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42.無力

 ラーシャに手を引かれ、スカイは空を飛んでいた。火薬と油の臭いが立ち込め、ところどころからまだ悲鳴が聞こえてくる。視界の隅で、隠れていたらしい味方が捕まり、殺されるのが見えた。……多くの仲間を失い、ラーシャは変わり、イルキは瀕死状態、アイドは悲しみに暮れ、そしてセレネは自分の下から離れて行った。


 ――改めて見た負け戦は、スカイの心を崩落寸前までに追い詰めていた。


(全部俺のせいだ……)


 自分がキルエナに手を貸さなければ、こうはならなかったのかもしれない。あるいは、イブリース自体に出会わなければ良かったのか。いや、そもそも異世界に来なければ良かったのか……。


(皆を酷い目に遭わせて、俺は今無傷? ……くそっ)


 横に並び空を飛ぶラーシャは、冷淡な目で戦場を見下ろしている。スカイは彼女から目を逸らした。


(……なんでこうなったんだよ)


 ああ、自分の記憶を消して、無かったことに出来れば。時間が巻き戻せれば。死んだ仲間を生き返らせる事が出来れば……。そう思った。


 しかし、魔法は万能ではない。


 記憶の消去、時間の操作、代償の無い蘇生。


 これら三つは、未だ神が人間に与えていない力だ。それはまるで、過去を省み苦しめと言っているかのような……。


 遠くで黒い爆炎が起こった。一つじゃなく、二つも三つも。


(また人が死んだ……また……)


 まるで自分だけがどこか別の世界にいるみたいだった。皆が死に、二度と会えなくなる。彼らは家族から引き剥がされ、その人生を終えるのだ。……自分のせいで。


「壁内に入るわ。ヒィは感知魔法の妨害に力を入れてるみたいだから、一気に行くわよ」


 ラーシャが言った。


 自責の念に押しつぶされそうになりながら、スカイはふと思った。


 そういえば、何故あの三人は裏切ったんだろうか。


 自分を昔から世話してくれていた、優しい姉のような存在の三つ子。それが、ついさっき自分を殺そうとしていたのだ。スカイが目を閉じると、今までの楽しい思い出が一挙に浮きあがって来た。


「うっ」


 突然吐き気がこみ上げて来て口を抑えた。虫を見た時みたいな不快な感じじゃなく、体が何かに押されたみたいな吐き気だった。


「……駄目だ」





 高度がだんだん下がって来た。崩れた壁の内側には、円形の広場があった。スカイはその荒廃ぶりにまた自分を責めたが、広場の中央に蹲る影を見、やっと目に光が戻った。


「セレネ……! 無事だった……!」


「早く行きましょう」


 スピードが上がる。一直線に飛び、ぐんぐんとセレネが近くなる。


 大丈夫だろうか、怪我はしていないだろうか、嫌な思いはしていないだろうか、元気だろうか、また好きだと言ってくれるだろうか。


(とにかく今は、セレネを護ってやらないと……!)


 セレネは、今のスカイにとって唯一の希望だった。彼女を抱きしめることで、この心の痛みが和らぐのではないかと思った。


 壁内区域に入った。もう少しでセレネを護ってやれる。そう思ったが、ラーシャは空中で停止し、高度を下げて着陸した。当然、妨害魔法のせいでラーシャ無しの飛行が不可能なスカイも地面に足を付けることになった。


「なぜ降りるんですか? 直接飛んで行った方が早いのに」


 ラーシャを半ば睨みつけるように問いかける。


「スカイの目は節穴? ほら、あそこに」


 ラーシャの指さす先には、セレネがいて――その少し離れた場所に、ダンデがいた。


「ダンデさん!?」


 ダンデはもうこちらに気付いていたようで、こちらへ歩いてくる。


「スカイ君、また会ったね」


 ダンデはにこやかに言った。


 スカイは思った。なぜここに局長がいるのだろう。


(あ、そうか。セレネを助けに来てくれたのか)


