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41.月の世界

 瓦礫や死体を避けながら、セレネはただ戦場を突き進む。

 まるで、見えない力に引っ張られているかのようだった。

 ……いや、自分自身の意志で走っているのかもしれない。


(……分からない)


 セレネは手を目一杯、足を精一杯動かして走っていた。


 疲れは感じない。むしろ、走っていて胸がスーッとする。爽快感が吹き抜けて行く。さっきまであんなに疲れてたのに、おかしくなっちゃったのかな。


 走りながら周りを眺めてみる。赤ローブの敵はまるでこっちに気付いていないみたいに、自分を見ることなく獲物を探している。こっちに気付いても、知らんぷりだ。でも、ちゃんと道は開けてくれる。


 きっと、自分は敵に誘導されてるんだ。


 そう気付けたけれど、これがお前の運命なんだって、“自分”が自分に語りかけてきてるから、引き返す気にはなれなかった。


 走って、走って、走って。


 首都を護っていた壁が障害物となって目前に迫ると、自分は何もしてないのにそれは崩れ落ちた。

 そこで自分は走るのを止め、歩きはじめる。壁の内側に入っていくと、そこには自分が虚しく見えるくらい巨大な、まっさらな円形の広場があった。周りにあったはずの家は、全て燃えてしまったようだった。

 自分は広場の真ん中まで行くと立ち止まった。片方の自分はその理由を知っているけれど自分は知らない、変な感じ。


 すると目の前に黒い渦が現れ、中から男が出てきた。多分、スカイと話していた人だ。二人の女を引き連れている。


「ヒィ、壁外全域に妨害を頼む。ミィ、“月”の深くまで入れ。迅速に済ませろ」


 女達は了承すると、赤髪の女は消え、刀を腰に差した青い髪の女はこちらに歩いてきた。セレネは後ずさった。


 怖い。なにをされるのかという、得体の知れない者に対する恐怖が頭を支配する。


 それなのに、“自分”は自分に「歩け歩け」と命令してきた。足が一人でに動き、刀の女と数センチにまで距離を詰めさせられる。


「なに!? 私に何をするの!?」


「特別なことではない。貴女に後退してもらい、“月”に出て来てもらうだけだ」


 女が冷静に、でも優しく語りかけてきた。それでも恐怖は拭えない。


「やれ」とダンデが命令すると、女が自分の頭を包み込むように手を当ててきた。その迷いの無い動きに、恐怖が体を走った。


「今から貴女の心に潜り込ませてもらう。悪く思うな」


 キイッ、と黒板をひっかくみたいな嫌な音がして、突然頭が割れるような激痛が走った。


「痛いっ! やめてっ!」


 音はまるで体の中から響いてるみたいだった。それは時間が経つたびに、頭だけだった音源が、首、手、胴体、足と、どんどん増えて、音が増幅されていく。痛みは段々痺れに変わり、感覚が消えていく。


 やがて全ての感覚がマヒして、体が無いみたいになった。まるで浮いているみたいだ。いつの間にか、周りは真っ白に輝くなんにも無い空間になっていた。


 さっきまでとても怖くて痛かったのに……今はなぜか気持ちいい。溶けちゃうみたいに……すごく気持ちいい……。頭がポワンとなって……このままでずっといたいとも思っちゃう……。


「はあ、きもちいい……」


 うとうとと意識が落ち込む。まるで電車に揺られてるときみたいに、眠気に誘われる。このまま眠ってしまいたい……。


「……セレネ」


 突然知っている声がして、夢心地だったセレネはハッと我に返った。


「スカイ!?」


 喜びに心が弾む。しかし姿はどこにもない。


「来てたんだ! どこー! どこにいるのー!」


 声を張り上げていると、足が真っ白な地面についた。足の感覚が戻っているのを確かめてから、辺りを見回して姿を探す。


「ここだよ」


 いつの間にか、スカイはすぐ隣にいた。彼は至って普通の様子だった。いつものスカイだ。セレネは、自然に浮かんだ笑顔で話しかけてみる。


「ねえ、ここ、凄く良い所じゃない?」

「うん……そうだね」


 答え方も、いつものスカイだ。素っ気ないようにも聞こえるけど、その奥には自分を包むみたいな温かさがある。


「私を迎えに来たの?」


「さあ、どうだろう」


 そう言って、彼はちょっと笑う。からかってるのだろうか。

 セレネも笑った。


「迎えに来たんならそう言ってよね。……でもよかった、スカイ私に怒ってるかと思ってたから」


「なんで?」


「だって、いきなり走りだしちゃったし……。スカイは私を必死になって護ってくれてたのに」


 スカイは大きな声で笑った。本当に心の底から笑ってるみたいだった。


「もぉ、そんなに笑わないでよ~!」


 そう言いながら、いつもみたいに彼によりかかった。そして、彼はそのまま身を預けさせてくれる――。それがいつものスカイだ。


 ……でも。


 彼は自分の体を振り払い、引き剥がした。

 心がちぎれたみたいに痛み、あまりのことに頭が真っ白になった。


「え…………なんで…………」


 なんで。スカイなら、こんなことしない。こんな乱暴するはずない……。


「触れるな化け物」


 自然と目が見開かれる。


「なんで…………? なんでそんなこと言うの……?」


 あんなに自分を守ってくれたスカイが、そんなことを……?


