38.過去の女
ラーシャは恵まれなかった。
いや、彼女には全てがあった。だが、恵まれなかったのだ。
「またヒィ!? あーっ、もう! あの子がいると何も上手くいかなくなる! 今日が最後だったのに!」
6歳の彼女は今日、父に魔法の腕を見せようとしていた。一瞬で砂の城を作りあげ、魔法に関してはもう一人前なんだと認めてほしかった。――もう父に会えないと母から聞かされていたから。彼女は精一杯頑張った。集中して、父のことを考えて、練習通りに。でも、彼女は失敗した。全然上手くいかなかった。父には「頑張ったな」と言ってもらえけど、出来たのは小さくてみすぼらしい砂の山だけだった。
絶対に上手くいくはずだった。一人庭で練習に練習を重ね、暇があれば魔力コントロールの訓練をし、やっと十回中十回成功するまでになったのだ。自信もあったし、失敗なんてするはずなかった。
――でもヒィが来た途端、魔力コントロールが鈍って砂が全く持ちあがらなくなった。
そういえば、この前もそうだった。お花で母に冠を作ろうとしてあげたけど、魔法を使って出来たのは、花びらがぐちゃぐちゃに固まって出来たお団子だけだった。何度やっても、何度やっても、いつもみたいに綺麗な冠はできなかった。お絵かきをしようと思って紙とペンを呼んだら、間違って家じゅうの物を自分の部屋に呼び寄せちゃったこともある。……どっちのときも、私の隣にはヒィがいた。彼女は笑ってた。
絶対ヒィには何かある。ずっとそう思ってたけど、彼女が何か悪さをするようには思えなかった。お人形さんみたいに行儀が良くて、目がパッチリしてて、私のことはお姉ちゃんと呼んでくれる。そんな子が自分の邪魔をするはずがない。
彼女はそう思っていたが、間違いだった。
後で知った話だが、彼女が親の下を離れることになったのは、ヒィの策略だった。私を局へ連れて行くことで家族から引き離し、そして彼女は私の椅子に座ったのだった。
*
長年を局で暮らし、18歳になった彼女の下に驚くべき報せが入った。
「父さんと母さんの家が……燃えた?」
「残念ながら……全焼でした。……お悔やみ申し上げます、上級司令官」
報せは嘘では無かった。実際行ってみると家の姿は無く、そこは焦げくさい焼け野原と化していた。立ちつくしていると、左から声が聞こえた。
「ラ、ラーシャちゃん……久しぶり……」
ヒィがいた。おどおどとしながら、こっちに歩み寄ってくる。昔の活発な彼女とは大違いだ。
「久しぶり、ヒィ」
ラーシャは返事をした。会いたくない相手だったが、今は頼れる人が欲しかった。
「どうやって知ったの? 家が昨日の晩燃えたって」
「さ、さっきここを通ったらこうなってたの……。みんないい人だったのに……」
ヒィはぽろぽろと涙を流していた。はっ、そりゃそうだ。彼女は自分の代わりに、家族に愛されていたのだから。
「あなたの家族は? 元気?」
「う、うん、元気。パパとママは家にいるし、お、お姉ちゃん達は魔術局にいるよ」
ヒィはすすり泣きながらそう言う。くそっ、こいつは両親がいながら……。そう思うと、今にでも手を出してしまいそうになる。
「ラ、ラーシャちゃん。あの、色々あって大変だとは思うんだけど……あの、ドルイドのダンデさんが呼んでたよ……。できるだけ早く来てほしいって」
ラーシャは改めて彼女の涙を見、心の中で毒づいた。
「……キャラ作りはお手の物ね」
「え?」
「いえ、なんでもないわ。行ってくる」
*
「なんでしょう、ドルイド」
「まあまあ、そう硬くならないでくれヨ。まあ、そこに座って」
ダンデの部屋にはソファが向かい合って置かれていたが、その一方には既に人が座っていた。
「よっ!」
片手を上げ、間抜けな顔でこちらを見つめる少年。思わず顔をしかめた。
「なんなんです、この生意気なガキは!」
「その子の件で話があるんだヨ」
ダンデは少年のとなりに座った。みるからに10歳未満の少年は、落ち着きなく体を左右に動かし、足をブランブランと揺らし続けている。
しぶしぶ座ると、ダンデは説明を始めた。
少年の名はスカイ。最近能力に目覚めたのだが、もう既に体内の魔力はドルイド並で、将来有望な人材であるらしい。
