46.動く
スカイが力を使うと、ダンデは拍子抜けするほど簡単に捕まった。
「やはりこうなったか」
縄でぐるぐる巻きにされながら、ダンデはどこか嬉しげに呟いた。
「君は立ち直ると、私は信じていたヨ」
「そうですか」
スカイが目を合わせないのを見てか、今度は悲しげに息を吐く。
「……すまない。ラーシャは、私も殺したくは無かった」
「嘘だ」
ダンデの目が、こちらを向くのが分かった。
「……本当にすまない。私は、そうする他無かったんだ」
「……仮にそうだとして、じゃあ何故師匠を殺したんです?」
「それは、君を挫折させて――」
「そうさせたかった理由を聞いてるんです」
ダンデは口を噤んだ。目が、慌しく泳いでいる。
「あなたが何かを企んでいたのは分かっています。でも、それに至った理由は何だったんですか? あなたは僕の知る限りでは、こんな残忍なことをする人では無かったはずです」
「…………それは……」
「それは?」
「それは、ある人が関与してる」
「誰です?」
「……彼の名は…………ネー……」
そう言いかけ、ダンデは頭を振った。
「すまない、私には言えない。――言えば私の身が」
「話して下さい。……今の状況が分からないんですか?」
スカイはキルエナ達を指す。
ダンデはその面子を見回し、肩をすくめた。
「まさか君に脅される日が来るとはネ。……だが、言えない。言えば殺されるのは目に見えてる。…………ただ……ただ、これだけは言える。私は“彼”の提案に乗り、手を貸した。……それが、この結果だ」
ダンデは、顎で怪物を指した。
「私はアレを召喚するため、様々な準備をしてきたヨ。情報を集め、あらゆる可能性を考慮し、策を練った。10年間、10年間もだ」
ダンデはスカイを見る。
「私は計算に計算を重ね、完璧な計画を目指した。……自画自賛になるが、実際出来上がった物は私にとって満足のいく物だったネ。だがその中で一つ、問題があった。――君の存在だ」
「俺がエンパスだということ、ですね?」
「ああ、そうだ。エンパスだということ自体危険だったが、共感対象が未知の神だということで、私と“彼”は余計に警戒していた。スカイの力に気付いた時、“彼”は『排除しろ』と命令してきたが、私は拒否した。本当に死ぬかと思ったが……なんとか、“彼”は生かしてくれた」
「…………」
「スカイを殺さなくて正解だったヨ。……こうして、私を縛ってくれているのだから」
『ドMですかね』
唐突な女神の発言を無視する。
「もし君が立ち直らなければ……“彼”の思う壺だった」
「……あなたはその人物に協力したんじゃ?」
「ああ、協力したとも。だが、それは社会を変えたかったからで、人類を滅ぼしたかったからじゃない」
ダンデはまた、月を眺めた。
「ああ、詫びても足らないだろうな。私のした事は取り返しがつかない。……私は何人も殺し
た。“彼”への恐怖から、自分の人格を歪めたんだ。…………もう、私の話は終わりにしよう。さてスカイ君、用件は何だい?」
スカイはまだ聞きたい事があったが、セレネの事を考え、手短に用件を話した。
「あの少女を助ける方法か。さすがだネ。……それは、神の指示かい?」
「さあ?」
「……まあ良いヨ。その通り、私はきちんと策は用意してある。……魔法陣を見てみなさい」
スカイは言う通りに魔法陣を見た。
「……拘束用の魔法式と、思考を操る魔法式」
「そうだ。私は二つで事足りると考え、魔法式を作った。……だが、月の力は想像を絶していた。恐らく二つ一度に発動させれば効果は薄くなり、簡単に魔法は破られてしまうだろう」
「なら、一つに絞るまでです」
「だがそうすると、片方が疎かになってしまう。拘束を選べば動きは止まるが、時間稼ぎ以上の成果は得られない。スピード勝負になってしまうだろう。逆に思考操作を選べば洗脳出来る可能性もあるが、それまで怪物は破壊を止めないし、失敗する確率も大きい。……そうじゃないか?」
「確かに動きを封じるのもいいですが……今の俺に、選択の余地は無いんです。……思考の操作で。そして、月の中に潜り込ませてください」
ダンデはスカイの目をしばらく見つめた後……若者を面白がるような調子で笑った。
「いやー、青春してるな。良かった、良かった」
「……」
「じゃあ、準備しよう」
スカイが縄をほどこうとしたが、ダンデはそれを制した。
「このままで十分だ」
ダンデが目を閉じる。すると、スカイの頭に、何か橋のような物が出来た気がした。
「なんだ……?」
『橋とは抽象的ですね。まあ、文字通りなのでしょうけど』
ダンデが眉を上げた。
「どうだ? 行けるかネ?」
スカイの中には、プランが浮かんでいた。
まず、動かない月の中に、難なく入りこむ。そして、セレネを説得する。それから女神の力でセレネと月を切り離し、一緒に外へ出る。最後に、月を潰す。
――以上、これで平和は戻るはずだ。
(……これ、結構簡単なんじゃ? なんか月も怖くなくなってきたし……行ける?)
