31.二つの告白
スカイは異変に気付いていた。そこまで長い間眠っていた訳ではない。外もまだ暗くない。それなのに、セレネが居ないのだ。今度こそ、本当に嫌な予感がした。
部屋を急いで出ると、下で重役が話しあう声が聞こえてきた。
そうっと覗くと、ラーシャが大人形態で、地図を指さしながら何か話しをしている。スカイが呼ばれないほどだから相当な話題なのだろう。ラーシャにセレネの行方を聞こうと思っていたスカイは諦め、自力でセレネを探すことにした。
まずは一階の個人部屋から調べよう、と思った。もしかしたら、かくれんぼのつもりで隠れているのかもしれない。そう思い部屋のある方へ行くと、100mはありそうな廊下に目を丸くした。部屋数も多く、途方な作業になるだろうとスカイは思ったが、個々の部屋には全て鍵が掛っていたので入る事はできなかった。
続いて台所を調べに行った。調理室、と書かれた部屋に入ると、そこは何時ぞやにテレビに映っていたレストランの厨房をさらに大きくしたみたいな空間だった。たまたま居た調理担当のハルに断って冷蔵庫や棚の中を調べたが、やっぱりセレネは居なかった。
次に、管制室と書かれた場所に入ってみた。ロボットアニメで見たような壁一面の画面や機械は無く、唯数人が寂しく机に向かっているだけの場所だった。せっかくの広い空間なのに、使っているのはほんの少し。余っている空間が勿体ない。見たところ隠れられる場所も無かったが、スカイは一応探索した。やっぱりセレネは居なかった。
その後も、女子トイレをノックして回ったり――女魔術師の目が痛かった――、もう一度スカイの部屋に戻って、クローゼットの上まで探してみたりしたが、やっぱりセレネには会えない。
「どこいったんだ……?」
なんだか胸がチクチクする。
いつも周りにいて、いつも会えていたのに、いきなり会えなくなった。
おかしい。可能性のある場所は全部探した。この家の間取り図は貰ってたから、それを見てもう一回確認もした。自分が見落としている事はあり得ない……じゃあ何処に?
スカイは過去の出来事を思い返した。ツトムが死に、キルエナが涙し、そこにラーシャが現れ……。
(ん? ……あのとき、師匠は……)
――地下牢?
そんな場所、あったっけ?
もう一度、間取り図を見る。何回も確かめる。くまなく見ても……やっぱり無い。それらしき階段すらない。
しかし、ラーシャは確かに「地下牢」と言った。もしかしたら外に存在する地下牢のことを指しているのかもしれないが、あの口ぶりからして自分の目の届く場所、つまりこの拠点を指しているのだろう。この拠点に、地下牢が……?
キャアアアアア!
声が、微かに聞こえた。考えるより先に、体が動く。
間違いなくセレネの声だった。聞き間違えるはずが無い。
階段を駆け降りる。悲鳴はまた聞こえて来る。
あの長い廊下の方に走る。悲鳴は、この部屋のどこかからだと確信した。
また聞こえて来る。近い。スカイは一つの部屋で立ち止まった。
ラーシャと書かれたプレートは、ハートマークで飾られている。ノブを回してみると、鍵は開いていた。開けると、悲鳴が一気に大きく聞こえてきた。
(やっぱり中か……!)
