄いし……」


 セレネが咳き込む。

 スカイは手で口を抑えながら、涙の出る目を動かし、周りの状況を再確認した。そして、小さく笑う。


「大丈夫だ、セレネ。俺は神様、だっただろ?」


 それを聞くなり、セレネはスカイの手を取った。煙など構わず。


「……お願い……!」


 一筋の涙が、零れ落ちた。

 スカイが気合を込め、手の平を合わせた。彼の足元から、青の光が発せられた。その光は淡く、弱々しかったが、火に負けない何かを感じさせた。


「これは……? 神様、何を……?」


 スカイは答えない。ただ、集中力を高める。光は円形を作り、魔法陣を象り始める。魔法陣から発せられた魔力が周囲の大気を捻じ曲げ始める。


「エクスィフィード!」


 スカイが声高に叫ぶ。嵐のような風が、一か所から解き放たれたかのように巻き起こった。白銀の風はカマイタチとなり、火柱を鱠のように切り裂いていく。


「セレネ、絶対にここにいて」


 スカイがそう言った時には、もう恐ろしい炎の姿は跡形もなく消え去っていた。散乱したガラス片と黒くなった家具だけが、炎がここにあった事を物語っている。

 全身の力が抜けたようにへたり込んだセレネは、唯頷くしかなかった。


「何だ、何だ!? 火が……消えた!?」


 ソラルがわーわーと騒ぐ。

 セレネはぽつりと呟いた。


「やっぱり、あの人は神様だよ」


 セレネは、スカイが外へ飛び出して行くのをただ見守っていた。




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