45.希望
死ぬのが怖い?
もう疲れた?
逃げたい?
――情けない台詞だと、スカイは省みた。
(俺は、なんて馬鹿だったんだろう)
死ぬのが怖いなんて、魔術師の吐ける言葉じゃない。
魔術師は、生と死を扱う集団だ。あるときには然るべき制裁だと称し、罪人に死を与える。またあるときには神の導きと称し、善人を助ける。
死神にも、天使にもなれる、そんな存在。
だからこそ、生と死は表裏一体だと知ることができた。
だからこそ、魔術師の誇りを持てた。
――だからこそ、生かさねばならない。
……ウォーダンは言っていた。
『君は命を考え過ぎている! 人は死ぬ! それは当然の事だ!』
確かに、言っている事には一理ある。人は、いずれ死ぬ。不老不死の力は、今存在しない。
(……でも)
助けられる人は、助けられるじゃないか。ラーシャも、そう言っていた。
(……俺は、やるべきことをやる)
その「やるべきこと」は、理解出来た。自分で探して、探して……そして、見つけた。
(守りたい物……いや、守るべき人を、守ること。それが、俺のすべきことだ)
あとは、それを実行するだけ。
(俺の命を燃やしてでも……セレネは、助ける)
――時間が動きだすと同時に、スカイは走り始めた。
加速魔法をすかさず使うと、風景が超高速で後ろに流れ始める。
『スカイさん、私です。聞こえますか?』
「はい!」
『もう月が勘づきました。月は、あなたが手にした力の事も全て把握しています』
「分かりました、とにかく今は、月の下へ着く事を最優先にします!」
『はい、そうしてください。……ですが、邪魔が入りそうですね』
ずっと前方に、無数の黒い渦が現れた。同時に、加速魔法が消える。
『妨害魔法の使い手が居ますね。手強いですよ』
「……はい。ですが、全力で行きます」
赤ローブ達が、こちらめがけて突進して来る。
スカイは走りながら、彼らの方へと手をかざした。
その瞬間、強力な蒼の魔法が迸り、その魔力に薙がれた赤ローブ達は、道を開ける形で、左右に吹き飛んだ。
(これが女神セレネーの力……聞いたことのない名前だったけど、実は凄い神なんじゃ……?)
『……聞いたことのない名前、ですか』
「…………」
スカイが無言のまま指を鳴らすと、赤ローブ達一人一人の足元から、体を取り囲むように鉄の棒が何本も突き出した。鉄の棒は高く伸びると、折れ曲がって自ら蓋をし、人間用の鳥かごを形成した。
彼らは鉄格子を打ち破ろうと行動を取り始める。体当たりをしたり、棒をよじ登ったりしているが、外に出られそうな気配は無い。
彼らは、何故か魔法を使おうとしないのだ。悪魔の魔法が使えれば、そんな鳥かごなど、簡単に壊せるのに、彼らはそれをしようとしない。
何故か。
――赤ローブ達は今、魔法を使いたくても使えない。
『なるほど、ここで魔力の無効化ですか』
「はい。彼らの魔力は抜き取って、神に返しました」
『さすがエンパスです。よくやりましたね』
「いえ、女神様の力が強いんですよ。女神様の“魔力を操る力“は、戦術に幅が出て助かります」
『それは良かったです』
スカイは走る。
『気を付けてください。元・仲間が残っていますよ』
女神が言い終わるか言い終わらないかの所で、三つの影が現れ、スカイを囲んだ。
やはり、ヒィ、フゥ、ミィの三人だ。
「止まりなさい、スカイ。この先には行かせない」
「いくらフゥさんの頼みでも、嫌です」
「それなら捩じ伏せる! ヒィ! ミィ!」
呼びかけに二人が答えると、三人を基点にして、赤・青・緑の三つの魔法陣が展開された。丁度スカイの足元で、それらが重なる。
スカイは、この魔法を見たことがあった。
『へー。複合魔法ですか』
段々と口調の砕けてきた女神が言った。
そう、これは複合魔法である。複合魔法とは、二つ以上の魔法をぶつけて融合させることにより、互いの属性を維持しつつ、その魔力を最大にまで引き上げるという、超高難度魔法のことだ。この魔法は術者の息が合っていなければ成功せず、失敗すれば大爆発を起こしたりして、多大な被害を被ってしまう。
(でも……この三人は三つ子だし、息ぴったりだからな)
『それは、逃げる必要があるということでは?』
女神が言うが、スカイは慌てなかった。
三人が詠唱を始める。
「神火清明!」
「神水清明!」
「神風清明!」
魔法陣が怪しげに輝き始める。
やっぱりここは逃げようと思ったスカイは、自分の足が動かないことに気付いた。
「私の妨害術で、あんたの足は拘束済みよ! ざまぁみなさい!」
ヒイが勝ち誇ったように言った。
「じゃあ、しばらく寝ててもらうわ。……残念ね、スカイ。じゃあ、また今度」
三人が、腕を一斉に薙いだ。
そこで、スカイは光に包まれ、想像を絶するダメージを与えられる――はずだった。
「――!? なぜ!? なぜ魔法が発動しないの!?」
三人が、同様のリアクションをとる。
スカイは鼻を鳴らし、女神の力について話した。
「そ、そんな! 反則よ! 法律違反よ!」
「法に『魔力を操ってはいけない』なんて項目、ありましたっけ?」
喚いたヒィを、言葉で突き刺す。
「くっ……そ、それなら、魔法無しで戦ってやる!」