 スカイはにこやかに会釈を返した。が、ラーシャはそれをせずスタッフを取り出す。それを見て、ダン

デは歩みを止めた。


「師匠?」


 ラーシャは手を伸ばし、スカイに前に出ないよう指示してきた。


「ダンデさんはセレネを助けに来てくれたんでしょう? 師匠のそれだと、まるでダンデさんが敵みたいじゃないですか」


 ラーシャは局長を見据えたまま答えた。


「彼は敵よ」


 スカイは一瞬きょとんとした後、苦笑した。


「何言ってるんですか? ダンデさんは僕達を育ててくれた人ですよ? それに、じいちゃんの下で魔法社会の形成に貢献した高名な人です。フゥさん達は何故か寝返ってしまいましたけど、ダンデさんは味方です」


 スカイは絶対の信頼を込めそう言った。


 ラーシャは愛想を尽かしたように言った。


「まあ、確かにそうだけどね。彼は私達を巡り合わせ、師匠と弟子の関係を紡いでくれたわ。――でも

ね。でも、現実は甘くないの」


 無意識の内に師匠を睨みつける。


「何か証拠があるんですか!?」


 語気を荒げて言う。


 すると、ラーシャは落ち着いた様子で答えた。


「じゃあ、良く考えてみなさい。この広場には、セレネとダンデしかいなかったのよね? それっておかしいと思わない? ――なぜ敵は襲ってこなかったの? だって、敵はこの外にうじゃうじゃいるのよ? こちらの感知魔法は制限されているけど、向こうは使い放題。壁内に誰かがいるのはすぐ分かったはずよ。特に、ダンデの魔力は桁外れだから、見落とす可能性はまず無いわ。……でも、どうやら敵はダンデに気付いていないようね。――いえ、気付いていながら無視しているのかしら? イブリースは敵を発見すれば容赦なく襲いかかり殺しを行って来た。それを考えれば、長は悠々とここに留まっていられないはずだし、そうでなくとも戦闘の形跡がどこかに見られるはずよ」


 スカイはそう言われ、辺りを見回した。悔しいが、確かに壁の崩れた部分以外は綺麗で、特に広場は抉れたり、黒焦げたり一切していない完璧な状態だった。


 次にダンデの身なりを見た。――傷一つ無かった。


「長は敵から狙われていないわ。それどころか彼は、全部隊を統率する立場にある」


 全部隊を統率する立場……。


「それって、彼らの言う『ボス』のことですか……?」


 ラーシャは重い面持ちで頷いた。


「さっきから何を言っているのかネ? もしかして、私を裏切り者呼ばわりしているとか……?」


 スカイは言葉を返さず、じっとダンデの方を見つめた。


 彼は肩をすくめた。


「そんな疑うような目を向けないでくれヨ。私はただ彼女を助けようと思っただけでネ」


「……本当ですか?」


「ああ、本当だとも」


 三人の間に、沈黙が広がった。ダンデは微笑み、ラーシャは殺意の籠った眼差しを向け、スカイはじっとダンデを見ている。


 その沈黙は、黒い渦の発生により断ち切られた。現れたのは、あの語尾を伸ばす男だった。男は辺りを見回しダンデを見つけると直ぐに駆け寄り、大声で報告を始めた。


「ボス、先程一般人一名により大損害が……」


 スカイは眉根を寄せた。


 男は珍しくきびきびと話していたが、ダンデの鬼のような形相にたじろぎ、口を噤んだ。ダンデが怒りに震えながら一言呟いた。


「間抜けめ」


 ラーシャが詠唱を始めた。スカイが後ろに下がるのを見ると、彼女はスタッフを一振りした。天の赤色が一瞬黒に変わり、雷鳴が轟くと、無数の雷が放たれた。青い電光はダンデに向かう。


「ヒィ!」


 ダンデが叫ぶと人影が現れ、赤い閃光を放つと、青い電光と相殺させた。ラーシャは間髪入れず詠唱を行う。地面が割れ、破片が持ち上がり、ラーシャの周りで停止したかと思うと、それは鋭い巨大な棘と化して、ダンデを襲う。しかしそれもまた、ヒィにより相殺された。


