6.迫る魔の手
静けさに包まれた町。等間隔に並ぶ街灯だけが、ここが町である事を告げている。市民の避難はもう既に完了していた。
町が一望できる崖のようになった高台に、一人の男の姿がある。今回の作戦指揮を務める刑事だ。彼は、屋敷ともいえる程巨大な家屋を取り囲むように並べた隊員の、配置最終確認を済ませた。ニヤリと口角が上がる。もう奴らに逃げ場は無い。
指揮官は大きく息を吸った。
「総員、構え!」
遠くで、隊員達のライフルが構えられる。
無線の向こう側で、緊張が走っているのが分かった。
「――撃てぇぇぇ!」
力の籠った号令と共に、無数の銃砲から火炎弾が発射された。闇を切り裂くように、煌煌と赤の光を放つ弾丸が一転へ向かう。
指揮官はそれを見上げながら、どこか興奮した様子でストップウォッチを押した。
凶悪犯が建物に引き篭もった場合を想定し、政府が開発した特殊弾丸は、標的に炸裂すれば化学反応により強烈な爆発を引き起こし、その土地を火の海に変える、凶悪犯諸共地に葬り去るという代物だ。犯罪者は逃げる間もなく一生を終える。殺してしまった方が世の為だという考えからだ。
指揮官も、その考え方には賛同していた。また、この爆発によって引き起こされる炎にも仕掛けがある。通常、炎は着火すると触媒を喰らい尽くし、やがて消える。自然に消火されるのだ。しかし、特殊弾丸によって作りだされる炎は違う。
――消えないのだ。いくら土や水を掛けても、燃焼させる物が無くなっても、消えるどころか、その規模は大きくなっていくのである。
消火する方法は唯一つ、政府が同時に開発した特殊な薬剤を散布する事だ。通常の炎には何の効果も示さないそれだが、特殊弾丸の炎に使えばたった一滴で炎の勢いを止め、鎮火させる事が出来る。だが、その薬剤も炎の発生から二時間が経過すれば効果が失われる。薬剤が炎と適合しなくなるのだ。その為に、ストップウォッチは必要不可欠である。
確かに、処理を怠れば大惨事となる代物だが、効果は絶大であった。実際、この弾丸多くの犯罪者を、被害を出すことなく葬り去れている。それがこの特殊弾丸の売りで、指揮官はこの弾丸に大きな信頼を置いていた。大きな事件だけでなく、殺せと命令が出れば迷わずこれを使う事を決める程、彼はこの弾丸に酔っていた。
紅の光は開いたように闇夜を照らし、雨のように降り注ぐ。そのまま、銃弾は一斉に建物へ着弾した。
「なかなか上手いこといっているじゃありませんか。ヒヒ」
GST――政府特殊作戦部隊――の作戦の指揮を務めていた刑事の隣に、白衣を着た猫背の男がやって来た。しわだらけの顔にはサングラスが掛っているが、それが白衣と相まって、彼の周りにはマッドサイエンティスト的な雰囲気が漂っている。
白衣の男に気付いた刑事は慌てて姿勢を正し、敬礼した。
「カガト警部、今日はどうされましたか」
「ヒヒ。ちょっと気になってね。今回はちょっと変わったターゲットなんだろう?」
「はい。異能力を持った家族と聞いています。父、母と、娘二人に息子二人がいるとのことです」
「それぞれの能力は?」
「戦闘に使えるような能力の持ち主はいないと聞いています。父親に武術経験があるくらいです」
カガトは頷きながらそれを聞いていたが、しばらくして首を傾けた。
「おかしいな」
首を傾けたままカガトは言う。
「何故そこまで詳しい情報を知っているんだい? 君はそんなこと知り得ない立場じゃないか。……もしや、奴らと接触したのではないだろうね」
サングラスの奥の目が、刑事を怪しむ。
「いえ、断じて。あの方が情報を提供してくれたんです」
刑事の指さす先を見て、カガトは独りで納得したように頷いた。
「ほう。道理で居場所がいきなり分かったわけだ。あんなに手こずっていたのにおかしいと思っていたんだよ。ヒヒ」
建物が燃え上がる。青々としていた芝生も炎に呑まれ、一瞬で灰と化した。星空に届きそうな程の火柱は、もうじき家屋を完全に包み込むだろう。悲鳴を上げるように、家の瓦が崩れ落ち、壁が剥がれ、窓が割れた。
「ヒヒ、あの弾丸を使ったのかい?」
「はい。念には念を、と言う事で。これを使えば、奴らなんて瞬殺かと」
酷く興奮する刑事の前でカガトはサングラスをかけ直す。その目はしっかりと刑事を見据えている。
「威勢がいいのは良いことだが……。君、少し油断しすぎじゃあないかい? …………忘れたのか? あのテロの惨劇を」
しまりの無い顔で刑事は答える。
「い、いえ、滅相もありません。そんなことは決して。あのテロは、今でも鮮明に記憶に残っています」
「だったら……敵の姿を見たらどうだい? その目で。しっかりと」
カガトはニヤっと笑ってから、ゆっくりと家の方を指差した。
「何が…………なっ!?」
刑事の目の前で、信じられない事が起こった。彼は自身の目を疑った。自分が作戦を立て、自分が指揮し、自分が自分の目で確かめたあの炎が、目の前で消えたのだ。空気に斬られるように、消滅した。一気に膨らみ、弾けるように失われた。
「ほっ……炎がっ!?」
動揺を隠せず、刑事は髪をぐしゃぐしゃにする。
「どうしてだっ!? あの炎は特殊な薬剤を使わなければ消えない、科学部お墨付きの物だっただろ!! 何故だっ!?」
「君。自分で言っていただろう」
カガトが黒い柵にもたれかかった。
「敵は異能力を持っている、とね。ヒッヒッヒ」
刑事はがくりと両膝を付いた。彼の拳が地面を叩く。
「こんな……私の炎がぁっ! ……誰だ……誰が…………!!」
刑事の純血した目は、虚しげに残った火の子の中に佇む一つ影に釘づけになった。
遠い上、煙で良くは見えなかったが、その影は刑事を見つめ返しているようにも取れた。
「あいつか……!」
獲物を捉えた鷹のように、刑事の目が生気を取り戻した。トランシーバーを構える。
「総員、あの影を狙え、狙ってとにかく撃て! 弾が尽きるまで撃ちまくれえぇぇぇぇっ!!」