「すみません、今急いでるので……進んでも良いですか?」
ヒィが顔を真っ赤にして、キレた。
「こ、ここ、こんのクソガキィッ!!」
ヒィが殴りかかってくる。それを見て、スカイはやれやれと手をかざした。途端、先程前の威勢はどこへやら、ヒィは顔をだらしなく蕩けさせ地面にへたり込んだ。
「何かデジャヴを感じたので、魔力をある程度抜きました。一、二時間は動けません」
スカイの頭には、元の世界で会ったあの魔物が浮かんでいた。
「……どうしますか? お二人もやりますか?」
フゥとヒィは、だらけたヒィの顔を見てから、顔を見合わせ、そして軽く笑った。
「……なんか、戦ってるのが馬鹿らしくなって来たわね」
「……同感だ」
そう笑いあって、フゥは、道を開けた。
スカイの前には今、月への一本道が見えている。
「どうぞ。他の邪魔は私とミィで片付けるから気にしないで」
スカイは二人の急な心変わりに、本当に信じて良いのか不安になった。
「……フゥさん、良いんですか?」
「ええ。……早く行ってあげて」
……その目に、偽りは無いように見えた。
スカイは迷わず、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「止めて。……お礼なんて、言われる立場じゃないからね」
スカイは頭を上げた。
「ほら、今はヒィも……あんな調子だから、妨害される事は無いよ。……あの化け物を倒すなら、絶好の機会じゃない?」
「……はい」
スカイは、本当にそう思った。
妨害も無い。力の制約も無い。しかも、この魔力を操る力があれば、もう無敵と言っていい。
――勝てる。
「……失礼します」
スカイは加速魔法を使い、一直線、月の元へと向かった。
*
スカイが到着したそこは、本格的な戦場であった。
相手は、ダンデのみ。だが、キルエナ達は完全に劣勢であった。
(……月は動いてない? 何故だ?)
『恐らく、何かの邪魔が入っているのでしょう』
自分への問いに、女神が勝手に答えた。
『内側から、何かが行動を阻害しています』
スカイは、ピンときた。
「それって、もしかして……!」
『ご明察。今戦っているのは、紛れも無くセレネ本人です』
セレネが……戦ってる。あの月と、懸命に。
スカイの慄いた、あの月と。
(俺が逃げてる間にも、セレネは戦っていたんだ……)
途端、胸に湧き上がってくる物を感じた。
スカイは、月を見据え、そして手をかざ――――
『ちょっと待ってください!』
「なぜ止めるんですか? 今から月を木端微塵に――」
『セレネをどうする気なんですか? 彼女は今、月に取り込まれてるんですよ?』
「……月を破壊すればセレネが戻ってくるかと」
『それでもドルイドですか? 今のセレネは月と一体になっています。月を消すと言う事は、セレネを消すことに等しいのですよ?』
「……じゃあ、どうします?」
『月とセレネを切り離すしかないでしょう。私が力を使えばなんとかなるかもしれません。……ですが、問題があります』
「問題、ですか」
『はい。彼女は今、月に心を囚われてしまっています』
「セレネが……? でも、さっき月と戦ってるって……」
『確かに彼女は戦っています。ですが、その抗う心はごく僅かです。彼女の心の大部分は月の「人を殺す」という欲望に拘束されてしまっています。まずは、彼女に自分自身を取り戻させなければなりません』
スカイは、怪物を見上げた。
月は動かず、宙で停止し続けている。
(今もセレネは頑張ってる……俺も本気出さないと!)
『その意気です。ではまず、ダンデを捕まえてください』
「……セレネを助けないんですか?」
『今アレに話しかけても無駄です。まずは、月の中身と対話する手段を得なければなりません。あの男は用意が良いようですから、きっと策を用意しているでしょう。それに、帰還方法も聞いた方が良いのでは?』
そうだった。イブリースのボス――ダンデは、こちらに魔術師を送りこんできていたのだ。帰る方法もきっと知っている。それを聞きだして、まずは怪我人を運ばないと。
――怪我人と言えば。
「女神様」
『あの眼鏡の男なら、もう既に回復しています。あなたが私と出会った時点で私の封印は解けていましたから』
そうか、魔力の操作だ。
魔力を操れるならば、もちろん魔法を消す事も可能なはず。
つまり、悪魔の魔力も消去できるということ。
「ありがとうございます」
『礼には及びません。また今度、借りは返してもらいますから』
スカイが苦笑していると、ダンデとなんとか渡り合っていたキルエナが、こちらに気付いた。
彼女は一瞬だけ安心したような笑みを見せ、またダンデに視線を戻した。
『彼女も、あなたを心配していたのですよ』
「……謝らないと」
『そうですね。ついでに、ダンデも捕獲してください』
女神は向こう側で、また微笑んでいるのだろうと思った。
『さ、集中してください。あなたの不安材料は、もうありません。全力でダンデを捕獲し、全力でセレネを助け出す。それだけです。――彼らの言う「最終舞曲」を、絶対に止めなければなりません』
スカイは頷くと、すぐさま戦いに割り込んで行った。