「私は妨害魔法が得意だって、何度言えば分かるのかしら?」


「どけ、ダンデを潰す」


 ラーシャはいつになく集中しているようだった。天候操作、魔力変化、スタッフへの魔力供給。これら三つの均衡を保ったまま、しかも無関係なセレネを巻き込まないよう、精密な魔法軌道のコントロールを行わねばならないのだ。


「スカイ、私が時間を稼いでる間にセレネを! 早くしないと手遅れになるわ!」


 広場の中心にいるセレネを見て、それから目を泳がせる。


「早くして! 私はスカイみたいな膨大な魔力は持ってないんだって!」

「でも、師匠……!」


 スカイは迷ってしまっていた。


 セレネを助けなければならないのは分かる。セレネはずっと蹲ったまま微動だにしていない。一刻も早

く無事を確認したい。今から走っていって、彼女を護ってやりたい。


 だが、そうできない理由があった。ラーシャの戦いの方も問題であったのだ。その理由が、ヒィの得意としている“魔力遮断”である。魔力遮断は文字通り対象の魔力放出を遮断し、魔法を一切使えなくしてしまう妨害術だ。もし魔力遮断をかけられれば防ぐ手立ては無く、対象は全くの無防備になってしまう。それはドルイドであるラーシャも例外では無かった。もし無防備になったところを狙われれば死は確実だ。   


 しかし、その魔力遮断にも一つ弱点がある。魔力遮断はそのコントロールの難しさから、一度に一人に対してしか掛けられないのだ。すなわち、自分がラーシャの側にいれば、師匠がもし窮地に陥っても助けることができる、というわけだ。


(多分、俺は師匠の側にいるべきなんだ。もし俺がセレネを助けに行けば、きっと俺も敵幹部と戦闘になる。そうなったら、直ぐには師匠を助けに来られない……)


 スカイは強く唇を噛んだ。


 前では、魔法の応酬が続いている。閃光が衝突するたびに破壊音が散り、体が震えた。もうお互い無言詠唱は行わず、呪文を口に出していた。無言詠唱を使わなければ魔法の種類は相手に察知されてしまうが、魔法の威力は格段に強まる。二人とも本気でぶつかり合っているのだ。


 スカイはふと、その中で、ヒィが詠唱の所々に魔力遮断の呪文を散りばめて来ていることに気付いた。


「師匠!」


「分かってるわ! 早く!」


 懸命に闘うラーシャの目には、いつの間にか彼女らしい光が戻っていた。


「でも、もしかしたら!」


「私は死なないわ! それより早くセレネを! 外の魔法陣はセレネを縛り付ける為の物よ! きっと彼

らは……!」


 縛り付ける為の……? 一体……? 


「くぅっ!」


 ラーシャの肩が弾かれ、彼女の体制が後ろに傾いた。続いて足に一発、腹部に一発と、赤い閃光が肉を抉っていく。


「師匠ッ!」


「早く! 手遅れになる前に彼女を正気に戻して!」


 心なしか弱々しく見える光の結界に隠れながら彼女は叫ぶ。彼女の抉れた肩からは白骨が見え、腹部からは血が滝のように流れ出している。


(俺は…………俺は…………!)


 スカイはその光景から目を逸らし、走った。


 この前みたいに、彼女がいなくなってしまったら?

 永遠に会えなくなってしまったら?

 自分は責任を取れるのか?


 そんな考えが頭を支配する。


(――いや、前回師匠は帰って来た。今回だって……きっと大丈夫だ)


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。自己暗示を掛けるように何度も呟く。

 そうしていると、ラーシャならきっと大丈夫だと思えてきた。

 すると、何故か我慢できなくなって、ついラーシャの方を振り向いてしまった。


 ――ラーシャと目が合った。


 スカイは、ヒィに勝利して、ダンデにその切っ先を突き付ける彼女を想像していた。そして、親指を突き立て、あの時みたいに「大勝利!」と叫んでくれるんじゃないかと思っていた。


 だが、現実は違った。


 目が合ったのは勝ち誇るラーシャでは無く――ダンデに首を掴み上げられ、恐怖に震えるラーシャだった。


「うそ……だろ?」


 血まみれの人形は歯を震わせ、肉の見える体を細かに痙攣させている。完全に戦意を喪失した彼女を、さらに魔法が貫く。その度に口から血液が吐き出された。もう彼女の顔には苦痛さえも浮かんでいなかった。彼女は蒼白な表情で、ただ遠くを見つめていた。