「なんでって? は? ……俺さ、お前には正直うんざりしてたんだよね。まあ、最初会った時は良いかなとか思った時もあったけど、化け物だと知ってからは……」


 スカイは、いつもの彼からは考えられないような冷酷な目でこちらを見た。


「一緒にいるのが苦痛で仕方なかったよ」


 愛情の欠片も無い、冷たい声だった。セレネの中で、何かがひび割れる。


「じゃあ……じゃあなんで私のこと好きって言ってくれたの? それにキスだって!」


「それはまあ、下心あってのことだ。……当然だろ?」


 全身が震えあがった。目の前の男は、その冷酷な目で自分の体を舐めまわすように見てくる。


「まず、怪物を好きになれるはずがない。お前は化け物なんだ。お前は生涯孤独に、ただ人を殺し続けるんだよ……」


 黒ローブの少年は霧のように掻き消えた。


 すると、また隣に人が現れた。


「ほら、スカイはあなたを直ぐに助けなかったじゃない? あなたを地下牢に閉じ込めた時。あれ、本当は捕まる前から助けられたのよ? だって、スカイはずっと私の側にいたんだもの」


 今度はラーシャだった。ポケットに片手を突っ込み煙草をふかしながら、まるで見下すように自分を見つめている。


「スカイは私の側にいながら、私が連れ去られるのを止めさせなかったっていうんですか?」


「ええ。残念ながらね。……だって、スカイの恋人はあなたじゃなくて、私なんだもの」


 心が歪んだ。


 ……そうだったの?


「私があなたを閉じ込めた理由、分かる? 私はあなたを消したかったのよ。あなたを消して、スカイの関心があなたに向かないようにしたかったの」


 彼女は嫉妬を込めた風に煙を吹いた。


「あなたは私にとって邪魔な存在なのよ。化け物風情が男を誘惑するなんて反吐が出るわ。あんたは人殺しの魔道兵器。感情を持ってること自体が間違ってる。さっさと私達の幸福の為に死ぬことね……」


 ……そんな……。


 呆然としていると、ラーシャは靄のように揺らぎ消えた。


「なあ、姉ちゃん」


 次はソラルが立っていた。


「なんであなたが……?」


 ソラルは答えを返してくれなかった。彼もまた、冷たい目で自分を見ていた。


「あんたさ、俺があんたのこと『姉ちゃん』って呼ぶから心許してると思ってたかもしれないけど。全然そんなことないから。俺、あんたのこと大っ嫌いだったし。お前が俺の姉貴だなんて恥ずかしくて学校でも言えなかった。あーあ、隠すのすっごく大変だったんだよね。だって同じ家に怪物がいるなんて知られたら、どんな目に遭うか分かんねえからな」


 さらに彼の隣には、フレアも現れていた。


「そうですわ。わたしも友達に知られないよう苦労しました。お姉さまが怪物だなんて、本当に残念です」


「まあ、コイツは俺達と血繋がってないもんな」


「そうですわね、それは安心ですわね」


 ……二人まで?


「今大変みたいだけどさ。ここで死ねば、あんたも楽になるよ?」


「ええ、本当にそうですわ」


「安心しろよ、土に埋めるくらいはしてやるからさ……」


 そう言うと、二人は風景に溶け込んでいった。



「…………分かったでしょう? あなたの周りの人物が、あなたのことをどう考えていたのか」


 空っぽの気持ちで振り返ると、そこには“自分のよく知る人物“がいた。


「わた……し?」


 彼女は微笑んだ。目の前に立つ彼女は瓜二つで、まるで鏡を見ているみたいだ。


「みんな、あなたのことを怪物だとしか思ってなかったのよ……可哀想なセレネちゃん。ボーイフレンドには性欲を満たすための道具として見られ、その師匠には恋敵として殺されかけ、兄妹からは家族の恥だと排除され……。他にもたくさんいるわよ? あなたを封印したウォーダンはあなたをただ醜く思い恐れていただけで、あなたを助けたかったわけじゃない。それにあなたの叔父役は、あなたをどこかで殺そうと企んでたわ……。悲しいことね……」


