47.二人と独り
「…………!?」
地を踏んだスカイは、目を疑った。
スカイは、月に幻を見せられ、セレネから遠ざけられると思っていたからだった。
「……セレネ」
壁が生きているように脈打つ、真っ赤な部屋の中。
純白の服を着た彼女は、そこに立っていた。
「セレネ!」
呼ぶと、彼女は振り返った。
「……スカイ?」
彼女の顔が緩んだ。そして、目に光る物が溢れ始める。
彼女は、こちらに駆けてきた。
「スカイっ!」
彼女は、スカイに抱きついてきていた。
スカイは、驚いた。
「本当に……セレネか?」
「うん」
彼女は、元気よくそう言った。
スカイは、恐る恐る、彼女の手に触れてみた。
――スカイは目を見張った。
「冷たい……?」
グサッ。
体に、違和感。
「……アハハ」
彼女のもう片方の手が、スカイの腹部を貫いていた。
「あんたなんて、死んで当然」
彼女は、冷徹に言い放った。
前のスカイならば、耐えきれなかったであろう。
――だが。
「これは幻影だろ? 月」
今の彼には、通用しなかった。
目の前の女は、目をぱちくりさせた。
「……お、お前、なんか強くなってないか?」
「これが幻だって知ってるからじゃないのか?」
そう言ったスカイは月の腕を持ち、迷いなく一気に引き抜いた。
すると、傷はあっという間に塞がり、衣服も元に戻った。
「俺に何を見せたって無駄だ」
悪魔は少し驚いたような表情を見せたが、直ぐに不敵に笑った。
「じゃあこれはどうだ?」
スカイの足元に、大穴が開いた。
「堕ちろ!」
悪魔は勝ち誇ったように叫んだ……が、スカイは落ちることなく、その場に浮き続けていた。
「……は? なんで?」
「これは幻だ。その主導権を、今俺が握っている」
「んなこと出来るわけねぇだろ! ここは俺の世界だ!」
「お前は弱い。それだけだ」
足元の大穴が閉じた。月の顔が歪む。
「ああ? 俺が弱い? 笑わせんな! お前、さっきまで防戦一方だったろーが!」
スカイは困り顔で答える。
「確かに、お前は強い。お前一人で、俺達魔術師を全員滅ぼせるくらいにな。……だが、それは力の面で
だ」
「……精神世界ではお前の方が強いと?」
「ああ、そういうことだ」
月はそれを、鼻で笑った。
「どこにそんな根拠がある? 俺の方が強いに決まってるだろ?」
「じゃあさっきのはなんだ? お前が本気を出して無かったって?」
月は唇を噛んだ。
それを見て、スカイは笑みを浮かべる。
「さっさと観念して、セレネを渡せ。セレネは今どこだ?」
「……教えるかよ」
「じゃあ、力づくで引き出すまでだ」
スカイは手をかざした。
……が、力は発動しない。
悪魔は笑った。
「全く、あの忌々しい女神に助けられるとはな! あいつの力も、俺の世界では及ばないって訳だ!」
そう言うと、悪魔はスカイに手をかざした。
蒼の魔法を諸に喰らったスカイは弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「弱いなあ」
スカイは咳き込みながら、よろよろと立ち上がった。
だが、また魔法に吹き飛ばされる。
「止めとけよ。怨恨で出来た俺に敵う訳ない」
「怨恨で出来た……?」
「ああ、そうだ。俺は悪魔の中でも特殊な部類でな。俺は、人間から作られた」
スカイが、また叩きつけられる。
「……まあ、お前に言ったって仕方ないな。というかお前、辛そうにしてるけど痛み感じてねぇだろ?」
「……」
「なんとか言えよ。……ああ、ご察しの通りだよ。お前は痛みを感じていないし、俺はお前を殺せない。
お前をここで殺すのは不可能だ。だが……|ここに閉じ込めることは出来る《・・・・・・・・・・・・・・》」