 鮮血が滴り落ち、血だまりを作る。

 攻撃を受ける度、肉が辺りに散らばる。

 ダンデの高笑いが頭に残響する。


 スカイは、人の脆さを思い知った。同時に、ダンデの強大さも。


 いつしか声が出なくなっていた。あまりの光景に、ただただ立ちつくした。


 ――ラーシャとの思い出が、何故か今甦っている。



 ◆



 ダンデに連れられ初めてラーシャと出会ったとき、優しくしてくれそうな人だなと思った。少し怖いところはあったけれど、離れ離れになった両親の代わりとしてラーシャは一緒に生活してくれることになった。アカデミーへ持っていく弁当や、掃除、洗濯、勉強の手伝いも、ラーシャが一人でやってくれた。本人は「面倒だ」と言いながらだったけど、思えば弁当も手が込んでたし、アカデミーから帰って来た時には、いつも手作りのおやつ用意されていた。雨の日には、家に一本だけある傘をずぶ濡れになって持ってきてくれたこともあった。


 でも、一つだけ、本当に嫌だったことがある。


 ――アカデミー終わりの魔法修練だ。


 魔法修練とは、「アカデミーでは初級魔法しか習わないから」と言ってラーシャが一方的に始めた修行のことである。最初はスカイも熱心に取り組んでいたのだが、ラーシャは魔法のこととなると本当に厳しく、ちょっと制御を失敗しただけで練習が倍になったり説教をされたりして、修練はスカイにとって退屈な時間になりつつあった。

 でも、その中でもあの日は印象的で、スカイにとっての転機となった。




 ラーシャ宅の庭から、二人の声が聞こえてくる。


「ほら、もう一回やってみて」


 ラーシャが言うとスカイは首を横に振った。


「やってみてって……いきなり天候操作なんて無理だよ!」


「無理じゃないって。スカイはドルイド以上の魔力を持ってるんだから」


「なんで分かるの?」


「私くらいになると、感覚で分かるようになるの。経験ね」


「……俺はそんな風にはなれないね」


「分からないでしょ? 頑張ってたらきっと強くなれる」


「俺は頑張ったってずっと弱いままなんだよ」


「本当に頑張ってたら、きっと成果は出てくるって。ほら、やってみて」


「…………」


 辺りでは、虫達がその音色を奏でている。スカイはそれを聴きながら目を閉じ「う~~~」と力んだ。だが、何も変化は起こらない。


「……ね? 無理なんだよ」


「もう一回、ちゃんとやってみて。もっと集中するの。スカイになら絶対に出来る。下級魔術師なのに、今まで5人の神と契約出来てるんだから。普通だったら実力不足だって向こうから断られてるところよ。自信もって」


「…………」


「ほら、今朝ラトスとは契約できたんでしょ?」


「ラトス? あの女の子? 嘘だよ、あんな子が神様なわけないよ。7歳の俺と同じくらいの背丈なのに」


「いえ、ラトスは列記とした神様よ。ただ、神様は歳を取るのが遅いだけ。あの子でももう百年は生きてるらしいけど、まだ6歳くらいに見えるしね。ライタスは五百年で20代くらいに見えるし。……とにかく、力は授かってるんだから使えるはずだって。やってみて」