どうやら扉には防音効果があったらしい。
部屋を探すと、床に扉が付いていた。取っ手を引き出し、思いっきり引っ張る。
「おら、お前誰に言われてここにいるんだ! どうせ奴らのスパイなんだろ!」
「ちが……!」
「嘘いうな! 言わねえと、お前の体が大変なことになるぞ……?」
男は二人いるようだった。また悲鳴。階段を駆け降りる。
そこは狭く息苦しい空間だった。真中の通路を挟み、黒の鉄格子で囲われた牢屋が二つある。その左側の部屋に、男二人がセレネを挟んでたっていた。セレネは下着を脱がされ、下半身は全て露出し、上半身は服がビリビリに裂けてしまっている。露わになった乳房が鞭を浴びせられる度に揺れ、彼女は痛みに悶えていた。
目の前の光景が、受け入れられなかった。頭に血が昇っていく。
男の一人が、セレネの後ろに付き、覆い被さろうとしだした。男が、何をしようとしているのかが、直ぐに分かってしまった。
頭の中で、何かが切れた。
神の名を、怒りに任せ叫ぶ。男がこちらを振りかえろうとした時には、彼らは青の矢に貫かれていた。
セレネは、泣いていた。
「……ごめん。本当にごめん」
体に滲む血が目に入り、自分を責め立てる。
彼女の妹フレアが、半裸体の彼女に服を持ってきてくれた。フレアはすすり泣く彼女を慰めてくれている。彼女は項垂れたまま、治癒魔法を受けていた。スカイは、今自分に出来ることは無いと悟った。
「スカイ、ちょっと」
入口を見上げると、ラーシャがこちらを覗き込んでいた。表情が険しい。
地下を出ると、今まで息苦しかったことを思い出した。
スカイがラーシャに追いついたのを見ると、彼女は口を開いた。
「……ごめん。セレネを牢に閉じ込めさせたのは、私よ」
スカイは掴みかかっていた。
コートの襟の部分を掴み上げ、彼女を睨みつける。
この野郎……!
そう言おうとしているのに、喉でつっかえて言葉にならない。
「……私は殴られて当然ね。さあ、スカイ。殴って」
ラーシャは諦めたようにそう言った。
情けない。本当に情けない。
遠慮なく拳を固め――
「止めて!」
突然の声に手を下ろす。振り返ると、おぼつかない足取りで階段を上がってくるセレネが目に入った。
「スカイ、私が悪いの。私が大人しくついていけば良かったのに、抵抗しちゃったから……」
「だ……だからって、男に暴力されるなんておかしいだろ!」
「……ごめん」
セレネが頭を下げて来る。おかしい。
「なんでセレネが謝るんだよ」
「……そう、謝るべきはセレネちゃんじゃない。私よ」
聞くと、あの状況は看守役にあてた魔術師が暴走した結果で、ラーシャとは直接の関係はなかった。
「私は、イブリースをセレネに近付けたくなかったの。どうしても。だから、断りなくこうしたのよ。……恐らく、近くイブリースはここに来る。それに備え、さっき結界に注ぐ魔力量を増やすよう言って来た」
その口ぶりから、ラーシャの用心深さがうかがえた。ラーシャは牢から運び出されていく、包帯でぐるぐる巻きの男達を嘲るように見た。スカイは、その彼女を見据える。……そろそろ、聞いても良いだろう。
「師匠。……なぜ、セレネをイブリースに近付けてはいけないんですか?」
ラーシャは黙り込む。セレネがスカイの横に立つ。
「私も、知りたいです」
「セレネ?」
セレネはスカイに向かって頷いた。ラーシャがタオルを抱えていたフレアに目を向けた。
「フレアちゃん、戻ってなさい」
