37.妨害の女
ダンデは姿を現すと、目の前を走り過ぎようとする二人の青ローブを呼びとめた。
「あ、局長! いらしてましたか!」
安堵した様子で二人は目配せをしている。これで勝てるな、と。
――しかし、自分は勝利をもたらす神ではない。
ダンデが手を軽く動かすと、右に立っていた男の首が飛んだ。血がサーッと噴き出す。
「きょ、局長、何を――」
そいつの首も飛んだ。
指を少し曲げると、二つの死体を炎が包み込んだ。唯の肉塊と化した胴体と頭は、その肉をドロドロと溶かされていく。まるで蝋が溶けて行くかのように、その肉は地面に広がった。その炎は肉だけで飽き足らず、骨まで食い荒らして行く。十秒も経たぬ内に二人の姿も炎も消えてしまった。残ったのは、草にこびりついた黒くこげた肉のみだ。
ダンデはそれを見下ろし何事も無かったかのように首を回した後、魔法を使って消えた。
*
ダンデは次に、壁に向かって魔法を放つ魔術師達の下で姿を現した。
「アイドくん」
壁に魔法をぶつけていたアイドに声を掛けると、彼はすぐにこちらに走って来た。
「ダンデのおっさん! 来てたのか!」
ダンデは顔をしかめる。
「おっさんは止めたまえ。……それより聞いてほしい。本部からの伝言だヨ」
「伝言? なら早く言ってくれよ」
「そう急かすんじゃないヨ。実は、今敵がこっちに向かってるらしい。この壁の内側には、たくさんの住民がいる。早く壁を壊して助けてあげないと、人々は空からの攻撃で木端微塵だ。……あとどれくらいで壁は壊れる?」
「もう一歩ってとこ。うん、あと一押しだ」
アイドがそう言った時、ガラガラと音を立てながら、壁が一気に崩壊した。
「ありがとう、君たちに感謝する。……せいぜい生き延びるがいい」
そう彼の耳元で呟くと、ダンデはその場から姿を消した。
アイドは彼の言葉が理解できなかった。だが、中から出てくる赤ローブを見た瞬間、彼の言葉の意味を悟った。
*
壁が壊れたことを受け、キルエナはありったけの隊員をつぎ込んだらしい。
「さっさと取り囲め、一人も撃ち漏らすな!」
「一旦引いて態勢を立て直せ!」
数人の指令役らしき男が、それぞれ無線機に向かって叫んでいる。
キルエナが満足そうに頷いた。
「敵の数は着実に減ってる。こちらの死者も膨らむが……戦いに犠牲は付き物だ」
スカイはいてもたってもいられず、キルエナの前に立った。
「キルエナさん、俺も戦います。戦って、戦争を終わらせます」
キルエナはダメだと首を振った。
「今、装置を使って敵の魔法を止めようとしてる。それまで突入はさせない」
「装置?」
「知らないのか? 一定範囲の魔術師の魔法を無効化する、彼らに対抗する唯一の手段。スカイ君にも使ったけど?」
スカイは思い出した。学者の言っていた、あの装置のことか。
「確か有効範囲は20メートルだと」
「いや、研究の結果今では10キロ圏内にまで拡大した。十分彼らを止められるレベルだ」
「それだと、自分たちの魔法まで消えてしまうんじゃ?」
キルエナはニヤリと笑う。
「その点は心配ない。確か、お前達は神の、奴らは悪魔の力を使っていると言っていたな? 実は、イブリースの使う魔力から発せられる力は、お前達の使う魔力と比べるとかなり性質が違う。それを利用し、奴らの力だけを抑えることが可能になった」
スカイは目を輝かせる。
「本当ですか!? それなら奴らに勝てる!」
そして敵のボスを捕まえ、帰還方法を聞きだす。ダンデが駄目だった以上、今の望みはそれしかない。
赤、青、緑、そして黒の閃光で彩られた戦場をスカイは眺める。
アイドとイルキ、そして味方は大丈夫だろうか。ここは自分が結界を張り、護っている。並大抵の魔法では壊れない。護りは万全だ。特にセレネとはずっと手を繋ぎ、絶対に離れないようにしている。でも彼らは安全じゃない。いつ殺されてもおかしくない状況だ。感知魔法は相変わらず使えず、戦況が全く読めない。今の頼りはGSTの無線のみ。助けに行くどころか、安否さえも分からない状況だ。
「キルエナさんに従うしかないのか……?」
誰も死なせないなんて、無理な話だ。でも、救える命は救いたい。今まで何度も死を目の前にしてきた。だから、護らなければ。