「…………もう疲れた」


「疲れた? さっき5分も休憩取ったじゃない。ほら、もう一回。出来るまでやるよ」


「…………」


 スカイはまた目を閉じたが、直ぐに目を開けた。


「ムリ」


「無理じゃない。スカイなら出来る」


「…………」


 スカイは今度は目を閉じず、舌打ちを一つした。


「だから出来ないって……」


「スカイなら出来るよ」


「さっきからなんの根拠があって言ってるの? 俺には魔法の才能なんて無いんだよ」


「そんなこと言わないで。スカイには才能が十分にあるよ」


「だって俺、アカデミーの成績が皆の中で一番悪いんだ。だから……」


 ラーシャは目を丸くした。


「そうだったの? じゃあ早く言ってくれれば良かったのに。もっと練習の時間を増やせば、お友達に追いつけたかも――」


「なんで全部練習になるんだよ! ちょっとは俺のこと考えないの!? 練習はもう嫌だ!」


 スカイはそう叫ぶと生えていた花を蹴散らし、その場から走り去ってしまった。


 残されたラーシャはため息をついた。


「早く一人前にしてあげたいのに……」





 スカイは行き場も無く、明かりと共にただ歩いていた。


(なんでキツイことばっかりさせるんだよ……。魔法とかもういいし……)


 魔法は生活の上で必要か? ……いや、無くてもいい。

 難しい魔法が使えてどうなる? ……いや、どうにもならないだろ。

 魔法が使えるからって親から引き剥がされ……大人は身勝手すぎる。あのダンデとかいうおっさんは、またすぐ会えるって言ってたのに。

 ラーシャは世話もよくしてくれるけど、師匠と呼べるような人じゃない。時々すごく怖いし、嫌われてるんじゃないかとも思う。だって、アカデミーの皆は夜まで魔法の練習したりしてないし。


 そういうことを考えながら一人で歩いていると、いつの間にかアカデミーの裏にある闇市場に来てしまっていた。夜も遅いので人気は無く、屋台の張り紙が風に叩かれる音と、カランカランと瓶の転がる音だけが鳴っている。

 ……気味が悪い。


(うわ……。ここには近寄るなって言われてたのに……)


 スカイは後ずさると、踵を返して走り出す。


 ドンッ


 何かにぶつかり、弾かれて尻もちをついた。


「ああ? なんだテメェ?」


 見上げると、巨大な影が三つあった。熊みたいな人が真中にいて、細い人が二人、その両脇に立っている。すぐ分かった。……この人達、悪い人だ……。


「おい! 聞いてんのか!」


「は、はい……」


「立て!」


 強引に服を掴まれ、引っ張り上げられる。ラーシャが買ってくれた服が伸び、ブチブチッと糸が切れる音がした。


「止めろよ!」


「うーわ、アニキに逆らうなんていい度胸してるな、この坊主!」


 右の細い奴が高い声で言った。


「アニキ、今日の獲物はコイツで良いんじゃないすか!?」


 左の細い奴が興奮した様子でそう言う。


 アニキと呼ばれた熊男は満足げに頷いた。


「そうだな。丁度殴り相手が欲しかった所だ」


 スカイはひっと顔を引き攣らせた。


「お前のその顔をメチャクチャにした後、魔法で(はりつけ)……とか面白そうだな」


「いいっすね!」


「やっぱアニキ天才っす!」


 三人はゲラゲラと笑った。


「さて、と。まずは一発」


 熊男が大きく振りかぶった。


 鈍い音がしたと思うと、いつの間にか体は宙を飛び、地面に叩きつけられていた。


 熊男が近付いてくる。立ち上がろうとすると、細い二人が手足を抑えつけてきた。


 熊男が屈み、また振りかぶる。


「もういっぱ~つ!」


 身動きの取れない状態で頬を殴られる。


「もういっちょ~!」


 また拳が頬を殴る。血の味が広がる。


「オラッ!」


 次は鼻を殴られた。強烈な痛みが走る。


「オラッ、オラッ、オラッ!」


 絶え間なく拳が顔に浴びせられる。血が口の中に溜まり、吐きだそうとすると歯を殴られた。口の中に固い物が転がった。


(ううっ、ずっとラーシャの所にいればこんな目には遭わなかったのに……)


 そう後悔していると、男が尋ねてきた。


「お前、家出か?」


 細い二人が意地悪く笑う。


「親から逃げてきた子どもだったら、殺しても大丈夫っすかねー」


「子どもに嫌われるって、ロクな親じゃないでしょうし」


 ロクな親じゃない……? 何故かカチンときた。


「ラーシャは良い人だ!」


 殴られ、簡単に口を閉ざされた。無力な自分が嫌になった。


「口答えしてる暇があったら黙って殴られろ! ……あのなぁ、親なんてもんは子どもの事なんて一切考えちゃいねぇンだよ。利己的で、自分本位で、すぐに思い上がる。子どもには説教を浴びせ、時には怒鳴り、殴りかかる。お前にも経験あんだろ……?」


