35.月の魔法
一同が騒然とした。
「感知魔法を使えば分かりますが……敵はもう首都に侵入してます」
誰もが作戦の失敗を悟った。結界を張り終わった魔術師達は、今壁内への侵入を試みている。壁が開けば終わり。
「一体何人ニャ?」
「……分かりません。分からないほどたくさん」
壁の中には、まるでゴキブリやアリのように蠢く敵達がいた。残念ながら、もう住人の気配はなかった。全てが、悪魔の魔力で満たされている。
感知魔法を使ったらしい他の魔術師達は、皆嘆きの言葉を口にした。
「なぜ気付けなかった!? 感知魔法は常に使っていたはずじゃないか!」
青ローブの男――上級司令官の拳が机をたたく。女性司令官が立ちあがった。
「恐らく妨害かと。上級クラスでやっと見破れるレベルの妨害魔法でしょう。その上級魔術師を全員戦闘要員に回してしまったのがマズかったみたいですね」
冷静に分析する女性司令官を、上級司令官が睨みつける。
「なんだ、落ち着いたふうにしやがって」
「いえ、そんなことは」
本格的な仲間割れを起こす前にとスカイが間に入る。
「今はそれより、彼らと連絡を取らないと。でないと全員死ぬ」
伝達係は全員支援専門の教育を受けている。すなわち、この道のプロだ。
しかし、彼らは全員首を振った。
「駄目です、破れません」
スカイもラーシャも試したが、妨害魔法は思っていたよりも強力で穴が見つからない。
「よく考えれば当たり前のことかもニャ。敵は、私達がここに来るのが分かってたニャ。罠に誘い込むのなんて、簡単な事ニャね。……妨害魔法が張られている事も、想定すべきだった」
スカイは思った。
妨害魔法は、魔力コントロールの応用だ。周りの魔力を操り、他者の魔法をネットのようにして捕らえ通行を妨げる。魔術師を相手にする際は非常に有効な手段であるが、それは「魔法」という神の力を塞ぐことに等しい。「神を封じる」この魔法は、かなりの力を要するのだ。もちろん、並の魔術師では不可能である。そんな芸当のできる人間は限られてくるのだ。……もっとも、悪魔の力を借りているならば話は別かもしれないが。
「ここから首都へは距離がある。今から行っても間にあわん」
上級司令官が言う。
確かに今から行っても間にあわない。それに、妨害魔法を使っている魔術師が近くに潜んでいる可能性もある。
「とにかく魔法の穴を見つけなさい! 急いで!」
ラーシャが指示を出すと、伝達係が魔法に集中し始めた。
「あと誰かこのことを直接伝えに行って!」
上級司令官二人がそれに応え、駆けだして行く。
その二人を、セレネが案ずるように見送っている。
「大丈夫なのかな……」
頬が自然に緩んだ。
「多分大丈夫だよ、セレネ。司令官は、各位の中でも優秀な人に与えられる地位なんだ。あの二人は特に優秀な人達だから殺される事はないと思う」
セレネは心配そうにうつむいた。――ああ、彼女はなんて優しいんだろう。
スカイは彼女の肩を叩いてから、ラーシャの側に行った。
ラーシャは机に広げた地図に、ペンで印を付けていた。
「師匠、首都への侵入も時間の問題ですよ」
ラーシャはペンのフタを閉めた。
「スカイ、彼らのことは諦めて」
彼女は冷然と言い放った。予想外だった。
「な……なぜです!? 向こうにはアイドさんもイルキさんもいるのに! それに、ハルだって!」
彼女は無表情で訴えを聞き流す。
「運が悪かったの。後は彼らが生き残るのを祈るしかないわ」
「じゃあ俺がいきます」
「駄目よ。あなたはセレネを護りなさい」
ラーシャは地図を丸めて歩きだす。スカイは追いかける。
「それならセレネも一緒に――」
「彼女をイブリースに近付けてはいけない。何度言ったら分かるの?」
「だ……だからって見捨てるなんて!」
「戦力も大事だけれど、セレネの護衛はそれよりも遥かに重要なのよ。奴らの狙いは彼女、それはあなたも自分の耳で聞いたでしょう?」
人はいずれ死ぬ、それは当然のこと……。ウォーダンはそう言った。しかし、だからといって救える命を救わないのは間違ってる。
「やっぱり俺、行きます」
ラーシャは足を止めた。聞き入れてもらえるのかと思ったが、違った。顔色が明らかに違う。何かを察知したのか? 焦っている……いや、恐れている?