*
首都の方が騒がしいけど、きっと大丈夫だ。向こうにはスカイがいる。
そう言い聞かせ、彼女は本部から少し離れた森林にいた。
――転移魔法と感知魔法を駆使し、ラーシャはやっと「裏切り者」を見つけたのだ。
「こんにちは。久しぶりね」
ラーシャは岩の陰にしゃがんでいた人影に声を掛けた。
「予想外よ。まさかあんたが裏切るとは思って無かったわ」
逃げようとする人影を捕まえ、そいつの胸倉を容赦なくつかみ上げる。人影は唇を震わせる。
「ヒッ……わ、わたしの魔法で、あなたは転移魔法を使えないはず……」
「あなたの弱点は知り尽くしてる。何年付き合ってると思ってるの?」
ローブの女は不安に焦る気持ちを抑えるかのように歯ぎしりをしている。
「なぜ裏切った?」
死んでしまう寸前くらいにまで力を込める。
「わ、わたしだって好きでこんなことをしてるんじゃ――」
「嘘ね」
ラーシャが鋭く言い放つ。
「あなたはいつだってそうだった。周りの人間の影に隠れ、幼いふりをし大人達に甘えて可愛がられ……。最初は私も無害な子だと思ってた。大人達と一緒でね。きっと天然で、可愛くて、そして護ってあげないといけない存在何だって……ね。でも違ったわ。騙されてた、騙されてたの! あなたは巧妙に私の全てを妨げていた! そして! ……そして気付いた時には、あなたは私の物を全部奪っていたのよ!」
「な、なんのことか――」
「とぼけるなッ!」
ラーシャが激昂し、女の首を締めあげる。すると女は手に魔力を込め、ラーシャをその拳で突き上げようとする。
(当たれば体の機能が妨害される……!)
ラーシャは怒りに染まる頭でとっさに考え、身を返し拳を避けた。だが手を離してしまったその隙に、今度は逆に首を締めあげられる。予想以上の痛みに咳き込むが、体が言うことを聞かず、体液が肺に入り込む。体は必死に咳き込もうとしているのに、まるで筋肉が麻痺したみたいに機能しない。
「どう……? 痛みが気持ちいい?」
まるで足を捥がれた虫を見るみたいな目で彼女は微笑んでいる。
「この……化け物め!」
「わたしは痛いの好きなのに」
ギリギリと、硬く硬く首が締めあげられていく。「どう?」と彼女は表情を覗き込んでくる。
「わたしに触れている以上、魔法は使えない。だって、私は妨害魔法しか使えない女だから」
「……くっ、苦しい……」
痛みと苦しさに顔が歪む。魔力が体の中に閉じ込められ、どんどんたまっていく。心臓の動きも一定のリズムでなく、速くなったり、突然遅くなったりしている。体の異常はどんどん激しさを増していく。
「あなたの妨害は楽しかった。魔法を使わないで嫌がらせをするって、こんなに楽しいことなんだって気付かされた。……知ってた? あなたの家を燃やしたのだって、あなたの幸せを妨害するためなの」
何か重要なことを彼女が言った気がした。でも、意識が朦朧として、何も考えられない。もう痛みも感じない。魂が剥き出しになってしまったかのように体が軽い。
――死ぬのか。
「申し訳ないけど、ボスの命令であなたは殺せないの。――あなたには別の場所で死んでもらう」
誰かが頭のあった場所に触れた。もう、空間の上下も分からない。頭が白くて、ぐちゃぐちゃで、もう何も分からない。
「ラーシャ殿。主には思考を植え付ける。……悪く思うな」
「そういうこと。あなたは目覚めるとここでのことは全て忘れ、スカイの下へ向かう。そして、一緒に“月”を追いかけるの。あなたらしい台詞で、彼をはげましながらね。そして、あなたは彼を魔法陣の近くへ連れてくる。それから、あなたは彼を地獄へ突き落すの……永久にね。あ~あ、最愛のスカイちゃんを絶望させることになるなんて可哀想に~。……ま、それがあんたに見合った最後の仕事かな! キャハハハハ!!」
何かが頭に入ってくる。でも、分からない。分からぬまま、落ちて行く。思考が、意識が、全てが落ちる。落ちる、落ちる、落ちる…………。
「ヒィ…………」
擦れた声で名を呟く。
落ちる中で最後に聞こえたのは、高らかに宣言する彼女の言葉だった。
「さああああっ‼ 最終舞曲の始まりよおおおっ‼」




