エピローグ
あの事件から、十数年が経ち。
今俺たちは、河川敷を歩いている。俺とセレネが逃げてきた、あの河川敷だ。
隣を歩く嫁さん――セレネは、あの頃と比べると随分大人の女性になった。
「お花見、楽しみだねー」
「そうだな。みんなと会うのも久しぶりだし」
俺がそう答えると、セレネは軽めのスキップを始めた。
「みんな」とは、あの事件に関わっていた面々のことだ。ハルみたいな毎日会っている人から、もう10年以上会っていないアイドやイルキまで。今日は、その全員が桜の樹の下に集まる。
俺もセレネも、この日を心待ちにしていた。
……だからと言って、スキップは止めてほしいと思うが。
セレネはスキップをしながら、俺の肩に乗った子どもに話しかけた。
「ラーシャも楽しみだよねー?」
肩の娘は、元気よく足をバタバタさせた。
「たのしみ、たのしみ!」
思わず笑みがこぼれた。
そう。実は、家族は2人だけではない。
俺たちには、娘ができた。
名前は、ラーシャ=フレデリア。
師匠から貰った名だ。
「いつ着くのー?」
娘が聞く。
「もうちょっと掛かるかなー」
セレネが母親の顔で答えた。
「着いたら美味しいもの一杯食べれるから、我慢しろよ?」
俺が言うと、娘は返事をした。
それも、元気のいい、大きな声で。
幼稚園に行かせている効果だろうか。
そこがどういう場所か俺は分かっていなかったのだが、どうやらセレネが言うには、小学校――アカデ
ミーのような場所――に入るまでの3年間を過ごす場所なのだそうだ。
娘は飲み込みが早い方で、手本を見せながら教えると、結構なんでもこなすことが出来る。そのせいだろう。魔法の腕も、悪くない。
それに、この子は優しい。何に対しても――それが虫であっても、獣であっても、娘は見捨てない。この前も傷ついた鳥を一羽拾ってきて、セレネに治癒魔法を掛けてもらっていた。鳥は元気になったが、今度娘は治癒魔法を習いたいと言い出した。どうやら、自分の力で傷ついた者を治したいと思ったようだった。まだ娘に治癒魔法は難しいが、それでも、彼女は幼いながらに努力をしている。大したものだ。
俺は思う。
きっとこの子なら、あの師匠のような立派な人間になってくれるのではないだろうか。
*
しばらく歩くと、目的地の丘が見えてきた。その丘の天辺には、一本の大きな桜の樹が植わっている。その下には青のシートがだだっ広く敷かれ、もう既に、かなりの人数が集まって来ていた。
1人が、こちらに気づいたようだ。
「センパーイ! セレネさーん! それとラーシャちゃーん! 早く来てくださーい! ご馳走全部食べちゃいますよー!」
ハルがそう言うと、周りも早く来いと手招きを始めた。
俺たちが桜の下に着くと、そこには懐かしい顔ぶれがあった。
「久しぶりだな、スカイ局長。執務は順調か?」
すっかり政治仲間みたいになってしまったキルエナ。いつも電話で話しているので、顔を見るのは久し
ぶりだ。
「お、スカイじゃねえか! おひさ~!」
軽いノリの彼はソラルだ。セレネが言っていたから知っているが、今彼は二児の父で、両脇の子どもは彼の息子である。
「スカイさん、すっかりパパって感じねー。私も頑張らないと!」
そう言うのはフレア。彼女もすっかり大人になった。大人になって、綺麗になったのだが……何故か良い男が見つからず、彼女は現在絶賛婚活中である。
「お久しぶりです、スカイ。あなたが魔術師を束ねる日が来るとは……。感慨深いですね」
イルキが眼鏡を押し上げ言った。彼は最近任務から戻ったばかりで疲れているはずだが、彼は自分の身体に鞭打って参加してくれた。彼は、自分が局長の座を譲った張本人であるのにも拘らず、俺に対して威張る素振りすら見せない。尊敬するべき人物だと、常々思う。
と、俺の視界の隅に、何かありえない者が映った。
それは、こっちに気付くと、バタバタと走ってきた。それが意外に早いスピードだったため、逃げる間もなく俺は捕まる。
「もぐもぐ。スカイさん、お久しぶりです。って私毎日話しかけてましたね。失敬、失敬。もぐもぐ」
そう言うのは……月の女神セレネーだ。両手に持った三色団子を、むしゃむしゃと貪っている。
彼女はこの中で唯一、姿が変わっていない。神だから、当たり前ではあるが。
しかし……なんでここにいるんだ?
俺は、こんな変態ビ○チに花見があることなんて伝えてない。
どういうことだろうか。
きちんとしたリアクションをとらなければ後々面倒なので、わざと驚いた風に言ってみる。
「め、女神様!? なんでここにいるんですか!?」
女神はストレートに答えた。
「もちろん、セレネさんの招待を受けたからですよ。もぐもぐ」
な、なんてこった……!
