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32.取引

 二人が付き合っているという噂は、あっという間に広がった。

 絶対に秘密だと二人で約束したのに、自分がハルに喋ってしまったからだ。聞くと、セレネもラーシャに話してしまったらしい。ハルもラーシャもおしゃべりだから……。

 お陰で手を繋いだりもできなくなった。――いや、付き合ってる事を意識すると、自然に手を繋げないだけなのだが。手を伸ばそうと思っても、何故か手が引っ込んでしまう。二人で会っても、いつもみたいに話したりできなくなってしまった。出て来る台詞は、「おはよう」みたいな挨拶と「いい天気だね」のみ。ぎくしゃくした会話は、お互い声を震わしながら発する一言で終わってしまう。……ああ、もどかしい。


 そんな空気が周りにも伝わってしまったのか、最近では大人も恋話で持ちきりだ。戦争ばかりの生活だったから、みんなお互いを異性として意識する、なんて場がなかったのかもしれない。食事の場面なんか、みんな気まずそうに、でも横目で気になる人をちらちら見ながら手を動かしていた。まるでアカデミー時代の自分たちだ。スカイが言える事ではないが、もっと積極的に行けばいいのにと思ったりする。

 その中でも、フレアはなかなか思い人に近付けていないようだ。実は、彼女はアイドに気がある。フレアがアイドを見るときのあの目。あれは間違いない、と思う。


(でも、アイドさん鈍感だからな~)


 フレアの気持ちに全く気付いてもらえないかも。

 ちなみに、フレアは今特例として匿われている状態だ。ソラルと叔父も同じで、今日も朝挨拶を交わした。ソラルの僻みようが凄まじかったが。



 昼の食事を終えようとしていると、例のアイドがやってきた。イルキも一緒だ。その後ろの方に……やはりフレアが居る。話しかけるきっかけが見つからないようだ。


「よっ、スカイ。聞いたぞ、彼女出来たんだってな! な、チューしたか、チュー!」


 大声でそんなことを言うので、周囲の目線がこちらに向いた。二人はカアァと赤くなる。


「アイド、失礼でしょう? そういうときはもっと上品に、『熱い夜を過ごしましたか?』と聞くものな

のですよ」


 それだとまた意味が違ってくる。しかしアイドは納得した様子で、「熱い夜を過ごしましたか?」と半笑いで尋ねてきた。二人はさらに赤くなる。


「からかいすぎですよ」とイルキが真顔で諭し、アイドは「すまん、すまん」とこれまた半笑いで謝って来た。そして何か思い出したようにセレネの方を向いた。


「おっと、自己紹介がまだだったな彼女さん! 俺はアイド、剣をこよなく愛する男!」


 魔術師ですが、とイルキが口を挟んだ。アイドは気にせず続ける。


「実は俺、ドルイドっていって、この中で一番強い人なんだよ! 魔力とかだったらラーシャさんとかス

カイには負けるけど、身体能力ならズバ抜けてんだ! それと集中もだな! あ、このクソメガネには何においても上回ってるんで、相談事は伊達メガネじゃなくて俺にしてくれ!」


「……また戦争しますか?」


 イルキは冷静に言ったが、こめかみの血管が浮き上がっているのからしてかなりお怒りのご様子だ。


「……えっと、そんな感じ。よろしくっす、彼女さん!」


 アイドがバッと手を出した。握手を求めたのだということは、セレネにも分かったと思う。だが、それを見たセレネの顔は青ざめ、彼女はスカイの後ろに隠れてしまった。アイドが手を伸ばしたま目を瞬いている。


「す、すみません……」


 セレネが本当に申し訳なさそうに言い、少し頭を下げる。しかし、後ろから出て行こうとはしない。セレネの手が、スカイの手を強く握った。


(やっぱり、昨日の……)


 スカイは彼女の膝にもう片方の手を置いた。……彼女が一瞬身構えたことが、恐怖の深さを表していた。


「すみません、ちょっと色々あって。握手とかは……」


 鈍感なアイドは、自分の手を凝視している。自分の手が汚れているからだと思っているのだろうか。幸いイルキが察し、彼に違う場所へ行くことを提案してくれた。アイドはすぐに頷き、後ろにフレアをくっつけたまま食堂を出ていった。

 セレネは怯えた様子で辺りを見回した後、スカイから離れた。


「ごめん」


 ――彼女の心は、何故いつも傷付けられるのだろうか。




 突然拠点が騒がしくなった。


「……どうしたのかな」


 セレネがちょっと水を飲む。


「……どうしたんだろう」


 スカイも水を飲む。


 食堂――元は会議室――に居た魔術師達が人伝いに情報を聞き、駆け出して行った。

 廊下を見ると、紙が魔法によって絶えず飛び交っている。魔法に頼らなければならないほど緊迫した状況なのだろうか。

 外を見てみて、スカイは驚いた。

 結界の外で爆炎が上がっているのだ。思ってもみなかった事態だ。結界は大分ダメージを受けている。

 二人でラーシャを探すことにした。廊下を沢山の人が行き交うから、はぐれないようにという理由で手を繋いだ。セレネが人に触れないように庇ってあげながらだったけど、彼女は嬉しそうな顔をしてくれた。スカイも嬉しかった。