「だが、魔力のコントロールが上手くいかないらしいんだヨ。もし彼の魔力が全て放出されれば、今私達のいるエターナルがドカンだ。それを防ぐために――」
「私に子守りをさせると?」
「そうだ。察しが良くて助かるヨ」
ラーシャは呆れたと言う風に立ちあがった。
「何故私が? 今個人的な事もあって……忙しいの! そんなガキの子守りなんてやってられないわ!」
「これは君の力を見込んで頼んでいるのだヨ? 君が自分自身で、魔力コントロールに長けていると言ったんじゃないか」
……昔の面接を今引っ張ってくるとは。あれは嘘で、自分は巨大な魔法を打って敵を一網打尽にすることしかできない。魔力の繊細なコントロールというのは……大の苦手だからだ。
「そのコントロール技術を、彼に教えてあげて欲しいんだ。……断るのかネ?」
「い……いえ、でも……」
「でも?」
ダンデの顔を見て……逃げ道はないと悟った。
「……はい、分かりました」
少年が走って来て、飛びついてくる。自慢の胸に頭が当たっていても、彼は容赦なく自分を抱きしめてきた。……当然か、そういう感情はまだ芽生えてない。
「おい、離れな」
この前こらしめたゴロツキ風に言ってみると、彼は怯えたように体から離れた。なるほど、あいつらは相手のこういう表情が好きなのか。まあ、悪くない。
「よく聞け。これからは、私がお前の師匠だ」
少年はぽかんとこっちを見ている。
「返事をしろ、返事を!」
「はいッ!!!」
鼓膜が破れるんじゃないかというくらい大きな声に、思わず彼女は耳を抑えた。
(こいつには教える事が山ほどありそうだ……)
「……楽しそうだな? 表情を見てる限り」
「まあ、そうですかね」
「そりゃよかった。で、正式に『師匠』になった君に伝えておきたい事がある」
『師匠』のところに皮肉がこめられていたが、気にしない。
「なんです?」
「実は……その子の魔力は、得体の知れぬ神と繋がっているようなんだ」
得体の知れぬ神、というフレーズに首を傾げる。
「神は全員見つけ出されたのでは?」
「ああ、そうだ。私は実際全員と契約している。――この世界にいる神とはな」
「つまり……その神は、違う世界にいると?」
彼が頷いた。ラーシャはそれに対して肩をすくめる。
「まさか。異世界なんてあるはずない」
「いや、そうとも限らない……何せ、この話をしてくれたのは元老だからな」
「元老が!?」
「ああ。異世界があるという前提で言えば、知らぬ神が居ても辻褄があう。そうだろう?」
ラーシャは沈黙する。
「私は、その異世界に強く惹かれている。もしかしたら、この世界を変えれる何かが向こうにあるかもしれない」
「この世界を……変える?」
「そう、今の魔術師社会には変革が必要だ。誰かがやらないといけないんだヨ」
ダンデは一呼吸置いてから、話を戻した。
「で、その少年の話だが。もしかすると、彼は何かの……重要な鍵になるかもしれない。その神が何か分かれば我々も苦労しないが、今は判別不可能だ」
「それで?」
「我々魔術局は、彼をいかなる脅威からも護り抜くと誓った。もうすでに、元老が彼に手を施してある」
ラーシャの頭に、一つの魔法が思い浮かんだ。命を犠牲にする、一回限りの魔法。
「もしかして……。なぜ元老がこんなチビにそこまで?」
「その子は、元老の孫なんだヨ」
「……なるほど……孫への愛ですか……」
ダンデはふぅと息を吐き、何度か頷くと、ドアの下へ歩いて行った。
「まあ、そういうことだからスカイくんを頼む。君のことだ、心配はいらないだろう。……上手くやってくれたまえ」
彼はドアを開け、出て行くように促した。
「行くぞ」
彼が怯えたようにしていたので、鬱陶しくなって手を掴んだ。そして強引に引っ張る。すると何故か少年は顔を輝かせた。訳が分からずダンデに目を向けると、彼は微笑んでいるように見えた。
「いずれ分かる」
ダンデがそう言う。
「何が分かるんです?」
「全てがだ、上級司令官」
ラーシャは軽く頭を下げると、少年を連れ部屋から出た。
では今は何が分かるのだろう、と考えながら。