彼女がそう言うと、フレアは助けを求めるようにセレネの顔をみつめた。セレネが小さく頷くと、フレアは少し戸惑いながらも頭を下げ、部屋を出て行った。
「……これで3人ね。ま、特に長い話はないわ。……セレネ。あなたは自分が何者なのか、もう自覚してるわよね?」
「……はい」
スカイは黙ってセレネの返事を聞き届ける。
「それはいつ?」
「……スカイの血を見たときです」
あのとき、確かにセレネは正常ではなかった。
「なぜそれで自覚したの?」
「……前にも、守ってくれた人が血を出して……」
セレネは続きを言いかけたが、口を噤んだ。きっと、元老のことだ。
「私に赤いのがかかって……。その人が、何か叫んだと思ったら、私は空に引っ張られた。……次のときには、いつの間にかフレデリア家の子として暮らしてた」
セレネの目は暗く沈んでしまっている。
「私、怖かったの。また捨てられちゃうんじゃないかって。だから、私の事、スカイに知って欲しくなかった。……でも、分かっても欲しかった」
そうか。だから「怪物が好き?」とか聞いてきたり、自分が撃たれた時、「私を分かって」と言って来たのか。もうその時点で、自分が何者か思いだしていたんだ。自分の血が、その引き金に……。
そう思うと耐えられなくて、スカイは無意識のうちに、セレネの肩を引き寄せていた。
「あ……」
セレネが声を漏らし、体が密着した。自分で自分の行動に驚く。でも、自分の腕の中にセレネがいることに、なんだか安心できた。
「……ごめん」
スカイはそう謝って腕を解こうとしたが、何故か彼女はぎゅっとくっついたまま離れてくれない。彼女は黙ったまま、スカイの体に顔を埋めた。シャンプーの匂いが、スカイの心をくすぐる。我慢できなくなって、手を彼女の頭に伸ばしていった。これでいいのかな、と思いながらも彼は彼女の頭を撫でてやる。髪はサラサラしてて、とっても気持ちいい。セレネはじっとしたまま、頭を撫でられている。こうしてると何だか恥ずかしくて、顔が熱くなってきた。
「もー! こーら、いきなりラブストーリーしてるんじゃないニャ!」
前を見ると、いつの間にか小さくなっていたラーシャが腰に手を当て、頬を少し赤く染めていた。
「ま、そのままでも良いけどニャ。……で、理由ニャけど。ま、簡単な話ニャ。イブリースはセレネを狙ってる。恐らくセレネの抹殺が目的ニャろうね」
手の力が自然に入る。セレネの抱きついてくる力も強くなった。
「それは多分、スカイも予測出来てたと思うニャ。でも、奴らはそれだけの為に動かないように思う。……だって、たった一人殺せばいいだけの話なのに、敵はここを狙わず、わざわざ他の場所ばかり攻めてるニャよ? おかしいのニャ。これは、そうする必要があるからそうしてる、そうとしか考えられないニャ!」
「ではその目的は……?」
ラーシャの目が鋭くなる。
「私が思うに……奴らは大陸を丸ごと覆う程の、巨大な魔法陣をつくろうとしているのだと思うニャ」
「大陸を……覆う程の魔法陣?」
馬鹿な。そんな魔法陣、作れるはずがない。そんなに馬鹿でかい魔力を、一体どこから持ってくるんだ?
「普通、そんな魔法陣作ろうとする方が馬鹿ニャ。……でも、それは魔力だけに頼る場合。今回敵は、別の物を利用しようとしてるニャ。……分かる?」
魔力以外に、利用できる物。魔力の代用品……。普通ならば、聖石などを使うのだろうが、月の無い――正確にいえば、怪物の“月”が弱まっている――今、聖石は使い捨ての状態だ。それは敵も同じ。……ならば、何を利用する?
