49.舞曲の終焉
彼らは奮闘した。
負けるかとも思った。
苦しい時もあった。
でも、二人なら……いや、皆がいれば、それも乗り越えられた。
戦って、戦って……
そして、スカイ達は勝利した。
スカイ達は四つの柱を押さえると、女神の力を使い、月を滅ぼしたのだった。
スカイ達は、歓喜した。
「俺達……やったんだよな」
「うん……終わったよ」
スカイ達は胸を充足感で一杯にしながら、空が赤から青に塗り替えられていくのを眺める。
「……空だ」
「……空だね」
二人はそう呟いた。
しばらくして、ありったけの魔術師を集めたスカイは、後始末をするように指示をだした。
瓦礫の山は初期化を行い、元に戻した。
死体の山も、綺麗に片づけた。
燃えた木々も花々も、何もかもが元通りになった。
全て、何事も無かったかのように、朝日を浴び煌めいていた。
「これでよし……と」
スカイは魔術師達を労うと、直ぐに休みを与えた。
元の世界に戻れると告げると、彼らは泣いて喜んだ。
『よっぽど恋しかったんですね』
「そうだと思います。たった一、二カ月とは言え、離れ離れの時間としては長すぎましたから」
そこに、一人の女性が歩いてくる。
「……スカイ」
キルエナの表情は、相変わらず固かった。
「……申し訳なかった。迷惑をかけたな」
呟くように言った彼女を、スカイは見据えた。
「いえ、良いんです」
スカイがそう言うと、キルエナは目を伏せた。
彼の目には、彼女が何か納得できていないように見えた。
彼女は口を開く。
「スカイ。思ったんだが……これで、本当に終わったのか? いや、終わったのは終わったのだろうが……何というか……手ごたえが無いと言うか。あまりに呆気ない終わりだったように思わないか?」
「それは……確かにありますね。でも、ひとまず終わったのは確かです。……絶対に」
「……そうか」
そうだ。自分達は、最終舞曲を終わらせたんだ。
自己暗示のようにも思えた。本当は、向きあわないといけない問題なのだと思う。……でも今は、今だけは平和を楽しみたかった。
「隊長~! ちょっと来てください!」
「監督長と呼べ、馬鹿者!」
満更でもない様子で、キルエナは呼ばれた方へ走っていった。
横にいたセレネが、尋ねてきた。
「……スカイはこれからどうするの?」
それは、決まっていた。
「俺は……帰るよ。元の世界に」
「私も、行って良い?」
「セレネが来てくれるなら」
実は、もう帰還方法は分かっていた。
スカイは元老の手記を取り出す。
「……このページだ」
誰かに書きかえられていた、魔法式のページ。
あのときは、ただの妨害だと思っていた。
だが……今見ると、違った。
見知らぬ神の名は、「セレネー」となっていたのだ。
『一体誰なんでしょうかね。こんな親切をしたのは』
「さあ……分かりません」
そう言いながらも、スカイはその魔法式を疑わなかった。
罠だとか、もうそういう事は考えなくていいような気がした。
スカイは転がっていた手頃な木の棒を取って来て、地面をガリガリと削り始める。
今までの、この世界での出来事を思い返しながら。
そして、これからの人生を組み立てながら。
しばらくして、スカイは木の棒を地面に置いた。
「……出来た」
スカイの様子を見ていた人々は、彼に拍手を送っていた。
スカイは、集まった人々を見まわした。
キルエナ、ソラル、フレア、アイド、イルキ、ハル、みんな。
そして……セレネ。
スカイには、ここで言うべき事があった。
「みんな、聞いてくれ」
スカイの声にざわつきが収まっていく。
彼は全員が自分の方を向いた事を確認してから、喋り始めた。
「俺は、みんなに迷惑をかけた。そのことを、まず謝りたい。……申し訳ありませんでした」
スカイは、深々と頭を下げた。
そして、頭を上げると、呼吸を整える。
「この戦争で、俺達はたくさんの人を亡くした。皆の家族も、仲間も……。そして、俺の師匠も。あの人達には、何度謝っても足りないと思う」
全員が、静かに話を聞いている。
「だから俺は、彼らの為に、せめてもの償いをしたいと思う。亡くなった人達が、夢見ていた事、叶えたかった事。出来るだけ、実現させたい」
でも、それは一人では叶えられない夢だ。