 ラーシャはスカイの部屋にいた。彼女は二人に気持ち悪く笑いかけながらも、状況を聞かせてくれた。

 やはり事態は深刻なようだ。


「今まで大人しくしていたイブリースが、戦力をここに投入してきたニャ。結界もすでに何枚か破られたニャよ。内側に行けばいくほど強固にニャっていくから時間は稼げると思うけど……」

「結界の修理は!?」

「敵は悪魔の力を使う……忘れたかニャ? 修復は不可能。また内側に張ってもいたちごっこだニャ。今は避難優先ニャよ」

「避難優先!? 戦わないんですか!?」


 当然ニャ、とラーシャは呆れ顔だ。


「今犠牲は払えないニャ。あんたは彼女を護らなきゃいけニャいし、恐らく敵はほとんど雑魚ニャ。無駄な魔力消耗は避けたいニャよ。ボスを直接叩いた方が手っ取り早いし」



「そーれは無理だと思うよ~」



 男の、語尾を伸ばしただらしない口調。


(敵か!? いつのまに入って来た……!!)


 慌てて振り返り、セレネを背に隠す。そして敵を目視する。敵が動くかと思ったが、もう敵は喉を捉えられ、身動きの取れない状態になっていた。


「動くな」


 大人形態になったラーシャの指が、男の首に食い込む。敵は後ろに手を取られているようだ。しかし、男は苦しそうな素振りは見せない。

 男は、まだ20代中ほどに見えた。童顔で肌は白く、黒の髪は七三に分けられている。少し高めの声からも、彼が大人になりきれていないという気がした。


「あー、ごめーん、ボクにそういうの通用しないから~」


 男は挑発するようにそう宣言すると、転移魔法でラーシャの背後に移動した。

 ラーシャは飛びのいたが、敵は攻撃する事も無く、スカイのベッドに腰かけた。


「今日は戦いに来たわけじゃないんだよ~。なんていうかー、お話~?」

「……単独で乗り込んでくる馬鹿は居ない、か」


 スカイが呟くと、男は満足げに頷いた。


「そうだよ。まー、ボク一人で戦っても勝てるんだけど~、ちょっとボスから止めろって言われちゃってるからさ~」


 男は三歳児みたいに足をぶらぶらさせている。


「……何の用だ?」

「簡単なお話だよー。悪い話じゃないと思うんだー。……話してもイイ?」

「……話せ」


 スカイが許可すると、男は笑った。


「良かったー、駄目って言われるかと思ったー。そうだよね~、ボクの話を聞きたくない人なんていないよねー」


 男は髪を手で梳かしながら続ける。


「まあ~、ちょっとしたことだよー。いまー、ボク達イブリースはこの大陸を占拠しつつあるよねぇー? た~~~っくさん人が死んで、嫌かな~? ……うん、嫌だよね~。ボクはそう思わないんだけどぉー、まあ、もしキミたちが止めて欲しい~って言うんだったらぁ、残りの場所……首都を攻めるのだけは止めてあげよっかな~、っていう話なんだけどねぇー。……もちろん、タダじゃないよ?」


 首都には、大陸人口15億人の内の30%……実に約4億人が生活していると聞いた。国の重要機関は全てそこに設置されており、大陸の心臓ともいえる場所である。もちろん警備は出来ているだろうが、魔術師相手では勝ち目はない。また血が流れると思うと心が痛んだ。奴らが首都を責めなかったのは、こちらに好感材料として提示するためだったと気付くと、腹が立ってくる。


「……要求は?」


 男は迷わず、スカイを指した。――いや、正確にはスカイの背後だ。


「ボク達はぁ、その女の子が欲しいんだよね~。……どうしても」

「……なぜだ」

「決まってるじゃーん。知ってるんでしょ~、ボク達が人を殺しまくってる理由」

「超巨大魔法陣、か?」


 男は澄まし顔だ。


「まあ、そこまでは合ってるけど~」


 男はクスクスと笑う。


「楽しみにしてて~。……で、どうする? 交換する?」

「無理に決まってるだろ」

「……わあ、即決~? もうちょっと考えたらー?」


 そう言いながらも、男はすでに腰を上げている。


「ま、無理って言われるってボスからは聞いてたからー、期待してなかったしー、別にいいよ~。明日の日没まで待ってあげる~」


 男は伸びをすると、窓の外を見た。そしてニヤリと笑う。


「時間稼ぎのつもりで結界作ったのかもしれないけどー。あれ、あんまり意味無いと思うよ~? 下っ端軍団でもう崩れかけちゃってるしさー。特に、ボクみたいな凄腕だったら一発で壊せちゃうしねー」


 男は嘲笑を浮かべた後こちらに向き直ると、バイバイ、と手を振った。


「じゃあお元気で~。明日、日が沈む頃にまた来るよ~」


 男の足元から黒いすすのような物が噴き出した。それは竜巻のように彼を包み、竜巻が消えた時には、彼の姿も一緒に掻き消えていた。


「……厄介ね」


 ラーシャが呟く。

 セレネが、またローブの裾を掴んできた。


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