 殴られ続けながら、熊男を睨みつける。


「そう、所詮親なんてそんなもんさ! そんな奴、いらねぇだろ? はっきり言って」


「要らない事なんて無い!」


「おー、怖い怖い」


 薄ら笑いを浮かべて熊男は言う。


「でも逃げ出してきたのはお前だ。それはそいつのことを要らないと思ったからじゃねぇのか? お前みたいな餓鬼に捨てられるなんて、そのラーシャとか言うババァも災難だなぁ」


 殴りかかりたいが、手足が抑えつけられているため動かせない。


「お前みたいなクズはちゃ~んと殺して、そのババァのところへ届けてやるよ。亡骸で再会だなんて泣けるなぁオイ!」


「ババァに会えるんだって、良かったな坊主!」


「光栄じゃねぇか! 普通アニキはここまでしてくれねぇぞ?」


 馬鹿にしたように三人は笑う。


「ほらガキ、ババァのところへ行きたいか? ほら、行きたいって言ってみろよコラ!」


「いわねぇともっと酷い目に遭うぜ? アニキにボこられて、正気で帰ったやつはいねえんだからな!」


「ほら、ババァに会いたいって言えよ! 言えっつってんだろ! 聞こえねぇのか! さっさと――」


 突然声が途切れた。気付くと、片手を抑えていた細い男が消えていた。


「なななな、なんだっ!?」


 熊男が動揺している間に、もう片方の細い奴も消えた。――いや、吹き飛ばされたのだ。


 堂々とした足音が近付いてきて、止まった。


「あんた達! ババァ、ババァうるさいのよ! 私はまだ19! ババァなんて程遠いわ!」


 ラーシャだった。……助けに来てくれたんだ。


「くっ…………」


 熊男は首だけ振り返り、壁に激突して完全に伸びている仲間を見た。そしてまたラーシャに視線を戻し、両手をゆっくりと上げる。


「い、命だけは……頼む……」


 じりじりと近づいてくるラーシャに、熊男は冷や汗を浮かべている。


「頼むって…………あ、俺、良い取引先知ってるんだ……! りょ、良質なアダマンタイトを売ってくれ

る業者で……」


「興味ないんだけど」


 キッパリ言い放たれ、熊男は慄いた。


「だ、だったら……金! 金やるよ! 金なら欲しいだろ!?」


「興味ないし」


「え……じゃ、じゃあ何が欲しいんだ?」


 ラーシャは淡々と詠唱し、空間からスタッフを取りだした。熊男がブルブルと震えた。


「アンタなんかに、私の望む物は用意出来ない。……私の弟子に手を出したことを後悔することね」


「や……止めて! 止めて! 殺さないで! 嫌だああああああ!!!」


 ラーシャがスタッフを向けると、見えない魔力の塊が熊男にぶつかり、彼はぐるぐると宙を舞った後、屋台の上へ、ド派手に墜落した。ガラガラと音を立て、屋台は瓦礫の山となった。


「私が魔術師を殺すわけないでしょ? 屋台、頑張って弁償してね~」


 ラーシャは悪魔の笑みでそう言うと、スタッフをしまい、こちらを振り向いた。


「大勝利!」


 親指を立て胸を張る彼女は、本当に英雄に見えた。


 彼女は治癒魔法も扱えたようで、あっという間に傷を治してくれた。




 帰り道、ラーシャが口を開いた。


「……スカイ、ごめんね。痛かったでしょ……。私がもっとあなたのことを考えていられたら……」


「いいよ。気にしないで。元はと言えば、俺が練習から逃げ出したのが悪かったんだ」


「いえ、悪いのは私よ……。あなたを魔術局の修行に出して、嫌な目に遭わせるのだけは嫌だった。あそ

こは良くない評判が多いから……。私は、あなたに早く一人前になって欲しかったの」


 ラーシャは「馬鹿馬鹿しいわよね」と言って自虐っぽく笑った。


「スカイのことを全く考えずに練習を押しつけてたなんて……」


「いや…………俺、練習やるよ」


 ラーシャが一瞬固まった。


「……え? 今なんて?」


 むっとしてもう一度言う。


「だから、練習やるって言ってるの」


「……練習が嫌なんじゃなかったの?」


「俺が弱いのは分かってた。分かってたんだけど……あまりにも弱過ぎた。自分自身も護れないなんて……。俺は無力なんだって気付いた。だから魔法を必死に勉強して、俺、強い魔術師になりたい」