「だから……みんなに、協力してほしい。もう戦争は起こさない。人を殺さないし、殺させない世の中を作りたい。もう二度と“月”が産み出されないような、そんな世界を作りたいんだ」
スカイは少し間をおいて言った。
「……頼む。協力、してくれないか」
その答えは、誰一人迷わなかった。
「もちろんだ」
「もちろんです」
「協力するぜ」
「良く分からないですけど、頑張りますわ」
「協力しよう」
「もっちろんですよ、先輩」
賛同の声は止まない。
セレネも、隣で微笑んでくれた。
スカイは嬉しかった。
「ありがとう、みんな。……でも、ハードルは高いと思う。今の魔法社会から、一般人への差別をなくすのはかなりの時間が要るはずだ。過激な反対組織とも、交渉だけで戦わなきゃいけない。この世界だってそうだと思う。国が植え付けてきた『非国民差別』という意識を排除するのは難しい。……課題は大きいんだ。どんな反対にも、それが例え非道な物であっても、こっちは力を使っちゃいけない。どんな逆行の中でも、戦い続けなくちゃいけないんだ。……それでも、やってくれますか?」
全員が頷き、微笑んだ。
「ここにいる全員を信じろ。誰も、お前を裏切らないよ」
スカイは、もう一度、全員の顔を確かめるように、一人一人の目を見つめていった。
そうしている内に、なぜか胸が一杯になってきて……。
「おいおい、泣くなよスカイ!」
「良い男が台無しだぞー!」
「感極まって、ですか」
「よ、よぐわがりばぜんげどばだぢまで泣いでじばっでまずうううう」
「フレア、お前まで泣いてどうするんだよ! 畜生、俺まで泣いちまうじゃねぇか!」
「先輩、良かったらハンカチ使います~?」
いつの間にか、ほぼ半数が泣いていた。
妙な家族みたいな一体感が、そこには生まれていた。
*
帰還用の魔法陣は、びっくりするほど正確に作動した。
魔法陣から産み出される蒼い光の粒子が、ゆっくりと浮かんでいっている。
魔法陣の中に、第一陣として、アイド、イルキ、ハル、そしてその他の魔術師が入った。
「いつでもいいぞー」
スカイが呪文を呟くと、彼らの姿は一瞬にして消えた。
『はい、無事着いたようです』
女神のお陰で、確認が容易になったことは助かった。
「それじゃ……行くか」
そう言うと、セレネはクスクスと笑った。
「なんか、最近そのセリフばっかりだったね」
「……そういえばそうだな」
「『行くか!』『行こう!』『行くぞ!』……みたいな?」
「それ、俺の真似か?」
「うん、そのつもりだけど」
『似てましたよ』
「ええっ!? 俺そんな声なんですか!?」
「うん」『はい』
衝撃の事実に目が眩む。
「まあまあ。そんなに落ち込まないで。……行こうよ」
「……はあ。行くか」
セレネが一瞬笑いそうになったのをスカイは見のがさなかったが、わざわざ追及はしなかった。
「ねえねえ。向こうって、どんな所があるの?」
「そうだなー」
スカイは楽しげに故郷を思い返した。
二人は、魔法陣の中心へ向かう。
「例えば、妖精の森とか?」
「へー、なんか絵本みたいだね。他には?」
スカイにとっては、生まれた土地へ帰るために。
「神の祭壇、とか」
「ほー。どんなときに行くの?」
「特別な神と契約する時……かな」
セレネにとっては、新しい土地を踏むために。
「じゃあさ、じゃあさ。二人で住むんだったら、どういう所があるの?」
「え、ええ!? ふ、二人で住む場所……!?」
二人は、どんな道を歩むのか。
「そうだな……うーん……あ、あそこなんて良いかも――」
「今言わないでよ!」
「何で?」
「何でも!」
「えー、今言いたいんだけど」
「だーめ! 後で! 後で教えて! 絶対だからね!」
「はいはい」
「絶対だよ!」
二人は笑い合い、手を繋いだ。
笑顔が弾ける。
光が散り、青の粒子が舞った。
「私は挨拶しとこっかな。…………元気でね、みんな」
セレネのそれは、誰に言った物でも無かった。
きっとこれは……けじめだ。一つのけじめ。
スタートラインに立つための、そして、ゴールテープを切るための、けじめ。
スカイは何故かまた溢れてきた涙を拭き、セレネに倣って呟いた。
「元気でな、みんな。……ありがとう」
“みんな”に分かれを告げたスカイは、その光景を瞼に焼き付けるように目を閉じた。
この記念すべき日を、風景を、忘れないように。
……呪文を優しく、紡いだ。