すかさずセレネを睨み付けると、彼女はちろっと舌を出した。
「てへぺろ☆」
「てへぺろ☆じゃねーよ! どうしてくれるんだよ! ラーシャに悪影響がーー」
「あのね、ラーシャちゃん、あなたはお父さんとお母さんが合体して生まれたんだよ」
「うあああああああああああ!!! やめろおおおおおおおおお!!!」
そんなこんなで、お花見は進行していった。
みんなで食べて。
みんなで騒いで。
みんなで笑って。
そこでは軍人も、魔術師も、神でさえも、みな平等であるように感じた。
これこそが、目指す平和の姿なのではないかと、強く思う。
*
「なあ、セレネ」
「なーに?」
「俺……思ったんだ」
「何を?」
セレネが、顔を覗き込んでくる。
相変わらず、綺麗だ。
彼女の顔を見ていると、肩の重荷が軽くなる気がする。
……こんなこと、わざわざ言わなくたって大丈夫か。
きっと、みんなはこんなこと考えてない。
セレネに愚痴みたいに言ったって、仕方ないだろう。
「いや、やっばりいいや。ごめん」
「ふーん。ならいいけど」
彼女は不思議そうに俺の顔を見てから、またラーシャを連れ、桜の方へと歩いていった。
俺は少しの間ぼーっと突っ立っていたが、しばらくして足が疲れてきたのに気付き、シートに体育座りして、川の方を眺め始めた。
川の流れは、絶え間なく続いている。
そう、絶え間なく。
その流れが……俺には、人間に見えた。
「……俺は、守れたんだろうか」
誰がいるわけでもない。誰が答えてくれるわけでもない。
だが、俺は無意識に問うていた。
失ったものもある。
欠けてしまったものもある。
それで……守りきれたと言えるのだろうか。
本当に、この世界を元に戻せたのだろうか。
……分からない。
表面上では、この世界は元に戻った。でも、その裏には悲しみが蠢いているのではないだろうか。
もしそうだとするならば……それは、この世界を平和なものにできたと言えるのだろうか。
俺は……誓いを果たせたのか?
答えが欲しい。
この問題の、回答が欲しい。
だが……そんなもの、あるはずがない。
答えは、俺が見つけるしかないのか……?
そう自問自答を続けていると、後方で歓声が上がった。
何やら、みんな空を見上げている。
どうやら、何かが空に浮かんでいるようだ。
俺はなんとなく気になって、重い体を起こし、振り返った。
それを見た俺は……固まった。
――虹。
そこにあったのは、虹だった。
大きく弧を描く、七色の虹。
それは空のキャンパスに、悠然と描かれていた。
俺は息をするのも忘れ、それを眺めていた。
その美しさに見とれ、その荘厳さに圧倒されていた。
そしてふと、俺はあることに気付いた。
「……フフフ……ハハハ」
いつの間にか、笑い声が口から漏れていた。
「そうだよな。俺の悩みなんて、ちっぽけなもんだよな」
そして虹に向かい、ニヤリと笑ってみせる。
「こんな綺麗な虹、誰かが俺に見せようと思って見せたに違いない! ありがとう、お前のお陰で解決したよ! ……俺は、俺のするべきことをやる! 成し遂げてやる!」
周囲の人々が不審に思う中、俺はそう宣言した。
この虹が誰かに作られたものではなく、自然にできたものだということは理解していた。でも、雨無しに虹が出来るのも不自然である。
だから、俺は見せられるべくして見せられたのだと解釈した。
……単純?
笑うなら、笑えばいい。
俺は意気込み、セレネとラーシャを連れ一足先に帰ることにした。
居ても経っても居られなかった。
「良かったね」
「ん?」
セレネは微笑んだ。
「だって、スカイ嬉しそう」
そう言われて、自分が笑顔になっていたことに気付いた。俺もまた微笑むと、セレネの手を優しく包み込んだ。娘の手も、同じようにする。
「俺、見つけたんだ」
何を、とは言わなかった。
理由は、よく分からなかったけれど。
「帰ろうか」
俺たちは手を繋ぎ、帰路に就いた。
俺は、思う。
俺達は、道を歩んでいくのだろう。
苦しい時も、悲しい時も。
誰かが道を踏み外さないように、転んだって助け合えるように、こうして手を繋いで。
これからも、ずっと。
“みんな”で。
――きっと背後の虹は、俺達の一歩を祝福している。
鵺這珊瑚です。
今回は、『月が丸いなんて誰が言った? ~異世界魔術師、魔法陣で帰還不能~』をご覧いただきありがとうございました。
今回は、自分としましては初となる50話越え小説の完結です。これも、みなさんの応援のお陰です。本当にありがとうございました。




