33.決戦へ
非国民――いや、魔術師達の拠点は、森林の開けた場所に建っていた。見た所は、普通より少し大きい程度のログハウス。当然木材で作られているはずだが、素人が作ったにしてはやけに立派に見えた。そこらにある木を切り倒して作ったようには思えない。
特に部屋の中は、今の建築技術と劣らない出来だった。それに、今いるこの部屋の明りは、人工の物ではない。天井に浮かぶ小さな光の玉が光源だ。それは、まるで生きているかのように小さく動いている。
(……全部魔法か)
キルエナは見慣れない光景に落ち着かなかった。
キルエナは今、会議室と思われる場所で数人の魔術師と対面している。青いローブの中年男が二人、緑ローブの比較的若い男が二人、そして黒のローブが一人。そして、その隣の女は大胆な恰好の上にコートを羽織っている。丁度、キルエナの着ているコートと同じ型だ。色は白ではなく黒だが。今彼女は頬杖をつき、退屈そうに天井を見ている。彼女の余裕の態度からして、この中で地位は一番上だとおもわれた。彼女は誰が見ても大人であるが、その顔には、学者を追い詰めたときに現れたあの幼女のような面影もなんとなく伺える。そして、その隣の黒ローブはキルエナをここへ連れて来てくれたスカイだ。
青ローブの男が開いていた何かの資料を閉じたのを見て、キルエナは姿勢を正した。あまり悪い印象は与えたくない。
青ローブは手を組み、机越しにその目を投げて来た。
「で、何の用かね。一般人」
スカイと女を除き、全員がその眼差しを向けて来る。しばらくお世話になっていなかった査問会のような風景に、なんだか笑えて来た。
(……笑ってる場合じゃない)
自分に言い聞かせ、キルエナは青ローブに目を合わせる。
キルエナは、自分たちの大臣が希望していることを彼らに語った。
今テロ組織に首都の明け渡しを迫られていること、首都が狙われていること、そして国に取引に応じる気はないこと――。
「我々を助けて欲しい」と結び語り終えるや否や、緑ローブがそれを笑った。
「我々が一般人を助ける!? 馬鹿な! のこのこやって来て、何の話をするのかと思えば! 考えても見ろ、我々が一般人の為に戦って、何の利益がある? もっとましな話を持ってこい。今生きてるだけでも幸運なんだぞ一般人!」
キルエナはなんとか理性を保ったが、直ぐにその隣の青ローブ達も口を開く。
「ああ、その通りだ! 今一般人のくだらん戯言に付き合っている場合では無い!」
「首都が狙われているだと? 何故我々がこの世界の事を心配せねばならんのだ! 大した力も無い一般人風情が、調子に乗ってると――」
男は口を開いたまま止まった。目を少し泳がせた後椅子に座り直し、机にあった水を一口飲んだ。何故かは直ぐに分かった。
「口を慎みなさい、司令官」
女が言った。男達が、怯えたように目を机に落とす。恐らく、さっきのは口にするより先にテレパシーを使ったからだろう。この女、組織内ではかなり恐れられているらしい。
女はこちらを向いた。
「以前はどうも、スカイがお世話になりました」
皮肉めいた言い方だったが、キルエナはとりあえず会釈した。
「この子も16なんですけど、中々自分の身を護れなくて」
スカイがじとっとした目で彼女を睨みつけた。女は肩をすくめる。
「ところで、首都が狙われてるというのは本当?」
女がコートを羽織り直しながら尋ねてくる。
「本当だ。正直、我々も今までの戦いで戦力不足。それに、彼らと渡り合えるのはGSTの幹部のみだ。我々の今の状況では勝てる見込みも無い。首都を渡せば、我々――いや、世界は終わりだ」
「なぜそう言えるの?」
「――この国は、全世界の最先端を走っている。医学も、工業も、政治も、経済も……。今はなんとか機能しているが、この国が潰れれば、他の弱小国はその仕組みを維持できない」
「じゃあ何故周りの国は応援を送ってこないんです?」
スカイが初めて口を開けた。
「周りの国は、この国に依存しているだけだ。言ってみれば寄生虫。この国無しでは何も出来ない」
「大きくなり過ぎたのね」
女が言った。確かに、この国は膨らみ続け巨大になってしまった。いつしか世界の心臓と呼ばれる程にまでだ。今思えば、狙われぬようもっと用心すべきだったかもしれない。だが、誰がこんな状況を想定できただろうか? タネも仕掛けも無い、“ビックリイリュージョン”を見せる奴らが現れると? そういう奴らは確かにいた。その為にGSTは生まれ、彼らを非国民と呼び虐殺してきたのだ。しかし、異世界からやってきた奴らは違う。国の中にいた中途半端な能力者とは明らかに。恐ろしく強く、恐ろしく冷酷。