ふと、被害についての報告が頭に浮かんだ。
「血……ですか」
「そうニャ。血は、人間を動かすエネルギー……つまり、命への直結を象徴してるニャ。一人一人の量は少ないけど、それが集まれば多大な魔力となる……。敵が『わざと血を地面に流すような殺し方』をしていたのは、血を振りまく手間を省くためだと思われるニャ」
大きな街が、東西南北に4つあった……これは、敵に地の利があったという事だろうか。魔法陣は、最低4か所の基点があれば発動させる事が出来る。
「そして、それを使ってイブリースは何かをしようとしているニャ。私たちでは想像もつかない何かを……」
窓の外を見ると、いつの間にか外は真っ暗であった。ドーム状に拠点を囲む結界が見えた。あれは万能のはず。けれど、スカイには急に頼りなく見えてしまっていた。
「決戦……。そんなのしなくたって、元の世界に帰れると思ってたのに」
元の世界に帰るためには、イブリースにも話を聞かなければならない。最初は友好的に話せるかとも思っていたが……セレネを狙われているなら、話は別だ。
「師匠。……僕、セレネを護りたいです」
ラーシャは突然笑い始めた。そして「それでいいんじゃない」と軽く肩をすくめてから、とっとと肉まんを求めて部屋を出て行った。ちらちらとこっちを見てくるのは止めて欲しかった。
ラーシャが居なくなり、暗い部屋の中は二人だけになった。……二人だけの空間。
なんだか気まずい。でも、このまま肌で触れ合っていたいとも思う。
何か話そうと、口を開いたら、話し始めたのが同時で、声が被ってしまった。
二人でクスクス笑いながら、譲り合ってみたりする。
「……迷惑かけちゃってたね」
セレネが顔を見上げてくる。彼女の頬が外の人工灯に照らされて、さらに白く、美しく見える。
「いや、そんなことない。セレネは悪くない。……だって、望んでこうなった訳じゃないだろ」
「……うん」
セレネは、じっと体を預けてくれている。
「スカイは、こういうのしたこと、あるの?」
セレネがきゅっと服を掴んできた。なんだかそう言われると、改めて男女でこうしていることを確認させられる。
「……私、こういうの初めて」
抱擁してること……だよな。
彼女は頬を火照らせ、こちらを見つめて来る。
「私……なんか、ドキドキしてきちゃったよ」
「…………俺もだ」
「…………」
セレネが黙ったまま手を動かした。急な動きに、心臓がびくんと跳ねる。セレネは、滑らかな動きで手を首に掛けてくる。
体重が掛けられて……目が合わされる。とろんとした彼女の目は、なんだか色っぽい。ピンク色に染まった頬が、可愛さを何倍にも魅せていた。
さらにぐっ、と体重がかけられ、唇が近付く。考える間もないまま、彼女の顔は迫ってきていた。
彼女が目を閉じているのを見て、慌ててこちらも目を閉じる。こんなの、大丈夫なのか? そんなことまで考えてしまった。頭が半ばパニック状態になる。
(本当に……いいんだよな?)
暗闇の時間がまるで永遠のように感じられ……唇が触れた。
……ちょっと湿っていて、柔らかい。初めての唇の感触は、快感となって体を駆け廻っていく。彼女の柔らかな息が、肌に掛る。彼女の体温が、さっき腕の中にいた時よりも、さらに温かみを帯びて感じられた。自分と彼女が繋がっている。その実感が、じわじわと全身に広がっていく。
彼女はゆっくりと唇を離すと、恥ずかしげに笑って、手を繋いできた。まだ心臓がバクバクしていたスカイには、不意打ちだった。
「好き。スカイのこと」
「…………!!」
思ってもみなかった言葉だった。いや、キスをしておいてそう思うのもおかしな話だが。正直、セレネの方から言ってもらえるとは思っていなかった。
彼女は返事を待っているようだった。不安げに顔を曇らせながら、でも目に期待を込めながら、こっちを見て来る。言わないと。言わないといけないと思った。ここで言わないと、後はない。
「お、お、お、俺も!」
声が震える。思ったよりも緊張していた。
――それでも、言ってやる。口を手でこじ開けてでも言ってやる。
「俺も!」
言わないといけないんだ!
「俺も……!」
そうだ、言ってやる!!
「俺も、セレネのことが……好きだッ!!!」
吐き出した。今まで溜め居ていた思い全部を、その言葉にぶつけた。やりきった。そう思ったら、体の力が抜けた。それとともに、心臓が、壊れてしまうのではないかと思うほどまでに忙しく動いていた事に気付いた。
やっと言えた。言えなかったことが、ようやく言えた。高揚感がこみ上げて来る。
「……やっと言ってくれたね」
彼女は、指を指にからめてきた。ぎゅっ、と握り返す。温かい。
彼女は、今日一番の笑顔で笑った。――嬉しかった。それは“月”の笑みなんかじゃなくて、ちゃんとした“天使”の笑顔だったから。