月の口角が吊り上がった。
スカイは目を見開く。
月が手のひらを合わせた。
すると壁の脈動が速くなり、肉壁は一気に縮み始めた。
「お前をここに閉じ込めたら、後は人間を滅ぼすまで! 業火の神が来ようと破壊神が来ようと、構うものか!」
壁が迫り、内臓のように脈打つ肉がスカイに圧力をかけてくる。
(おかしい……痛みがある)
月は笑っている。
「ざまあ見やがれ! 生ぬるい情に浸かってるお前とは、格が違うんだよ!」
壁が視界を遮り始めた。
月の姿が見えなくなっていく。
「お前はここで一生を過ごすんだ! 良かったじゃねえか、セレネにも会えるしな!」
「うん、本当に良かったよ」
……今喋ったのは、スカイでは無かった。
「スカイを酷い目にあわすなんて……許せない」
蒼の閃光が迸った。
月の体が飛ぶ。
もう一度蒼の魔法が使われると、壁が焼き焦げ、スカイは自由の身になった。
「私だって、戦えるんだよ?」
「……ああ、知ってた」
そこに立っていたのは、紛れも無くセレネだった。
セレネが、ぎゅっと抱きついてきた。
スカイは、手に触れる。
……暖かさがあった。
「……セレネだ」
「うん」
その二人の間に、蒼の魔法が突っ込んでくる。
セレネが手の平を向けると、魔法は軌道を横に逸らし、壁面に衝突した。
「貴様……どうやって外に出てきた!?」
「だって、彼氏がピンチだったし」
「そんな簡単な理由で出られるはずがない! 俺の魔力を使って封じ込めてたんだぞ? それに、それに
お前は俺の手中に……」
「あんな催眠紛いの話術で私をコントロールしたと思ってたの? ふざけないで」
セレネはピシャリと言い放つと、悪魔はたじろいだ。
セレネはスカイの手を握る。
「今から出るよ。集中して」
「でも、魔法が封じられて…………ああ、そうか」
スカイは気付いた。
(今までのは、「俺が魔法を使えないという状況を見せられていた」ということか)
「よし、行くか」
「うん、行こう」
二人の姿が、蒼い光に包まれた。
「逃がすか!」
悪魔が黒の閃光を放つ。
しかし、それは蒼に呆気なく掻き消され、二人の姿は消えた。
一匹の悪魔を残した空間は、静寂に包まれた。
*
スカイとセレネは、無事地上に戻って来た。
月の攻撃を食い止めるキルエナ達を横目に、ひとまず身を隠す。
と、女神の声が聞こえてきた。
『セレネと月は、正確に切り離しました。よくやりましたね』
「ありがとうございます。……といってもまあ、僕は何もしてませんが……」
スカイがバツの悪そうに言った。
「私のお手柄ってことで良いの?」
『はい、そういうことです』
セレネは自慢げにスカイを小突いた。
『あとは、お二人エンパスが月を倒すのみですが……出来ますか?』
「はい。問題ありません」
「私も大丈夫です」
セレネの言葉に、スカイが眉をひそめる。
「セレネは隠れとけ。危ないだろ」
「でも、一人じゃ敵わない。そうでしょ?」
「そうかもしれない。でも、セレネをこれ以上危険にさらすのは――」
「ありがとう。でもだよ? もし私が逃げたせいでスカイが傷付いたら……私、もうスカイと目を合わせ
られないよ」
「――っ」
「だから……私も戦う。一緒に死のう、って言ってる訳じゃない。一緒に戦って、あの悪魔を倒して、一
緒に暮らす! それだけ!」
「……分かった。だけど、無理するなよ」
女神が笑っているのが分かった。
『懐かしいですね。私とザレスも――あ、いえ、なんでもありません。では、お二人とも頑張ってください。先ほども言いましたが、力の面での心配は不要です。存分に暴れてください』
二人は頷いて、手を握った。
「「行こう」」