 “セレネ”は本当に同情してくれているように思えた。


「ほんとう……なの?」


「ええ、本当よ。それに、もうあなたは裏切られてるでしょう? 母親役の、あの女に。……人間なんてこんなものよ。裏切り、潰しあい、そして憎悪に塗れて生きる、それが人間なの。あなたはその被害者なのよ。愛し、信頼していた人に裏切られて、あなたはどう思った……?」


「すごく……いやだった。……悲しかった」


 口が独りでに動いたみたいに、無意識に言葉が出た。


「そうでしょう? とても悲しかったよね? 心が痛んで、切なくて、とても寂しかったよね……?」


 頭で考える前に、直感が頷く。


「そうよね……? あなたは孤独に震え、自分に問いかける……『私はどうしてこんな目に遭っているの?』……それは、人間という身勝手な生き物のせい。人間が悲しみを、虚しさを、憎しみを作りだし、抜けられない永遠の苦しみを作りだす……。あなたはその犠牲者なの。もっと、自分は苦しめられたんだという自覚を持つべきよ」


 そう……なのかな?


「あなたは今、人間を憎んでるわ。憎くて、憎くて、仕方がない。私を裏切った奴らに復讐してやる、殺してやる……そう思ってる。出来れば人間というもの全てを消したい、皆殺しにしたい。そう思ってるでしょ? いえ、あなたはずっとそう思ってた」


 ……確かに……そういえば……そうだった気もする……。


「ほら、自分に正直になって? あなたは今まで、人を殺したくて堪らなかったんでしょ? 殺して、殺して、殺して、自分の欲望を満たしたかったんでしょ? 気付いて、思い出して! あなたは人間が憎いの! 殺したくて仕方が無いの! 今すぐ殺してやりたい! 全部壊してしまいたい、滅ぼしたい! あなたの欲望、全てに忠実になるの! さあ、さあ!」


 わたしは……人を……殺したい? 


 ……そうだ。わたしは人を殺したかったんだ。


 憎くて仕方が無かったんだ……。


 壊したい……何も要らない……人間なんて、皆殺しにしてやる……。


「そう、その気持ちよ……! 欲望に忠実になれたわね……! あとは私に身を任せて、あなたの体を私に預けるだけよ! そうすれば、あなたはその欲求を満たすことができるわ……! 人間を殺したいっていう欲求を!」


 殺したい……殺したい……殺したい……


「私は……人を殺したいです」


 女が笑った気がした。口は裂けそうな程釣り上がっていたかもしれない。


「そう、よく言えたわね……! さあ、私に身を任せて! 私の手をとって、私の中に入るのよ……! それだけであなたは人を皆殺しに出来るの……!」


「皆殺し……したい」


 自分の声を聞き届け、“セレネ”はその手を差し伸べてきた。


「さあ、どうぞ……!」


 手を伸ばす。手と手の距離は、ゆっくり縮まっていく。

 力が欲しい。人を皆殺しにできる力が。

 そして、その力を使って復讐してやる。

 裏切った人間共の、息の根を止めてやる。


 ――手の距離は、触れるか触れないかのギリギリのところまで縮まった。


「さあ……おいで」


 選択肢は一つのみ。


「うん」


 そういう明るめの返事をして……迷いなく手を重ねた。

 “セレネ”は笑った。


「ようこそ、“月”の世界へ」




 *




 彼女が完全に堕ちたことを確認すると、ダンデは満足げに笑った。


「彼女は自身から生まれた幻影に(そそのか)され、そして“月”に誘惑される……。心がボロボロになった彼女は、きっと誘惑に負けただろうネ」


「……この様子からすればそうかと」


 ミィは相変わらず計画に乗り気ではないようだった。


「不満かネ、私の計画が」


「……長の計画だったのか?」


「いやいや、実際は違う。表向きの話だヨ。……いずれにせよ、これで世界を変える事ができる。我々は魔法社会を終わらせねばならない」


 突然、ミィが柄に手を掛けた。


「……なにをする気だ。私を切るか」


 しかし彼女は静かに答えた。


「……いえ、侵入者です」


 実際、空からやってくる者が二人いた。


「……所詮は平凡な生まれだ」


 ダンデはミィを横目で見、そしてもう一度、やってくる二人の刺客を眺めた。


 スカイ、そしてラーシャ。


 二人は名コンビとして名を馳せた、魔術師にとっての誇りである。自分にとっても、彼らには愛情を込めてきたつもりだ。


「……だからと言って、生きて返すわけにもいかないネ」


 彼はふうっ、と何かを吐き出すように息を吐いた。


 そして、前を向く。


 ダンデは二人の刺客と向き合った。


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