50.Nameless
「戦争は起こさせない、か」
楽しげに笑う二人を、遠くから見つめる人物。
“彼”は、名を持っていなかった。
故に、民は彼を「名無し」と呼ぶ。
ネームレスは、今回の事件に深く関与した人物であった。
「月を倒したのが自分達だけの力でないってこと、気付いてるのか……? ああ、俺が力を貸したって言いに行ってやりたいよ」
ネームレスはそう言うと、どかっと木に凭れかかった。
そう。今回月が呆気なく倒れたのは、スカイが努力したからでも、セレネが力を振り絞ったからでも、四方位の柱を利用したからでも無く、ネームレスがスカイ達の力を十倍以上に増幅させたからに他ならない。恐らく彼が力を貸さねば、月は永遠に殺戮を続けたであろう。
それに気付かないスカイ達に、ネームレスは何かもやもやした物を感じているのであった。
では、なぜ彼は、実質敵の存在となっているスカイに力を貸したのだろうか。
その理由は、簡単なものだった。
ネームレスは木にもたれかかるのを止めると、木の上のアレに声を掛けた。
「おい、そこの悪魔。いつまで木にぶら下がってる」
「あれ、ばれてたのかよ。……というか、俺降りれないんだけど」
ネームレスが上を見ると、そこには木の枝に引っかかった一匹の獣――悪魔の姿があった。
紛れも無く、それは月であった。
「お前、ここで何してる? さっさと逃げればいいものを」
「だから言っただろ? 俺は動けないんだって。……お前こそ何してる? 奴らなら、今から元の世界に帰るみたいだが」
「馬鹿野郎。俺とあの人間達を一緒にするな。俺とは能力の次元が違いすぎる」
「ああそうかい。……お前、相当な自信家みたいだな」
「よく言われるよ」
そこで、悪魔があることに気付いた。
「お前さ……。俺の悪魔の勘だが……もしかして、創造者か?」
創造者。
その言葉に微塵も驚いた様子を見せず、ネームレスは淡々と答えた。
「まあ、そんな風に呼ばれたこともあったな」
それを受けて、悪魔は興味深げに尋ねる。
「高名な創造者様が、この世界に何の用だ? 見た所……暇そうだが」
「そうだな……確かに退屈だ。ここが、平和ボケした世界になってしまうからな」
ネームレスがそう言うと、悪魔はニッと笑った。
「俺もそれには同感だ。争いを失くされちゃあ、俺達悪魔は存在出来なくなっちまうしな。俺だって、また大暴れしてやりたい。女神から奪った力は消えちまったが、また俺の能力を使えば良いだけの話だ」
そこで、ネームレスの眉がピクリと動いた。
「お前の能力? それって一体どんな力なんだ?」
彼がしらじらしく聞くと、悪魔は調子にのって答えた。
「俺は、相手の一番強力な能力をコピーできる。対象一人につき一回しか使えないが、能力はストックし続ける事ができるんだ。しかも、能力はよほどの衝撃が無い限り永久に保持し続けられる」
ネームレスはそれを聞くと、微笑んだ。
「俺は、それが聞きたかったんだ。何せ――お前は珍しい力を持っていると聞いたから」
ネームレスが、何か詠唱を始めた。
この世界にも、スカイ達の世界にも伝わっていない呪文。
悪魔は、目を見張っていた。
「な……っ!? お前、俺に一体何をする気だ……!?」
ネームレスの口元が歪む。
「何って、決まってるじゃないか。……お前を吸収するんだよ」
ネームレスが指を軽く回すと、悪魔の体が避け、内臓が破裂した。
木が赤く染まる。
そこで彼はすかさず衣服を脱ぎ、上半身を剥き出しにした。
するとその肉と鮮血は、まるで吸い込まれるようにして、ネームレスの体に入り込んで行った。
ネームレスは、深く深呼吸をする。
「これで……俺はまた、さらに強い男になった訳だ」
ネームレスは、陶酔した様子で呟いた。
――彼の目的は、悪魔の力を手に入れることであったのだった。




