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39.裏返り

 戦争開始から2時間後、事態は急変した。

「結界が破れます!」

「なにっ!? 攻撃はどこからだ!?」

「全方位からです!」

 そうスカイが言った直後、無数の黒い矢のような魔法が、結界に突き刺さった。あっという間にヒビの入った結界は軋み、悲鳴を上げ始める。

「総員戦闘態勢を取れ! 敵が来る、装置を壊されるな!」

 そう、肝心の装置はまだ作動していなかった。敵の魔法を無効化できれば、魔法の使えぬGSTの隊員達でも太刀打ちできるし、魔術師も安心して総攻撃を仕掛けられる。防衛に回す人員も削減でき、戦況は勝利の方向にぐっと傾くだろう。だが、装置が破壊されてしまえばそれまで。敗北は必至だ。それを防ぐためには結界を維持しなければならなのだが……。

「くそっ、もう持ちこたえられない! 破れるぞ!」

「張り直せないのか!」

 キルエナが苛立ちの表情で声を張り上げる。

「結界の維持で精一杯です!」

「ぐぐっ……私も、今これが全力!」

 セレネの手を伝い供給される全ての魔力を結界へと注いでいるが、敵の攻撃はその上を行っている。もう持たない。

 ――これが悪魔の力。

 結界がガラスの割れるような音を立て崩れた。黒い矢が一斉に降り注ぐ。

 ――ライタスソイルエクスィフィード

 セレネとスカイを結界が覆う。黒い矢は結界に弾かれていく。それとともに、兵士達の悲鳴が断続的に聞こえてくる。

 二人はじっと抱き合っていた。


 攻撃が止むと、その隙に二人は逃げ出した。

 キルエナ達の安否も気になったが、スカイはセレネの安全を最優先とした。振り返りたかったが……その余裕も無かった。

 二人は離れた岩陰に身を潜めた。遠くに見える魔法の衝突は収まるどころか、激しさを増しているようにも見えた。

「ひとまずここで様子を見よう……」

 岩にもたれかかると、突然人が倒れて行く様子がフラッシュバックした。それを振り払うように頭を振る。

「……俺達は、こんなに酷い事をしてきたのか」

 感傷に浸っていると、それを邪魔するかのようにセレネが強く腕を引いてきた。

「す、スカイ! これ!」

 思いのほか大きな声に思わず顔が強張る。

「こら、見つかるだろ! 静かに!」

「でも……この人……」

 やれやれとため息をつく。

「今上手くやり過ごす方法を考えてるんだ、ちょっと静かにしてくれ」

「ごめん。でも……」

 セレネが指を指した。暗い中だったので指す方向がよく見えない。光を出すと……スカイは驚愕した。

「し……師匠!?」

 そこには衰弱した様子で地面に横たわるラーシャの姿があった。

「誰だ!」

 思わず大声を出してしまったせいで、誰かに見つかった。

 言わんこっちゃない、とセレネが肩をすくめる。……ブーメランか。

「逃げるぞ!」

 セレネの手を引き、全速力で駆けだす。

「スカァイッ! 待てぇっ!」

 また聞き覚えのある声だった。……やはりあの三人は敵に加担している。

「スカイだからといって容赦はせぬ!」

 刃が抜かれ、空を切断する音が聞こえた。

「右へ!」

 セレネを抱き右へジャンプする。足の直ぐ側を、赤の斬撃が通り過ぎた。

「キャーッ!」

 セレネが悲鳴を上げる。斬撃は木々も、岩も、空間も、全てを切り裂いた。線上に残ったのは鋭くえぐられた地面のみ。

(転移魔法は……やっぱり妨害されてるか。走って逃げるしかない)

「行くぞ!」

 斬撃に追われながら、二人は走った。



 *



 キルエナは自分にのしかかっていた重い物をどけた。生暖かくヌルヌルとした物が肌に触れるが、気にしない。

「生存者はいるか!」

 ……返事は無い。

 自分が連れてきた隊員は、次期幹部とされる優れた者達だった。

「…………」

 キルエナは顔にへばりついた肉片を手に取ると地面に優しく置き、それからサテライトで死体全てに火を付けた。燃え広がる炎は、もの寂しげにパチパチと音を立てた。

 彼女がそのまま炎を見つめていると、黒い渦が現れた。赤ローブが湧いて出てくる。しかしキルエナは動ずることなく、彼らの首を掻き切った。

 何事も無かったかのように彼女は一人呟く。

「敵は強い。彼らにとって、私達は虫けら同然だ。……それなら、虫けらなりに悪あがきをしてやろうじゃない」

 今頃、地下本部から装甲車等計100台がこっちに向かっているだろう。島に保管していた戦闘機も出撃させてある。

「敵も味方も、全部まとめて木端微塵にしてやる」

 ……魔術師達には申し訳ないが、イブリースを許すわけにはいかない。

「絶対にしとめる」

 キルエナの足が空を切り、赤ローブの死体を弾けさせた。



 *



 首都付近では、壮絶な争いが繰り広げられていた。

「……こりゃ地獄か?」

 結界の外で、また人が倒れた。……知り合いが何人も死んでいく。亡くなっていく友人たちへ、詫びる言葉が見つからない。

 アイドは下に目を向けた。

「イルキ、大丈夫か?」

 地面に横になっているイルキに尋ねる。彼は魔法に胸部を打ち抜かれ、今瀕死の状態だった。

「ア……アイドに心配される筋合いは……ありませんよ」

 そう言って激しく咳き込む。

「アイドこそ……結界なんて慣れてないんじゃないですか?」

「うるさい、お前は黙ってろ!」

 わざと怒鳴るように言った。

 ……確かに、アイドは防衛魔法は得意ではない。いつもは自分が攻め、イルキが後ろから支援してくれるスタイルを取っていたからだ。思えば戦略や使用魔力の配分など、自分は彼に頼りきりだった。

「ああ、くそっ……治癒魔法が使えれば……!」

 そう呟くと、イルキが諦めろとでもいうように首を振る。

「無理です。敵の魔法は治療不可能。……ゴホッ、ゴホッ……時間を戻したりしない限り、私は死にます」

「そ……そんな訳ないだろ! お前は俺の永遠のパートナーだ! 死ぬなんて言うなよ!」

 希望を失くしたような顔だった彼が微笑んだ。

「いつも喧嘩ばかりだったのに……全く調子のいいヤツですね」

「う、うるさい! 喋るのに体力使うな!」

 外から仲間が声を掛けてきた。

「ドルイドさん、敵が来ます! 食い止められません、早く逃げてください!」

 アイドは頷くとイルキを抱える。

「アイド、私は置いて行ってください。私のせいでアイドまで死んだら……」

「いや、連れて行く」

 アイドは味方の誘導に従い、イルキを連れて逃げた。

 逃げ場なんて無いことは分かっていた。でも、イルキ――自分の親友が地獄で死ぬのだけは見たくなかった。

(神……。もしあんたの力が及ぶなら、俺の親友を助けてくれ……! 頼む……!)



 *



 首都の壁に座る一人の男。上から見ていると、この戦いは小さな人形が殴り合いをしているようにしか見えない。男は鼻歌を歌いながらしばらくその様子を観察していたが、やがて飽きたのか、立ちあがって一つ伸びをした。そして男は手を伸ばし無言詠唱を始める。男が詠唱を終え手を振ると、一帯は黒の爆煙に包まれた。

「一杯死んだ~」

 さらに数発魔法を放つ。絶望にその身を落とす魔術師達を見て、男は満足だった。

「さあ、生贄は十分。最終舞曲はもうすぐだ」


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