(やはり彼らの力がいる)
キルエナは彼らに意識を向けた。
「どうか、この国を護って欲しい。首都を攻められては、多くの国民が死ぬことになる。彼らが警告してくれるだけ有り難い、今の内に戦力を整えたいんだ」
「しかし、私達魔術師にメリットが無い。それに、今私達はイブリースに近付けない状況よ」
女がスカイに目を向けると、スカイは顔を曇らせた。何かを案じているように見える。
「一体何が?」
キルエナが尋ねると、スカイはセレネに関することを話してくれた。セレネは“月”と呼ばれる怪物だということ、セレネが周囲に魔力供給を行っていたこと、彼女をイブリースに近付けてはならないということ……。
キルエナは焦った。
(まずい……このままだと協力が得られない)
「それなら、彼女をここに残しては? 護衛を何人か付ければ……」
「無理だ。イブリースは並の魔術師じゃ勝てない」
スカイが首を大きく振りながら言った。キルエナは耳を疑った。
「並の魔術師じゃ勝てない? お前達ならイブリースに勝てるんじゃないのか?」
女は黙ったまま腕を組む。スカイがそれを見てから口を開いた。
「それは分かりません。でも、こっちだって戦いで何人も犠牲が出てるし、戦力の大半は中級以下の魔術師が占めてる。……期待を裏切るみたいで申し訳ないですけど、状況はあまり良くないです、キルエナさん」
(……駄目か)
キルエナは心の苛立ちに身を任せ立ち上がった。座っていた椅子が倒れる。
「……失礼する」
スカイが目を見開き腰を上げる。
「誰も協力しないとは言ってません。ただ戦力が少し乏しいと言っただけです」
「そうよ。スカイの言うとおり」
視界の隅で、男達が心配そうに女を見ている。キルエナは相手の意図の分からぬまま質問した。
「……あなたたちは、その『一般人』をすごく嫌ってるみたいだけど?」
私たちみたいに、と心の中で付け加える。女は肩をすくめた。
「そういう文化もあったわ。事実私達は、一般人を力で追い払った。でも、今は過去を認めてる。……彼らは私達を恨んだままだけれど。その証拠に、イブリースは力を手に入れた一般人達なの」
キルエナは同情するように頷いた。
「それは……よほど恨まれてるわね」
「そう。私達は、彼らを止める義務がある」
「それに、もっと別の理由もあるよ」
スカイが言った。
「昨日の取引の件」
それを聞いて女がため息をついた。
「……それもあったわね」
「なんの話?」
キルエナは理解できず尋ねた。
「はい……昨日イブリースに、取引を持ちかけられたんです。彼はセレネと交換で、首都の襲撃を止めてやると言っていました。彼は日が暮れるときに答えを聞くと」
日没は、およそ三時間後だ。――キルエナの頭に警鐘が鳴り響いた。
(スカイの答えによっては首都が死ぬのか)
女がキルエナを見つめる。
「セレネを渡せば何に利用されるか分からない。それに、今イブリースを倒すのに頼れるのは彼女だけ。彼女は今魔術師に必要不可欠なの」
彼女は机にもたれ、眉間にしわをよせたまま目を閉じた。
「セレネを護るか、首都を護るか……」
首都だ。首都と言え。あの少女には気の毒だが、国の事が最優先だ。
そう念じているとスカイが女に言った。
「師匠、答えは決まってますよね?」
女は頷いた。
ああ、そうか……つまり、首都は捨て、少女を助けるということ。そして、私は殺される。
(……終わりか。期待した私が馬鹿だった)
女は沈黙していたが、やがて目を開け、何かを決心したかのように息を吐いた。いつでも戦えるよう、ポケットのサテライトに触れる。
キルエナが覚悟を決めたとき、女は馬鹿馬鹿しい、とばかりに手を上げた。
「全く! どっちか決めろなんて何で敵に言われなきゃならないの? ――私達魔術師は、正しい道を選ぶ。セレネもこの国も、両方護るわ」
男達が騒然とする。
「ドルイド、それは一体どういう……!?」
「さあ時間が無いわ、戦いの準備を!」
キルエナは信じられなかった。男達がなんて抗議しているのかも、全く耳に入ってこなかった。
(……『敵の敵は味方』って、良く言ったものね)
彼女が男達の抗議を振りきり、こちらにやって来た。考えるよりも先に手が伸びた。
「……感謝する」
彼女は迷うことなく、直ぐに手を取ってくれた。
「私達は負けないわ。そして、自分たちの世界に戻る」
彼女はそう言うと、スカイと共に部屋を後にした。