その思いは、なんとなくから、段々と確信に変わっていった。
しかし、そう思った所で女神の声が。
『残念ながら――そう上手くはいかないのが、この世の常です』
バチバチと、火花の飛ぶ音がした。
スカイは、後方の巨大な魔力に振り返った。
……まさか。
慌てて叫んだが、間に合わない。
(嘘だろ! そんなことしたら……!)
あっという間に、先程のプランは崩れたのだった。
――あろうことか、あの“月”に魔法をぶつけた人物がいたのである。
「…………ソラル」
ソラルの目は、任務を遂行した軍人のように、その誇りを湛えていた。
『まずいですね。月の関心がセレネから逸れますよ』
間もなく女神の言った通り、月が動き始めてしまった。
この世の物とは思えぬ、生気を吸うような雄叫びが上がる。
ソラルの目から、光が消えた。
「た……倒せてない……?」
恐らくさっきの魔法は彼の全力だったのだろう、とスカイは思った。
ソラルは後ずさり、フレアを背に隠した。
「コイツは……私達の闘える相手じゃない」
無意識に呟いたのであろうキルエナの手は、今微かに震えている。
GSTの隊員達も、その強大さに気付いているようだった。
無理も無い。
明らかに、動きを止めていた時とは魔力の質が違っていたのだ。
もっと濃い、刺すような、飲み込むような、そんな力が発せられている。
月は骨のぶつかるような音を立てながら、目の暗い空間で、こちらを見下ろした。
場の全員が、息を飲む。
月は動きを止め――
『来ますよ』
弓の弦が弾かれたような音がした。
空気が震えた。
(……なっ!?)
瞬く間に、地面が深く抉れた。
まるで、隕石が落ちてきたような抉れ方だった。
一瞬の出来事に、困惑する。
(音がして、次の瞬間には大穴が開いていた……なんてあり得るのか?)
『言ったでしょう? 月は私の力を持ち、しかも魔力を最大にまで蓄えていると。こんなこと、アレにとっては朝飯前なのですよ』
「当たれば……即死」
『そのようですね』
第二波が来た。
女神の力のお陰か、今度は何とか、攻撃を捉えられた。
攻撃は……キルエナに向かっている!
「危ないッ!」
反射的に加速魔法を使い、キルエナに抱きつく形で彼女を軌道から外した。
後ろを向くと、大地には、二つ目の大穴が開いていた。
キルエナに覆い被さるような体になっていたスカイは立ち上がり、月を見据える。
月が咆哮する。
……なにか怒りが含まれているような、そんな叫びだ。
第三波。さっきの二つより、強力になっているように見えた。
手をかざす。
もしかすると、打ち消せないかもしれない。
そう一瞬思ったが、敵の得体の知れぬ魔法は消え去ってくれた。
「消せる……!」
『油断は禁物ですよ』
月が叫ぶ。
それと同じくして、宙に無数の魔法陣が描かれる。
「空に魔法陣を展開した!?」
月が両手を動かし……手のひらを重ねた。
銀色に光る物体が、魔法陣から飛び出てくる。
魔法陣から、武器の雨が降り注ぎ始めたのだ。
それらが地面に刺さる度、金属音が鳴り響く。
「キルエナさん、ソラルを!」
そう言いながらドーム状の壁を張り、キルエナの部下達を守る。
キルエナはサテライトの一方をソラルの方に投げた。その白い球体は、貧弱な結界を張るソラルの前まで高速で飛んで行き、角形のシールドを展開した。
『魔法陣を消して下さい』
スカイが手をかざし念じると、狙いを定めた魔法陣が消えた。
その調子で、発生源を潰して行く。
しかし、月は魔法陣を産み出し続けているため埒が明かない。
『スカイさん、月の中に入れますか?』
「キルエナさん達はどうするんです!」
『ひとまず逃げるよう指示してください』
直ぐにキルエナにそう伝える。
だが、キルエナは納得せず、怒りを露わにした。
「そんなこと出来るわけないだろ! 死んだ部下達はどうなる? 隊長はどうなる? ……逃げちゃ、示しがつかないだろ‼」
今度は、ソラルとフレアに逃げるよう伝えた。彼らは直ぐに、この場を離れてくれた。
『あのキルエナという方はかなりの手練れのようですし、放っておいても問題は無いでしょう。部下たちも守り通せるかもしれません』
「女神様が守ってはどうですか?」
女神は、それには答えなかった。
『物は試しですよ。スカイさんには私の加護がありますし、きっと大丈夫です。セレネを説得して、いち早く戻ってきてください』
月は吠えると、片手を大きく掲げた。
月の頭上に、黒い球体が形作られる。それは、徐々に大きくなっていく。
『隙だらけですね。今なら入りこめます。行ってください』
「でも、あの魔法は尋常じゃないですよ? あれを防げるとは思えないです」
『では彼らが死ぬ前に、スカイさんがセレネを説得すればいいだけの話です。……こうして時間を潰して、良い結果になったことがありますか?』
「……」
スカイは、返答できなかった。
(……行こう。セレネが待ってる)
スカイは月を見据え、大きく息を吸った。
(そういえばこれ……魔法陣に飛び込んだときと似てるな)
彼は目を閉じる。
(セレネ…………)
彼の体は、溶けるようにして消えて行った。