 ラーシャは優しげに笑って、スカイの頭を、少しためらいがちに撫でた。


「それは凄く良いことだと思う。……でも、練習はもっと厳しくなるよ? 大丈夫?」


「大丈夫。だって俺、今ならなんでもできる気がするんだ! 師匠と一緒なら!」


 そう言うと、ラーシャは今までにない驚きようでこちらを見た。


「今、師匠って……言った?」


「はい、師匠!」


 ラーシャは何故か赤くなり、指先で頬を掻き始めた。


「じゃ、じゃあスカイ。あ、明日も……れ、練習……するか」


「はい!」




 ◆



 ラーシャの顔から、あのときのような表情は掻き消えていた。ただ、そこに浮かぶものは虚無。それだけであった。彼女は自分にとっての英雄。そして、師匠。今なら助けられるのでは……? 

 そこで一歩を踏み出せない自分が、腹立たしい。


(俺は……あのときから全然成長してないじゃないか!)


 小さく生意気なガキは、そこで臍を噛んだ。


 ――無力。


 このやり場のない怒りをどうすればいいのか。自分が憎くて憎くて、どうにかなりそうだ。


 閃光は止まらない。ラーシャは虚ろな目をこちらに向け頬を僅かに上げた。その間にも、魔法は彼女をズタズタにしていく。その中で、彼女は最後の力を振り絞るかのように顔を向け、血の溢れ出る口を震えさせながらも開き、薄らと微笑んだ。


 胸が痛んだ。


 止めてくれ……。そんなことしたら……死んじまう……。


 彼女は真っ赤な口をゆっくりと、ゆっくりと動かし始めていた。

 スカイは気付いた。瀕死の中で、彼女は何かを伝えようとしているのだ。遠目ながらも、彼はその動きを拾っていった。


 彼女の口の動きが止まった。


 言葉を繋ぎ合わせた彼の顔から、血の気がさっと引いた。

 彼は、その言葉を唱えた。


「…………げんきでね」


 元気でね。……まるで、分かれの言葉。


 すると閃光が終わり、ダンデがラーシャの頭を鷲掴みにした。まるで、メッセージを伝え終わるまで待っていたかのようだった。彼女の体はだらんとしていて、まるで人形のように動かない。死の覚悟はできた、そう彼女が言っているような気がしてならなかった。彼女の乱れた髪が、彼女の顔を覆い隠した。ダンデが重々しく詠唱を始めた。


「ザレスエスフォードコンタストーレベルスモート、ファルヘエスフォード――……」


 業火のファルヘ、そして最高神にして破壊神のザレス――。


 詠唱を聞き、気付いた時には遅かった。……遅かった。


 スカイは、無力だった。


 ――ラーシャはまるで体内に爆弾を埋め込まれていたかのように勢いよく破裂した。その血と肉は四散し、白い粉は弾け飛んだ。……あっという間に。


 その散らばった血肉達は地面に付着すると同時に燃え始め、そして程なくして跡形も無く消えた。


 スカイは一瞬にして起こった事が信じられなかった。


(師匠が……死んだ?)


 嘘だと叫びたかった。手が震え、これが夢であることを願った。


(……あり得ない)


 間違いなくさっきまでそこにいたはずのラーシャは、忽然と姿を消してしまった。惨めな格好で拷問のように苦しめられ、最後にはその形を失った。


(……本当に死んだ? そんな馬鹿な!)


 ダンデがこちらに向かってくるのが見えた。頭に張りつくラーシャの死に際が恐怖を呼び起こし、スカイは逃げるように、セレネの方へと走った。


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