「スカイ、早くセレネのところへ! 敵が来てるわ!」
「え、何ですって? まさか俺をここに引き留めようと……」
「無駄口叩いてないで早く!」
行かなければならない気がした。でも、ハル達を優先すべきなのではないかという気もする。一体どうするべきなんだ?
スカイが迷っていると、突然苦痛に耐えてるような叫び声が響いた。伝達係だ。それも一つや二つでなく、魔法を使っていた全員が頭を抑え叫んでいる。ある女は爪を皮膚に食い込ませ、ある男は机に頭を何度も打ち付けている。
「どうした伝達!」
「あ、頭がっ、割れるッ!! 痛いッ! 痛いッ!」
司令官の質問にはなんとか答えられているようだが、全員正常じゃない。皆、頭の痛みでおかしくなっている。
「魔法の使用を中断しろ!」
誰も言う事を聞かない。机にあった大量の書類が、バラバラと宙に舞う。スカイは妨害魔法の特徴を思い返し理解した。
(きっと無理なんだ……! 多分、何かに引っ掛かって向こうで縛られてる。そしてあちら側からダメージを……。こんな芸当ができるのは、俺が知る中では一人しかいない……!)
突然、黒いすすのような物が地面から勢いよく噴き出した。赤ローブが中から何人も出てくる。
「敵襲だ! 備えろ!」
誰かが叫び、電光が迸った。炎が衝突し、刃が光る。黒い魔法が味方を射殺していく。
ラーシャが強く腕を掴んでくる。
「セレネを早く!」
「師匠は!?」
「私だけで十分よ! 早く行きなさい!」
バンッ! とテントの支柱が弾け飛ぶ。火花が散り、スカイの頭上を魔法が通り過ぎた。スカイは迷った末踵を返して走り、隣のテントのセレネのもとへ急いだ。
セレネは椅子に座り、首都の方を眺めていた。
「良かった、無事だったか! 頭痛くないか!?」
「え? うん、痛くないけど……?」
良かった、と何度も繰り返す。
「今敵が来た。大人達が今戦ってる」
「じゃあなんで来たの!?」
「セレネを護るためだ!」
別のテントが爆発し弾け飛んだ。
「私はいいの、ラーシャさんを助けて来て!」
「駄目だ、俺はセレネを護らないと!」
セレネは立ち上がり、スカイの手をとった。
「なんで私のことをそんなに護ろうとするの? ラーシャさんも大切なんでしょ?」
脳裏に、男に甚振られるセレネがよぎった。
「……それはもちろん、俺がセレネのことを好きだからだよ」
「ありがと、でも今はラーシャさんを助けるべきなんじゃない?」
奥から名前を呼ぶ声。味方では無い。
「スカァイッ! セレネェッ!」
時間が無い、と彼女の肩を掴み言い聞かせる。
「でも、今はセレネを護らないといけないんだ! もし奴らに捕まったら……」
捕まったら……殺される?
「捕まったら、何されるか分からないだろ!?」
セレネはため息をついた。
「私だって魔法を使えるし戦える! 一人でも大丈夫だよ!」
「でも敵は強い! 神の力が無いと悪魔の力には対抗できないんだ!」
セレネがはっと目を見開いた。スカイを見てではなく、その後ろを見て。
「後ろ!」
背後を指され、振り返る。赤ローブが目に入る。もう敵は魔力を溜めていた。手の平が向けられる。黒い魔法、死の魔法……。
「えいっ!」
セレネの声とともに突如現れた蒼い閃光が魔法を相殺し、赤ローブを貫いた。
赤ローブは倒れ、地面で動かなくなった。
「……今、魔法を掻き消さなかったか?」
明らかに今の魔法は神の力を借りていた。セレネは、一体いつ神と契約を……?
「私だって、役に立てるんだ……」
セレネは多少驚きながら、でも自分に言い聞かせるようにそう言った。
轟音が、爆音が絶えず聞こえ、耳がもう慣れて来てしまっている。
ハル達が首都に入る前に、自分達で彼らを止めなければ。
「セレネの魔法も気になるけど、今はハル達を――……」
「そうはさせない」
風が起こり、黒い物が噴き出した。まるで、二人を取り囲むように。
とっさにセレネを背で護る。
赤ローブ達が、二人を囲んでいた。それぞれが、味方の魔術師の喉を捉えた状態だった。交渉用の人質を取られたのだ。
そして目を見張った。その中には……ハルもいたのだ。




